第11話

「浅海、具合は大丈夫か?」

「はい、特には。ご迷惑をおかけしました」


 学校に着いたところで雪村と別れて俺はまず職員室へ。

 そして担任の増田先生のところへ行きまず謝罪。


 先生の反応は以外とあっさりしていて、淡々と業務的に俺に話す。


「昨日お前を殴った田村は停学処分となる予定だ。理由はどうあれ暴力はダメだ。しかし浅海、田村はお前に挑発されたと言っていた。それは本当か?」


 担任の先生は柔道部の顧問。

 だから教え子を庇いたい気持ちが見えるのはわかる。

 でもなあ、俺だってあんたの教え子なんだけどな。


「人の悪口を言っていたので注意しただけです。痛いところをつかれてカッとなる性格なんでしょ」

「田村が嘘を言っていると?」

「先生になんと言ったのか僕は知りませんから」

「じゃあ田村は誰の悪口をなんと言っていたんだ?」

「それは……」


 雪村の悪口だ。

 あいつが軽い女だのいじめられてたブス女だの、酷い言い様だった。

 でも、わざわざ俺が雪村のそんな話を他人に吹聴する気にはなれない。


「……言えません」

「なんだ、それだと田村とお前のどっちが嘘を言ってるかわからないぞ」


 先生の語気が強まった。

 まあ、俺を陥れようとまでは思ってなくても、少なくとも俺にも非があることにして田村の罪を軽くしたいのだろう。

 部員の不始末は顧問に責任がいくわけだし。

 ほんと、ろくなやつじゃない。


「じゃあ俺も疑わしいという理由だけで処罰を与えますか? 先生の裁量にお任せします」

「……もういい、戻れ」


 俺の様子を見て諦めたのか、増田先生は自分の席へ戻っていった。


 そのまま俺は職員室を出て教室へ。

 はっきり言って気まずい。

 悪目立ちしてしまった翌朝なんて、皆にどんな目で見られるかわかったもんじゃない。

 

 さっさと席について突っ伏して寝たふりしてやり過ごそうと、早足で教室に向かう途中。


「おーい」


 案の定誰かに声をかけられた。

 振り向いたら負けだ。

 このままやり過ごそう。


「……」

「あれ、聞こえなかった? 今朝も会ったよね? さゆと一緒にいたよね?」

「人違いです」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 素早く俺の前に回り込んで両手を広げて通せんぼする女子に、見覚えがあった。


 ショートカットの少し肌が焼けたスポーツ系女子。


 上村、凛。


「ほら、やっぱりあってた。私のこと覚えてる?」

「さあ」

「えー、ひどいなー。私、陸上部の上村凛。さゆとは幼馴染なんだ」

「あ、そ。じゃあまた」

「いやいやいや、話くらい聞いてよー」

 

 必死に食い下がる上村から何度も逃げようとするがさすがは陸上部のホープだ。

 軽快な足捌きと瞬発的な反応で俺の行く先を阻んでくる。


 鬱陶しい。


「俺、教室もどってやることあるんだけど」

「あーごめんなさい、それじゃ一つだけ。ええと、さゆとはどういう関係なの?」

「別に。たまたま知り合ったら付き纏われて困ってるという関係だ」

「えーなにそれ。じゃあさゆの方からガンガン行ってる感じ? ふーん」


 ジロジロと俺を舐め回すように見る上村に対して「もういいか?」と。

 さすがにこれ以上引き留めたらまずいと感じたのか、彼女は俺に道を譲った。


 その後すぐのこと。

 上村の元には数人の女子が目を輝かせながら近寄っていた。

 今度の試合頑張って、応援してるよ、優勝したらサインちょうだい。


 まるでプロスポーツマンのような人気っぷりだ。

 廊下にいる男子たちも、上村に気を取られて俺なんか目にも入っていない様子だ。

 

 なるほど、あんなやつと仲良くしろなんていじめられっ子だったやつには無理な話だ。

 どうせあいつも雪村のことなんて心の中で笑ってるに違いない。


「おい」


 教室に戻ってすぐ。

 また、誰かに声をかけられた。

 見上げると、昨日俺を殴った田村が腕を組んで俺を睨んでいた。


「……なんだよ、停学じゃなかったのか」

「処分保留だってよ。まあ殴ったのは迂闊だったが、悪いのはお前の方だからな」


 田村はふんぞり帰る。

 そして周りに子分みたいやつらが数人ゾロゾロと集まってきた。


「また殴るのか?」

「そんなバカな真似はしないさ。でもよ、人目につかない場所を歩く時は注意しろよ。うっかり足を滑らせたり、上から何か落ちてきたりしたら危ねえからよ」

「……なるほど」


 脅し、か。

 このご時世にまだそんなことを平気で言ってくる能無しがいることには正直驚きを隠せない。


 バックに先生がいるという自信からか。

 それとも本当のアホなのか。


 まあ、どっちでもいいか。


「あと、雪村にベタベタするのも辞めろよな」

「嫉妬か?」

「お前、口の利き方に気をつけろよ」


 田村が凄んできたところで、幸か不幸か作業のチャイムが鳴った。

 そして担任の増田先生が何事もなかったかのように教室にきてホームルームが始まって。


 田村もまた、何事もなかったかのように先生の話を聞きながら退屈そうにあくびをしていた。



「せんせー、貴樹君は大丈夫だったかなあ」

「知らん。自分で聞け」

「だってー、休み時間に教室に来るなって言われてるもん」


 保健室にて。

 友達のいない私の話をいつも聞いてくれる杉村せんせーにあれこれと質問してるところ。

 職員室でも特に貴樹君の話題は上がっていなかったみたい。


 ただ。

 

「人を殴った田村が無罪放免になりそうなのは、生徒の健康を預かる身として個人的には気に入らないがな」

「……なんでそんなことになるんだろうね」

「あいつは今年のインターハイ出場候補だからだろうな。今この学校はスポーツに力を入れてるところだから、有力者の不祥事なんか誰も望んでないってことさ」


 せんせーは眉間に皺を寄せながら椅子に腰掛ける。


「じゃあ貴樹君を殴ったのに、あいつは無罪放免で終わるの?」

「次また何かやらかしたらさすがにそうもいかないさ。でも、顧問に釘を刺されてるだろうし、下手なことはせんだろ」

「……」


 私の中のモヤモヤが広がっていくのがわかる。

 どうしていつも、弱い人が踏みつけられて強い人が得をするんだろう。


 良い悪いではなく。

 周りにとって都合が良いか悪いか。

 それだけで人の価値って決まるの?

 認めたくない。

 さゆは、許さない。


「せんせー、もう大丈夫。教室もどるね」

「考えすぎるなよ。浅海はああ見えて芯は強いと思う。心配いらんさ」


 せんせーの言いたいことはよくわかる。

 さゆが何かしたところで、浅海君には余計なお世話にしかならないことも。


 でも。

 さゆが、したいの。

 彼のためになら、なんだって。


「……田村、ヨシヒコ」


 一年生の時、声をかけられて半ば強引に交換させられた連絡先。


 残してあって、よかった。

 校内での通話は校則違反だけど。

 きっと、出るはず。


「……あ、もしもし田村君? うん、次の休み時間に会える?」

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