第8話 路肩に残された手帳
三木は鈴の音に導かれるまま、さらに道の奥へと進んでいった。道幅が狭まるたびに、息苦しさと不安が心に広がっていく。道の両側に並ぶ木々が彼に圧し掛かるように感じられ、視界はますますぼやけ、周囲の静寂が異様なまでに重たく感じられた。
その時、ふと足元に何かが転がっているのが見えた。手に取ってみると、それは古びた手帳だった。表紙には「吉田」という名前が書かれており、見覚えのない名前だったが、どうやらこの道で何かを調査していた人の手帳らしかった。三木は驚きながらも、その手帳を開いてみた。
ページには、道の異常現象に関する記録がびっしりと書き込まれていた。どうやら吉田という人物も、道が狭まることや鈴の音の謎に取り憑かれ、夜ごと調査を続けていたらしい。しかし、その記録は次第に乱れ、何かに追い詰められるような文調へと変わっていった。
「道が私を閉じ込めようとしている。鈴の音が響くたびに、空間が歪んで狭まり、逃げ場がなくなっていくようだ…」
読み進めるうちに、三木は自分と同じように吉田もまた、道の奥に引き込まれた恐怖に囚われていたことに気づいた。記録には、道が彼の進行を妨げ、まるで生きているかのように彼を狭い空間へと追いやろうとしていたと書かれている。
さらにページをめくると、最期のページにたどり着いた。そこにはかすれた文字で、次のような言葉が綴られていた。
「鈴の音が鳴り止まない…私は道に取り込まれ、もう戻れない。ここで消えるのか…それとも…」
そして、最後の文字は途中で途切れ、書いたまま放置されたかのように滲んでいた。まるでその瞬間、吉田に何かが起こったかのようだ。
三木は背後に寒気を感じた。これが吉田の最後の言葉なのか…彼もまた、この道に引き寄せられ、失踪してしまったのだろうか。まさか、自分も同じ運命を辿るのではないかという恐怖が、頭の片隅にちらつき始めた。
その時、背後で鈴の音が「チリン…チリン…」と再び響き渡った。三木は振り返ったが、相変わらずそこには何もいない。だが、音が近づいてくるにつれ、道がさらに狭まっていくように感じた。まるで道が彼を逃がさないと決めたかのようだった。
「これ以上進むのは危険かもしれない…」
そう思いながらも、手帳に残された吉田の記録が頭から離れなかった。彼もまた、この道の真実に迫ろうとし、そして道に飲み込まれた。自分もその先を探るべきなのか、それともここで引き返すべきなのか。
しかし、恐怖と好奇心が入り混じる中で、三木はどうしても引き返すという決断ができなかった。この道が自分に何かを訴えようとしているように感じられ、彼は吉田の残した手帳を握りしめて歩みを進めた。
歩を進めるごとに、鈴の音はさらに強まり、道幅は一層狭まっていく。視界は暗闇に包まれ、次第に道がまるで閉じた箱のような空間へと変わっていくのを感じた。
その時、ふいに目の前に影が現れた。暗闇の中からじっと三木を見つめているその影は、以前にも現れた不気味な人影だった。まるで自分を導くように、影はさらに奥へと進むことを促しているようだった。
三木は震える心を押さえながら、影の後を追う決断をした。吉田がたどり着けなかった「真実」に迫りたいという強い衝動が彼を突き動かし、そのまま影を追って歩みを進めた。
影が消えた先には、さらに狭くなった道と、薄暗い空間が待っていた。そこに、道の真実が隠されているのだろうか。そして三木もまた、吉田のように「戻れない者」となってしまうのか——
鈴の音が、遠くから虚ろに響く中、三木は深く息を飲んで、さらに奥へと足を踏み出した。
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