第21話
「はあ……」
雪村がトイレに行ったところで俺は溜め込んでいたものを吐き出すようにため息をついた。
疲れた。
雪村と接点を持ってからこれまでの日常が嘘のように崩れ去ってしまった。
学校と勉強をひたすらループする毎日だったのに、昨日も今日もこうして外食をして遊び呆けてしまっている。
まあ、これが普通の学生の日々なのだろうけど。
慣れないことはやっぱり疲れが溜まる。
それに。
上村凛。
なんなんだあいつは。
やたらと俺に絡んでくるが、いまいち理由ははっきりしない。
好意的でないのは確かだが、彼女の目的が何なのかくらいはわからないと対処のしようもない。
でも、雪村にそんな相談はできそうにもない。
さっきの雪村の様子を見たら、そんなことをしようとは思わない。
嫉妬だろうか。
まあ、だとしてもそれが恋心だと決めつけるのは早計だろう。
きっと、初めて自分と仲良くしてくれる人間を誰かに、ましてや苦手な同級生に取られるんじゃないかとヤキモキしてるんだろう。
それにしたって人にフォークを向けるなんてどうかしてる。
いじめられていた影響なのかもしれないけど、あまり適当に遇らうのも如何なものか。
と、考えを巡らせていたところに雪村が戻ってきた。
「おまたせー。ねーねー、デザートたべよ?」
「まだ食うのか? 太るぞ」
「いいのー。だって、おデブなさゆでもいいって言ってくれたし」
「言ってない。不摂生丸出しなやつはだらしがないから嫌いだ」
「むー。でも食べるもんねー」
手をあげて店員を呼びパフェを頼んだあと、頬杖をつきながら雪村はこっちを見てクスクス笑う。
「なんだよ」
「んーん。貴樹君って口は悪いけど絶対人のことバカにしたりしないよね。優しいなーって」
「口が悪いは余計だな。それに、本当に優しいやつはやっぱり言い方も考えるもんだ」
「そうかなー? 言葉そのものというよりどんな気持ちで相手に話してるかだと、さゆは思うけどなー」
いつものように、えへへっと笑いながら雪村は続ける。
「だからね、凛に何か言われたとしても気にしなくていいよ。さゆがね、ちゃんとわかってるから」
「……そっか」
所詮、世の中味方半分敵半分。
俺を否定する連中もいるだろうが、こうやって肯定してくれる人もいるんだ。
そう思うと、さっきまでのモヤモヤが自然と消えていった。
「……なんか腹減ったな」
「じゃあー、さゆのパフェ食べていーよ」
「いや、流石にそれは悪いから」
「いーの。さゆも全部は食べれないし。そんで、食べたら買い物でも行こー」
「そうだな。買い出しもしておかないと」
結局、届いたパフェはシェアする予定だったのに雪村が「あーんじゃないとダメ」と言うので別でケーキを頼むことになった。
そんなくだらないやりとりで時間を潰した後、俺たちはスーパーで買い物をしてから店に戻り。
明日の営業準備をしていたところに叔母たちが帰ってきた。
「ただいまー。おっ、さゆちゃんお手伝いありがとね」
「おかえりなさい。えへへ、貴樹君にちゃんとご馳走になりましたー」
「うんうん、よかったよかった。貴樹、たまには休みがあるのもいいもんでしょ?」
「まあ、たまにならな。で、大叔母さんはどうだった?」
「全然、問題なかったわ。今朝退院もしたし」
「そっか」
立ち話をしているところに荷物を降ろしていた叔父もやってきた。
ボストンバックを椅子の上に置くと、店内を見渡してうんうんと頷く。
「相変わらず綺麗に掃除してあるな。ほんと、いつでもこの店を譲ってやれるよ」
「まだ何十年も先の話だよ」
「そう、何十年か先の話だ。だから貴樹、やっぱりお前は大学へ行け」
急に真剣な表情で叔父が言った。
「は? 急にどうしたんだよ」
「久しぶりに休みだったから二人で話してたんだが、お前を進学させないとあの二人に申し訳がたたないと俺たちの中では話がついたんだ」
「何回も言ったけど俺は進学なんかしない。それに、父さん母さんは俺の考えをわかってくれるはずだ」
急に進学の話になり、俺は熱くなってしまった。
苛立ちを覚えながら叔父の前に行くと、叔母がその間に割って入った。
「貴樹、あんたの気持ちはほんとうに嬉しいわ。でも、ここまでずっと我慢して私たちのために頑張ってくれてたのを見ていたらね、やっぱり私たちもあなたのためにできる限りのことをしてあげたいの」
「俺は我慢なんかしてない。それに俺は俺のためにやってるだけで」
「でもさゆちゃんと一緒にいる時のあんたの顔はとても楽しそうよ。生き生きしてる」
叔母の言葉でハッとして、ほったらかしになっていた雪村の方を見た。
雪村は心配そうにこっちを見ていたが、やっぱり身内の話に巻き込まれて気まずそうにしている。
「叔父さん、雪村がいるんだから今はやめよう」
「あ、すまん……雪村さん、急にこんな話に巻き込んでごめんよ」
「わ、私は大丈夫です! でも……」
何か言いたそうな雪村は、少しの沈黙を経てから呟いた。
「貴樹君が大学に行くんなら私も……ええと、貴樹君と一緒に大学、行きたいです……」
そう言ってから、雪村は静かに店を出ていった。
叔母は慌てて雪村を追いかけていって、叔父は気まずそうに厨房の中に行ってしまい、急に店が静まり返ってしまった。
そして一人残された俺も、無言のまま部屋に戻った。
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