第15話
「はい、あーん」
「……」
「もー、なんか言ってよー」
今は駅前のクレープ屋で買ったクレープを向かいにあるベンチに座って食べているところ。
家を出る時のやりとりなど何もなかったかのように楽しむ雪村だが、俺はそうもいかない。
俺の耳元で俺に上村との関係を聞いてきた時のこいつの様子は明らかに変だった。
俺の返答次第では、俺をその場でどうにかしてしまいかねないほどの圧力を感じた。
あれは気のせいの一言では済まされない。
苦し紛れに、「俺はああいう奴が一番嫌いだから」と言った。
正解だったかどうかはわからないが、そのあとすぐにいつもの様子に戻った雪村はここに来るまでも来てからもずっとご機嫌なままだ。
上村と雪村の間に何かがあるのは明白だ。
しかしあの様子を見る限り上村の話題は地雷なんてレベルじゃない。
……気にはなるが、一旦忘れよう。
「そ、そういえば駅前に来たのは久しぶりだな」
「久しぶり? いつ来たの?」
「小さい頃の話だよ」
「誰と? ねえ誰と?」
「……親だよ。あの頃はまだ二人とも生きてたからな」
「あ……ごめん、変な事聞いて」
「別にいいさ。今更思い出して悲しくなることもないし」
人間とは便利で強くできているとつくづく思う。
両親との死別という子供には残酷すぎる出来事ですら、時間と共に当時の辛さは薄れ、別の何かに希望を見出せるようになるのだから。
「やっぱり貴樹君はすごいなー。私はそんなに強くないから」
「叔母さんたちのおかげだよ。だから俺はあの人たちの為に出来る限りのことをしてあげたいんだ」
「そっか。じゃあ、今日はいっぱい楽しまないとね」
「なんでそうなるんだよ」
「えへへー、私おばさんからミッションを授かってるの。貴樹君とのデートの様子を送ってくるよーにって」
「なっ……勝手な約束するなよ」
「でもおばさんは人生で一番楽しみかもーって言ってたもん。おばさんのためならなんでもするんでしょ?」
「……程度がある」
またしても叔母絡みで変なことになった。
俺と雪村のデート風景なんぞ見てどうしたいと言うのだ。
呆れてクレープを食べていると、スマホでパシャリと雪村が俺を撮った。
「あ、おい」
「えへへ、いい写真とれた」
「俺だけ撮ってどうするつもりだよ」
「えー、じゃあ二人でも撮る?」
「あ、いや、そうじゃなくて」
「そのうち二人でもとろうね。さっ、次どこ行こっかなー」
浮かれた様子のまま、雪村はスマホで何かを調べてから「次はあっち」と。
俺は渋々彼女についていく。
そして次に向かった場所は少し駅から離れた場所にある商店街だった。
「このアーケード、古いな」
「昔はもっとお店も多かったんだけどね。でも、ここの真ん中あたりに美味しいパスタのお店あるの。行ってみない?」
「食べてばっかだな」
「えへへ。あっ、なんかイベントやってるよ?」
閑散とした商店街の中央付近で何やら人だかりができていた。
近づくと、看板には「あのオリンピック選手とかけっこ大会!!」と。
そういえばこの街はスポーツが盛んで過去にもプロ野球選手やサッカー選手がイベントに来ていたこともあると、叔母からそんな話を聞いたことがある。
でもまさか陸上とは。
嫌な予感がする。
「ねえねえ、あの人に勝ったら景品くれるみたいだよ」
「女の人だけど相手はオリンピック選手なんだろ? 素人が勝てるはずないだろ」
「でもこういうのって手加減してくれるんじゃない? 無理かなー?」
「無理だ。そんなに走りたいなら走ってこいよ」
「私は無理だよー、走るの苦手だし」
距離は三十メートルほど。
二レーン分だけラバーの走路が敷かれていて、そこを走って競争するようだ。
ユニフォームを着た選手らしき女性が呼びかけると、観衆の中から、次は俺だと威勢よく手を挙げて中年の男性が前に出る。
そしてクラウチングスタートの構えで並び、よーいの合図のあと、ピーっと笛がなると二人同時にスタートをきる。
差は歴然。
三歩目あたりで女性選手は体一つ前に出ており、そのまま流すようにゴールへ駆け込んだ。
コースの周りを囲む人たちから歓声が飛ぶ。
その声に手を挙げて応える陸上選手を見て、俺はなぜかあの時の上村の言葉を思い出した。
走ることに命をかけている人だっている。
もちろんそんなことくらいわかっている。
そして、あの陸上選手の走りを見て勇気を貰ったり嬉しい気持ちになる人もまた大勢いるということも。
俺の隣でわーきゃーはしゃぐ雪村だってその一人だ。
ただ、だからって俺にその価値観を強要されても困る。
やっぱり俺は、速く走れてどうなるんだとしか思わない。
「もういいか? 早く行こう」
「えー、もうちょっと見たいよー」
よほど面白かったのか、間近で見るプロの走りが新鮮だったのか、雪村が足を止めてしまった。
早く予定を消化して家で勉強でもしたい俺はなんとかこの場を離れたいから少しイライラする。
しかし雪村が動く気配はない。
こうなれば早くこのイベントが終わることを待つしかないと、次早くの挑戦者が手を上げてくれと観衆を見渡していると。
ジャージ姿で笛を吹いていた係の子と目が合った。
「あれー、浅海君とさゆじゃーん! おーい」
上村だ。
最悪だ。
なんとなく、いるんじゃないかと思ってはいたがまさか係の人間だとは。
「……雪村、行くぞ」
「え、う、うん。でも凛が」
「無視しろ。絡んでもろくなことないだろ」
人混みに身を隠すようにしてその場を離れようとする。
と、その時。
場内のマイクを使って上村が。
怒りとも呆れとも取れるような声で言った。
「あの時みたいに走ってみせてよ。浅海貴樹くん」
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