一章 和の国の姫君、果ての地で決意す ―④
男が動揺している。笑顔になった私は「すみません」と涙を拭った。
「別にいい。いろいろあるだろうしな」
「ありがとうございます。スルタンのハレムに入れると言われて動揺していたんです」
「──動揺?」
不思議そうに首を
「なにを戸惑う必要がある。奴隷ならばハレム入りは喜ぶべき事態だろう?」
「そうなのですか?」
「ああ」
「ダリル帝国は他に類を見ない強国だ。他国の男児には、みずから志願して奴隷になる者もいる。そこらの貧しい寒村よりか、よほどいい暮らしができるそうだ」
「自分から!? すごいですね」
「だろう? 女だってそうだ。皇帝のハレムともなれば多額の予算が割り振られる。頂点に上り詰めれば、どこぞの王族よりも豊かに暮らせるだろう。それに、今代のスルタンの見目は評判だぞ? 女どもは
自嘲気味に笑った男は、私を見つめて言った。
「俺はかの王に似ているらしい。どう思う」
──どう思うって言われても。
よくわからない問いかけに戸惑った。
まあ、ご飯をご馳走してくれたのだ。これくらいは答えてもいいだろう。
「そうですね」
コホン。小さく
「焦げた
「は?」
男の顔が引きつった。構わず持論を展開する。
「私の美的感覚からは、外れているという話ですよ」
和の国では、少年の面影を残したまろい頰、涼やかなまなざしに薄い唇、
整った顔をしているとは思うが──有り体に言うと、好みではなかった。
「ブハッ……!」
素直な感想を口にすると、男は盛大に噴き出した。プルプル肩を振るわせている。よほど面白かったのだろうか。
「み、味噌がなんなのかは知らないがッ……! アッハハハハ! 最高だな。世の中の女がすべてお前のようだったらいいのに!」
「どういう意味です?」
「いい男を見ると、女はすぐにしなを作ってくるからな」
「わあ……」
ゾッとした。そういう女性がいるのは事実だが、自分に置き換えてみると鳥肌ものだ。
「容姿にどれだけの価値があるというんでしょうね」
「なぜそう思う?」
「だって、私は故郷で
「ほう? 美醜はわかりやすい判断材料だろうに。ならば、なにを基準とすべきだ?」
「実力です。それ以外に価値はありません」
さらりと告げれば、男は再び盛大に噴き出した。
「ハッハハハ!! 違いない。だが、女の身でそれを口にするなんて」
男の目がキラキラ輝き出した。興奮気味に顔を寄せてくる。
「誰の考えだ。お前か? 親か?」
「父です。醜女なのだから実力ですべてを
「まさにそのとおりだ。この国を見ろ。ダリル帝国は実力主義で栄華を摑み取ってきた。貴族主義の国々とは考え方が違う。一介の羊飼いですら将軍になれるんだからな!」
勢いよく語り切った男は、好みの
「お前、面白い奴だな?」
目を
自分でも奇抜な考えだと思うのに、こうも簡単に受け入れてくれるだなんて。
「でも──」
そっとため息をこぼす。
「そう言っていられるのもいまのうちですよ。ハレムで……異国で生き延びるためには、私も男に
ギュッと拳を握りしめる。気分がどんどん落ち込んでいく。
「しょせんは奴隷です。お金で売られていく運命なんですよ。実力なんてささいな問題でしょう? 自由な身分なんて夢のまた夢……」
別れ際、母は自由になれと言ってくれた。だのに、これから行くハレムは閉ざされた世界だ。二度と出られない可能性だってある。
死に目の願いすら
「なにを言う。ハレムの奴隷は自由民になれるぞ」
男の言葉にハッとした。
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