一章 和の国の姫君、果ての地で決意す ―③
「店の奥に隠れていて。騒動を収めてきます」
そう言うと、カマールはどこかへ行ってしまった。
奥まった路地にある店だ。やけに薄暗い。白っぽい土壁には鮮やかな壁かけが飾られ、床には
「あの」
どうすればいいかわからなくて、おそるおそる店主に声をかけた。白髪まじりの
──自由にしていいってこと? どうせ逃げられないと思われている?
そろそろと周囲を見回す。
客から
──怖い。
ヒジャーブをかき寄せた。奥に部屋があるのを見つけて、小走りで入っていく。
畳三畳ほどの小さな部屋だ。幾重にも
美しく織られた布をくぐった瞬間、誰かの瞳と視線がかち合った。
「誰だ」
先客がいる。
彫りが深い顔立ちだ。太陽に愛されたかのように焦げた肌、ツヤツヤした黒髪はゆるく結ってあり、けぶるまつげで彩られた瞳の色は、夏の山を思わせる
外にいる男たちより、いくぶん薄着だ。精緻な
「誰の許しを得て入ってきた」
不機嫌そうに眉をしかめ、近くに置いてあった短銃へ手を伸ばす。
「あ、あの。えっと。私は──」
慌てて両手を挙げた。まずい。変な場所に入り込んでしまった。
じゃらり。
「奴隷か」
単刀直入に問われてうなずく。
視線は私を捉えたまま。警戒を解くほどではないが、害はないと判断されたのだろう。
ホッと息をもらした。とりあえずは問題なさそうだ。
「お、お邪魔してすみませんでした。失礼しま──」
場を辞そうとして、ぴたりと動きを止める。
視界の中にあるものを見つけてしまったからだ。
無造作に置かれた盆に料理が載っている。穀物と肉を混ぜ込んで炊いた料理だ。
ああ! まさかこんな遠い地でも出会えるだなんて。
「──お米……!!」
ごくりと唾を飲み込む。ぐううううっ! とお
「ひっ!」
真っ赤になってお腹を押さえる。
──いやだ! 私ってばなにをしているの!!
羞恥に
だって仕方がないじゃないか! この一年、まともにお米を食べられなかった。
旅路で
米は和の国の主食であり心。人生、いつだってそばにお米があった。
──それにしたって。いま鳴らなくても……!
ヘナヘナと膝をつけば、男が笑ったのがわかった。
「おい!」
外へ向けて声をかける。なにやら指示を飛ばせば、店主が新たな盆を手に戻ってきた。私の前に置いて去る。そこには、白い湯気を立てたお米料理があった。
「……これは?」
そろそろと
「羊の
「──! ありがとう! いただきます!!」
礼を口にするやいなや、ヒジャーブを剝ぎ取って放り投げる。
男の表情が動いた気がしたが、構わずに料理に手を伸ばした。
「んんんんん〜〜〜〜!!」
ぱくり。ひとくち食べたとたんに身悶えした。
遠い異国の料理だ。未知の味付けである。だが、なんとも言えぬ味わいがあった。
特徴的なのは香辛料の使い方だ。辛みはなく、甘めの優しい味わいを複雑な香りがより豊かにしてくれている。もっちりしたお米には出汁がしっかり染みていて、口へ運ぶごとに鼻孔を香辛料の香りが突き抜けていった。中にはお肉がゴロゴロ入っている。
「……幸せ……!」
あまりの美味にうっとりする。
遠い異国に来てまでご
ああ、美味しい。ご飯って美味しいなあ!
「あ──」
ぽろり。涙がこぼれた。脳裏には父の言葉が
『どんな時だって
──本当ですね、お父上。
ずっと不安だった。涙すら出ず、まるで動かない心が怖かったのだ。体の中に別人を飼っているようで、いつか本当の自分が殺されるのではないかと恐ろしかった。
だけど、ご飯がすべてを
「おい……」
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