第12話

 雪村は俺の言った通り、休み時間に教室におしかけてくることはなくなった。

 それに関してはホッとする限りだが、しかし今はそれよりも気になることがある。


 田村の様子が変だ。


 三限目後の休み時間に嬉しそうに教室を飛び出して行ったあと、少し遅れて戻ってきて先生に叱られていたが。

 顔が真っ青だ。

 怒られたからとかじゃない。

 戻ってきた時既に、死にそうな顔をしていた。


 何があったのか。

 今もずっと、教科書で顔を隠しながら何かに怯えている様子でじっとしている。


 先生か先輩にきついお叱りでも受けたのか?

 いや、そもそもなんで俺は田村の様子なんかをずっと見てるんだ。

 他人の動向なんて、今までなら一切目に入らなかったというのに。


 雪村と知り合ってからほんと調子を狂わされている。


「先生すみません、体調悪いので保健室に行きます」


 田村が授業の途中で立ち上がり、そう言った。

 付き添いは必要かと聞かれたが断り、廊下に出る時、キョロキョロと何かを警戒する様子を見せてから逃げるように姿を消した。


 その後、授業が終わると皆が一切に席を立って昼休みの賑わいが始まった。


 しかし誰も、田村のことを気に留める様子はなかった。



「はい、あーん」

「毎日このくだりをやるのか?」

「えー、いいじゃん一回くらい」

「断る。誰かに飯食わせてもらうなんて御免だ」


 屋上で雪村と飯を食べている時間は、少し心が穏やかだった。

 クラスの連中の目を気にせずに済むだけで気が楽だ。

 

「ねえねえ、そういえば先生たちとの話はどうだった?」

「ん、別に。まあ次は気をつけろって」

「なにそれー。なんかむかつくなー」

「俺だってイラッとしたさ。でもまあ、先生にも立場ってもんがあるんだろ」

「貴樹君は大人だなー。私はやっぱり、許せない」

「お前が殴られたわけじゃないだろ」

「じゃあ貴樹君はおばさん達が酷い目に遭っても何も思わない?」

「それはまあ、思うけど」 

「それと一緒。私にとって貴樹くんはとても大切な人なんだから」


 微笑む彼女の真っ直ぐな目に思わず視線を逸らした。

 俺の何が彼女にそこまで言わせるのかはわからないが、雪村が俺に一定の好意を抱いてくれているのは伝わってくる。

 それが恋心なのか友情なのかは置いといて。

 果たして俺はどうだろう。

 雪村が酷い目に遭ったら、どんな気持ちになるんだろうな。


「とにかく、田村とのことは終わった話だ。あんなやつのことで無駄に時間を使う方が有害だ」

「うん、そうだね。じゃあ、日曜日どこでデートするか考えよー」

「デートじゃない。悩み相談だ」

「えー、遊園地とか行かないの?」

「そんな金あるか」

「じゃあお金あったら行ってくれるんだ?」

「……仮定の話は嫌いだ」


 いつか雪村と遊園地に行ってデートをするなんて日が来るとは、想像もできない。

 俺の描いてきた未来予想図には、俺の隣に家族以外の誰かが立っている光景なんてない。


 こうして二人で昼飯を食べていることすら、未だに不思議でたまらない。

 こうやって誰かと自然に会話できている自分も。


 想像したことなんてなかった。


「そういや、明日は土曜日だろ。俺は一日中仕事だからな」

「稼ぎどきだもんね。朝から頑張らないと」

「いや、明日は学校ないんだし来なくていいぞ」

「だめ、いく」

「なんでだよ」 

「だって、日中会えないんだし。いいでしょ?」

「……好きにしろ」

「はーい、好きにするー」


 どうしてここまで雪村が俺に懐いているのかは謎のままだが、聞いたところで大した答えは返ってこないだろうと、そのあとは黙って弁当を食べた。


 やがて昼休みが終わり午後の授業の前のホームルームが始まる。


 いつもなら暑苦しい体育会系のノリで増田先生が教室にやってくるのだが、今日はなぜか別の先生がやってきた。


「えー、一身上の都合で増田先生は今日は休みとなったため、この時間は自習とさせていただきます」


 女性の先生はそう告げてからすぐに教室を出て行った。


 途端に暇になった教室はやがて少しずつガヤガヤと賑わいだした。

 そして授業の時間になるとまた静かになって。


 普段と変わらぬ午後の時間が過ぎていった。


 

 

 

 


 

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