第18話 伝承に語られる呪い
三木と女性が霧の奥へ進む中、鈴の音が不規則に響き、道はさらに狭まっていった。周囲の木々は不自然なほどに曲がりくねり、空間そのものが歪んでいるように感じられた。足元には苔とひび割れた石が広がり、道の先には、さらに奇妙な空気が漂っていた。
突然、道端にぽつんと置かれた石碑が目に入った。石碑には古い文字が刻まれていたが、その多くは風化し、判読が難しくなっていた。三木は石碑に近づき、懐中電灯を当てながら文字を読み取ろうとした。
「…『封じられし怨念』…『安息の鐘』…」
断片的に読み取れる言葉は、先ほど見つけた台座や安息寺に関連していることを示していた。しかし、その下に刻まれている文章は一部が掘り消されたように見えた。まるで何かが意図的に隠されたようだった。
「これが…何を意味しているのか…」
三木が呟いたその時、女性が石碑の脇に落ちていた古びた巻物を見つけた。巻物は湿気で破れかけていたが、まだ読める部分も残っているようだった。二人は慎重にそれを開き、内容を確認した。
巻物には、安息寺が建てられた理由と、その背後にある「呪い」について書かれていた。
「この地に眠る怨念は、かつて大きな災厄を引き起こした。その怒りと憎しみは、幾千の命を奪い、土地を不毛にした。そのため、安息寺の僧たちは鈴の音を用いて怨念を封じ、鐘の響きとともに結界を保つこととした。しかし、封印が崩れれば、その力は再び解き放たれ、この土地を再び呑み込むだろう」
「やっぱり…封印が崩れかけているんだ…」
女性が恐怖に震えながら言った。三木もまた、巻物の内容に不安を募らせた。この道に囚われた行方不明者たちは、怨念の影響を受けている可能性が高い。そして鈴の音は、彼らを怨念の中に引きずり込むための「呼び声」なのかもしれない。
巻物の最後には、もう一つの重要な記述があった。
「封印が崩れる時、鈴の音が響く。鈴が乱れ始めた時、それは怨念が目覚め始めた証である。その音を止めるためには、鐘を再び鳴らし、封印を修復する必要がある。しかし、その鐘はこの道の最奥に隠されており、それに触れる者は自らの魂を代償にしなければならない」
「魂を…代償に?」
三木はその言葉に息を呑んだ。もし封印を修復しなければ、怨念が完全に解放され、道は現実世界そのものを侵食してしまう。しかし、封印を修復するためには、誰かが自分の魂を捧げる必要があるというのだ。
「私の家族も…この呪いに囚われているんですね」
女性が涙を浮かべながら言った。彼女の言葉に、三木は胸が締め付けられるような思いを抱いた。この道の呪いが消えなければ、彼女の家族だけでなく、さらなる犠牲者が生まれることは確実だった。
「でも、この呪いを終わらせるには、最奥にある鐘を鳴らさなければならない…」
三木は自分の中にある恐怖を抑え込みながら言った。そして、二人はさらに奥へと進むことを決意した。鈴の音が鳴り響く方向に進むにつれ、空気がますます重く、道が異様なまでに狭まっていく。
進む中で、霧の中から再び影が現れた。それは、以前よりもはっきりとした形を持ち、三木たちに向かって何かを囁いているようだった。
「戻れ…鐘を鳴らしてはならない…」
影の警告に、女性は一瞬立ち止まったが、すぐに震える声で言った。
「私は戻りません。家族を救うために、どんな代償を払っても進みます」
その言葉に、影は沈黙したまま霧の中に消えていった。
「私たちは進むしかない」
三木はそう言い、鈴の音が導く方向に足を進めた。彼らの前には、ますます濃くなる霧と、不気味な鈴の音、そして道の最奥に隠された鐘が待ち受けている——それが何を意味するのか、まだ誰も知る由もなかった。
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