第14話

「じゃあよろしくね、さゆちゃん」

「はい! おばさんたちも気をつけて」


 入院した大叔母の様子を見るために叔父と叔母は朝早くに出発した。


 まだ日が昇る前だというのに当然のようにお見送りに来ていた雪村は叔母とまるで親子のように仲睦まじく話しており、その様子を見ていた叔父は俺のところに来てぼそっと一言。


「喧嘩になったら、男が謝ることだ」


 それが円満の秘訣だと。

 俺の肩をぽんと叩いてから車に乗り込んで二人は行ってしまった。


「いいなあ、夫婦仲良さそうで」

「よく喧嘩してるけどな」

「喧嘩するほど仲良しって言うもん。仕事もプライベートもずっと一緒とか憧れるなあ」


 二人が乗った車が見えなくなるまで雪村はじっと車の行く方向を見つめていた。


 その後、ぐーっと両手を上げて背伸びしてから「朝ごはん、つくろっか」と、店の中へ。


 休日とあってか浮かれ気味な雪村とは対照的に、俺はこの連休中ずっと雪村と二人なのかと思ったら気が重くなる。


 誰かと一緒に休日を過ごすなんて、初めてだ。

 何事も、初めてのことは不安になる。

 不安だ。


 ここ数日、雪村と知り合ってから他人との関わりが妙に増えてきたのもある。

 田村、杉村先生、それに上村と。

 関わるほどにトラブルの予感しかしない。

 また、変なことが起きなければいいが。



「はい、あーん」

「それ、絶対叔母さんたちの前でやるなよ」

「あー、もしかして恥ずかしいの?」

「迷惑だ」


 朝食は雪村が店にあるもので適当に作ってくれた。

 もちろん俺も手伝いたかったが、「今のうちに日曜日にする予定の片付けとかやっといて」と言われた。

 効率よくやることを手分けしてやれば、遊んだりゆっくりしたりする時間がもっとできるはずだからと。

 それについて異論はなかった。

 確かに俺は時間を作ってやりたいことなんてなかったから休みの日はダラダラと仕事をしていた節もある。

 効率よく仕事をして、空いた時間ができれば他にやれることの選択肢は増える。

 もちろん、遊びたいなんて思っているわけではないが。


「掃除とかはだいたい終わった?」

「客席はだいたい。あとは厨房だけかな」

「じゃあご飯食べたら一緒にやろっか」

「いや、さすがに掃除は俺が」

「早く終わらせて貴樹君とおでかけしたいの。ねっ、いいでしょ?」

「……わかったよ」


 ここまで色々とやってもらっておいて、今更帰れとも言えず。

 食べ終えたらとりあえずどこかに出かけるらしい。

 

「あのー、今日ってお休みですかー?」


 客席で二人向かい合って食事をしていると、薄暗い店内にお客さんが入ってきた。

 そういや、掃除してて鍵開けっぱなしだったな。


「あ、すみません今日は臨時休業でして……ん?」

「あ、いたいた浅海君だ。おはよー」

「上村……なんでここに?」


 ジャージ姿の上村がなぜかうちの店にやってきた。

 そして店内に入ると、「広いねー、いいお店」と辺りを見渡して。

 席にいる雪村に気づく。


「あー、さゆじゃん。休みの日まで一緒なんて仲良しだねー」

「う、うん。凛、何しにきたの?」

「いやー、近くを歩いてたらお店が見えたから。ご飯食べようかなって思ったんだけど休みだったんだー残念」

「そ、そうだね休みだよ」

「で、休日の店の中でさゆは何してたの? まさかバイト?」

「ち、ちがうよ! 貴樹君とこの後出かけるからそれで」

「へえ、デートするんだ。ふーん」


 上村は笑いながら俺を見る。

 しかし目が笑っていない。


「浅海君、さゆとラブラブなんだね」

「どう勘違いしようがあんたの勝手だ。でも休みの日に勝手に店の中に入られたら困るな」

「さゆはいいのに?」

「そうだな。俺だって人は選ぶ」


 雪村の怯える反応を見ると、このまま上村とお喋りなんてする気にはならない。

 

「あはは、冷たいね。でも出禁にされちゃったら嫌だし、帰るね。お邪魔しました」


 俺たちに手を振りながら颯爽と上村は店から去った。


 上村がいなくなってすぐ。

 雪村は大丈夫だろうかと振り返ると、


「雪村?」


 なぜか彼女は厨房にいて、包丁を手にしていた。


「何してるんだ?」

「……え? あ、ううん、大丈夫ごめん。凛にせっかくだから私の料理見せつけてやろうかなーって」

「……もう帰ったぞ」

「そ、そうみたいだね。なーんだ残念。凛ったらせっかちなんだから」


 明らかに雪村の様子が変だった。

 目は泳いでいたし、料理をしようなんて言ってた割に包丁以外何も調理器具も食材も出ていないし、まさかとは思うが上村を警戒して包丁を持ったのか?


 ……いや、さすがにそれはないか。

 上村に攻撃的な様子はなかったし、雪村がまさか包丁で人を脅すなんて大それたことをするはずがない。


 気のせい、だろう。


「……とりあえず、片付けたら出かけようか」


 俺が声をかけると、雪村は包丁をさっとしまってから「えへへ、楽しみだなあ」と頬を赤くしていた。


 上村と雪村に一体何があったのか。

 黙って片付けをしている間も頭の中はずっとそのことでいっぱいだった。


 しかしどう聞いたらいいかもわからず。

 出かける準備が整い、二人で店を出るその時。


 雪村は小さな声で、施錠をする俺の耳元で言った。


「ねえ、凛と何があったの? ねえ、教えて?」

 

 

 



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