第13話
「やほ、浅海君」
放課後すぐに俺のところに隣のクラスから客人が来た。
上村凛。
彼女の姿が見えた途端にうちの教室は異様な盛り上がりを見せていた。
「上村ってかっこいいよなあ。男でも憧れるぜ」
「今年のインターハイ優勝候補だもんな。頑張ってくれよー」
「りんー、今日も頑張ってねー」
歓声に手を振り応える上村の慣れた様子を見るに、彼女は昔っからこんな風にみんなのヒーローなのだろう。
そんな学園の英雄が一体俺になんの用事か。
立ち上がり何も言わずに廊下へ出ると、彼女もまた俺を追って外へ。
「ごめんごめん、人目が多いと話しにくいよね」
「部活じゃないのか?」
「まあね。でも大会前だから調整だし」
「あ、そ。で、何の用?」
教室を離れながら聞く俺についてくる彼女は、聞くと少し顔色を曇らせた。
「浅海君って、陸上とか興味ないの?」
「ない。足が速くて何になるのかさっぱりわからん」
「あはは、毒舌。でも、それに命賭けてる人もいるんだし他の人にはそんなこと言わない方がいいかもよ」
「喋る友達もいないから心配御無用。それだけか? もう行くから」
「そんなにさゆは大事なんだね」
「……なに?」
上村の言葉に反応して足を止める。
彼女はさっきよりもう一つ暗い表情で俺を睨んでいた。
「なーんにも興味ないみたいな顔して、結局さゆみたいなのが好きなんだ」
「なにが言いたいんだよ」
「さあ。でも、そういう冷めたフリ辞めた方がいいと思うよ」
そう言って、上村は駆け足で俺を抜いて遠くへ消えていった。
結局上村が何を言いたいのかはよくわからなかった。
雪村と仲良くしてるように見えたのが気に入らないのか、それとも単に俺の態度に不満があったのか。
そんなことを俺が知る由もなかった。
◇
「もー、遅いよー? 仕事遅れちゃうよー?」
「言われなくてもわかってる。先に帰っててよかったのに」
「心配してたのー。また先生に呼ばれたりしてないかなーって」
ここ数日の流れの通り、帰り道は雪村と二人。
上村のことについて聞きたいことがたくさんあるが、そのタイミングを伺いながら彼女の話に頷く。
「今日は田村も増田先生も途中でいなくなったから平和だったよ」
「みんな体調不良? 因果応報じゃん」
「人を呪わば穴二つ。誰かの不幸を願うもんじゃないよ」
そもそも俺は他人に関心がない。
誰がどうなろうと俺には関係ない話だ。
田村たちのことなんて別にどうだっていい。
「やっぱり貴樹君って優しいよね。自分に意地悪した人のことまで心配するなんて」
「興味ないだけだよ。それより、上村って相当すごいやつなんだな」
「凛? 私もよく知らないけど全国でもトップレベルとか言ってたっけ。なんかすごいみたいだねー。それがどうしたの?」
「いや、別に。今日うちの教室に来た時すごい騒ぎだったから」
「中学の時から人気者だったもんねー。で、凛が気になるの?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「ほんと? 凛みたいな子が好きとかじゃないの?」
「ない。早く帰るぞ」
上村の話から話題が逸れかけたところで話を遮った。
勘でしかないが、これ以上彼女の話をするべきではないと思った。
その違和感の招待には目を伏せながら俺たちはいつものように店へと戻っていった。
◇
「貴樹、明日店休むから」
帰宅してすぐ、叔母が唐突に俺にそう言ってきた。
「は? 明日は土曜日なのに大丈夫なのか?」
「私の母がね、ちょっと急病で入院したのよ。だから連休とって実家に帰ろうかなって」
「なるほど……大叔母さんは大丈夫なのか?」
「まあ大したことはないみたいだけど。もう年だし、一応心配だからね」
急な連休が決まってしまった。
そして、厨房近くの席で飯を食っていた雪村に、叔母が話しかける。
「というわけだから、週末は貴樹のことよろしく頼むね」
「任せてくださいー! 朝ごはんもバッチリ用意しますんで」
「ほんと助かるわあ。あの子ったら休日はインスタントばっかりだから」
勝手に女同士で盛り上がっていたところに俺が口を挟む。
「休みの日くらい好きにさせろよ」
「貴樹、あんたもせっかくの休みなんだからゆっくりしなさい。あんたの気持ちは嬉しいけど、それでもあんたはまだ高校生なんだから。青春は一度っきりよ」
叔母と何度この手の話題で喧嘩したことか。
俺に学生らしい生活を送れと言ってくれる叔母に対して、そんなの必要ないと反発してきた俺。
結局俺が折れないから叔母は俺のやりたいようにさせてくれていた。
あの頃はそれが当然だと思っていたし、ずっと正しいと思ってここまできたけど。
今はちょっとだけ、叔母の言葉に耳を傾けてもいいかなと思った。
俺が無理を通すこともまた、叔母や叔父にとっては望ましいことではないのだと。
今ならなんとなくそれがわかる。
「じゃあ、お言葉に甘えるよ。気をつけて行ってきてくれよ」
「お土産くらい買ってくるわ。あんたこそ、さゆちゃんに偉そうにして喧嘩しないでね」
「余計なお世話だ」
この日は臨時休業を聞きつけて駆け込んできたお客さんも沢山いて、いつもより店は賑わっていた。
その様子を察して雪村も食事を済ませたらさっさと家に帰っていて。
いつものように仕事に追われてやがて一日が過ぎていった。
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