一章 和の国の姫君、果ての地で決意す ―①
奴隷商人は、そのまま船で大陸に渡り、絹の道と呼ばれる交易路をひたすら進んだ。
故郷が滅ぼされてから一年後。ようやく目的地に到着する。
ダリル帝国首都、アレハンブル──
到着するなり、奴隷商は市街中心部に位置する
広大な土地に作られた屋根つきの市場だ。対立していた国を打ち倒し、アレハンブルの地を帝国が手に入れた時に建設されたという。
故郷にも市は立っていたが、ここはなにもかもが違った。弓形に張った
精緻な文様が織り込まれた
行き交う人だってさまざまだ。男女問わず、父より背丈がある人も珍しくない。肌の色だってすれ違う人ごとに異なる。男性はゆったりとした服に
辺りは香と香辛料の匂いで満ちていた。故郷より乾いた空気。人々の口から飛び出すのは、和の国語とは似ても似つかない言語。見るもの聞くものすべてが初めてだった。まぎれもない異国だ。
──こんな遠くまで来てしまった。
胸が押しつぶされそうになる。帰りたかった。里はどうなったのか。両親や、ばあやは無事なのだろうか。確認したいが無理な話だ。
じゃらり。手首にはめられた
「大丈夫デスか?」
先導していた奴隷商が振り返る。男の名はカマールと言った。
「疲れたデショ。少し休憩してもいいデスよ」
ゆるりと青い目を細める。優しげなまなざしにムッとした。
「
道中で学んだダリル語で返すと、
「
満足げにうなずいて、再び歩き出した。ゆったりとした歩調だ。彼からすれば小柄な私が疲れないように気遣ってくれている。
──いったいなんなのよ……。
カマールはダリル帝国に拠点を構える奴隷商だ。商品となる人間を探して、極東までわざわざ足を延ばしたという。
大陸行きの船に乗せられた時は、荒れ狂う海に死をも覚悟した。
……が、思い返してみれば大変だったのはそこくらいだ。長い旅路、それなりの苦労はしたものの、過酷さはそうでもない。拍子抜けである。
ひどい扱いを受ける覚悟をしていたのに、カマールを始めとした隊商の人たちは、たいそうよくしてくれた。食事をきっちり与え、医者に診せ、惜しみなく薬を使い、馬や
──商品だもの。粗野な扱いはしないと思うけど。それにしたって……。
道中、ダリル語の教育すら施してくれたのだ。破格の扱いだった。鉄の枷で
──理解できない。
未知の国。未知の民族。常識すら推し量れない。
なにもかも違う環境に目が回りそうだった。これから私はどうなるのだろう。
頭からすっぽり
──情けない。
涙は出なかった。一年もの旅路で飽きるほど悲嘆に暮れたからか、とうに
ガラン、ガラン!
激しい鐘の音がして、ハッと顔を上げた。気がつけば周囲の雰囲気が様変わりしている。店頭にひしめいていた商品は姿を消し、代わりにおおぜいの人間が並んでいた。
奴隷市場だ。
人々が縄で繫がれていた。生成りの絹を思わせる肌の人や、闇に溶けそうな色の肌を持った人が多い。市場は盛況だった。おおぜいの客が商品の前で足を止めている。
乳房をあらわにした女性を見つけた。裕福そうな身なりの男が淡々と品定めしている。奴隷とはいえ相手は同じ人間だ。どういう感情で眺めているのだろう。
まさか、私もああやって──?
「やはり調子が悪いようですねえ。動きが硬い」
カマールが顔を
「当然でしょう」
こちらもダリル語で答えると、そうですかとうなずいた。
「安心なさってください。あなたを使い捨ての奴隷のように扱いはしません」
「……どういうつもりなの」
「
どこか読み切れない表情を浮かべ、更に奴隷市場の奥へ進んでいく。
「カマール!」
ひとりの男性が駆け寄ってきた。焦げ茶の髪に
「この奴隷か?」
「ええ。極東の島国で仕入れてきました」
カマールの頰が緩む。私を見つめて、なぜか誇らしげに言った。
「スルタンへ献上するのに最もふさわしい女性です」
「──は?」
聞き捨てならない言葉に、変な声がもれた。
──
困惑している私をよそに、どんどん話が進んでいく。男が買い手のようだ。売り渡した後の段取りに話が及んでいる。
「待って! 待ちなさいよ!!」
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