第7話 道の縮まり

手の中に残る懐中時計の冷たさを感じながら、三木は幹線道路を見つめていた。佐々木の手帳、失踪者の記録、鈴の音、そして現れた影。すべてが不可解で、説明がつかないままだったが、確かなことが一つあった。それは、この道が何か異常な現象を引き起こしているということだった。


その夜、三木はさらに奥へと進むことを決意した。懐中時計を手に握りしめながら、再び鈴の音を頼りに歩みを進める。足元は次第に狭くなっているようで、道の両脇に立つ木々が彼に圧し掛かるように感じられた。見上げれば、木々の枝が空を覆い隠し、月の光すらほとんど届かない。


「まるで道が自分の意思で狭まっているようだ…」


その感覚は、佐々木が手帳に記していた「道が自分を飲み込もうとしている」という言葉を思い出させた。三木は不安に駆られながらも、謎を解き明かす決意を胸に、さらに奥へと進んでいった。


しばらく歩いたところで、再び鈴の音が聞こえてきた。「チリン…チリン…」まるで三木を導くかのように、音が規則的に響く。彼はその音に引き寄せられるように、音の方向へと足を向けた。


すると、道の片隅に見慣れない標識が立っているのが見えた。「幅員 3.0m」。三木は驚きと不安に包まれた。この幹線道路の幅員は確かに狭まっている。標識の数字が示すのは、ほんのわずかな縮まりでありながら、その事実が現実のものとして彼に迫ってくる。


「まさか、本当に…道が狭まっているのか?」


周囲を見渡すと、木々や茂みが道の中央に向かって圧し掛かっているように見える。まるで、彼の進む道そのものが息を潜め、徐々に彼を閉じ込めようとしているかのようだった。


三木は歩を進めながら、心臓が早鐘を打つのを感じた。足元の道は、今やほんの僅かにしか残っていないように見える。進むたびに周囲の空間が狭まり、息苦しさが増していく。視界がぼやけ、まるで現実と幻覚の狭間に立っているような錯覚に陥った。


その時、彼の視界の端にまたあの影が現れた。今度はよりはっきりとした形を持っており、彼をじっと見つめているようだった。その顔には表情はなく、ただ闇の中に浮かんでいるだけの存在。しかし、三木は不思議とその影に恐怖を覚えると同時に、強烈な引力を感じた。


「お前は…佐々木なのか…?」


思わず声をかけたが、影は応えず、ただ三木の方を見つめ続けている。その視線が彼を射抜くようで、三木は目を逸らすことができなかった。まるで、影が彼をどこかへ誘っているように感じられる。


「道の真実を知りたいのならば、さらに奥へ来い…」


そんな声が、頭の中に響いた気がした。三木は一瞬足を止め、逃げ出したい気持ちが湧き上がったが、それ以上に強い好奇心が彼を支配していた。この道の謎を解明するためには、どうしてもその先に進まなければならない気がしたのだ。


影はゆっくりと三木の前を進み、さらに奥へと導くように消えた。彼は影を追い、狭まり続ける道を一歩ずつ進んでいく。鈴の音が再び響き、次第にその音が彼の鼓動に同調するかのように感じられた。


そして、三木がふと気づくと、道幅はさらに狭まって「幅員 2.5m」と書かれた標識が立っていた。道が自分の意思で縮まっていく感覚が、ますます強くなっていく。


「この道の奥には、一体何が待っているんだ…」


胸の中で湧き上がる不安と興奮が入り混じり、三木はさらに足を進めた。この道に飲み込まれるかのように、闇の中に向かって歩みを止めなかった。


夜の闇が深まる中で、鈴の音だけが虚ろに響き渡り、彼をさらに奥へと誘っていく。

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