第10話

「貴樹君、玉ねぎの皮剥き終わったらネギ切っておくね」

「ああ、頼む」


 朝の仕込みのために今日も早くから雪村は店に来た。

 昨日は突然のことで気にする余裕もなかったが、雪村は本当に手際がいい。

 何年もやってる俺なんかよりテキパキと効率よくやってくれるもんだから俺もついつい彼女に頼ってしまう。


 叔父と叔母以外の他人と仕事をするなんて想像したこともなかったけど、こんなにもやりやすいなんて驚きだ。

 やるべきことを淡々とこなしながらも、俺のペースにも合わせてくれる。

 なんだか不思議な気分だ。


「なんか楽しいね。あーあ、バイトしたいなあ」

「だからそれはダメだって。働いてもらう以上はタダ働きってわけにもいかないし」

「んー、なにかいい方法ないかなあ」


 ちなみに昨日の一件で叔母の信頼を全幅のものにした雪村はうちの店の合鍵を預かっていた。

 でも、前ほど拒絶反応は起こらなかった。

 雪村は少々偏ったところがあるけど、悪いやつでもない。

 詳しくは知らないが辛いことも経験してるみたいだし、そんなやつに辛くあたるのも気が引ける。

 雪村も楽しんでるようだし俺も実際助かってるわけだから今しばらくはこんな朝を続けるとするか。


「さてと、これくらいでいいか」

「うん。でもすごいよね、毎日ずっとこれを一人でやってたなんて」

「習慣だよ。でも、雪村がこんなに手際がいいのは正直驚いた。料理得意なのか?」

「苦手だったけど、中学の頃から結構練習してたの。花嫁修行ってやつで、えへへー」


 そんな話をしながら二人でそれぞれの弁当を作りはじめる。

 校則違反になったらいけないのでバイト代が払えない分、せめて食材は好きなものを使ってくれと勧めたが、彼女は残り物や野菜の切れ端をうまく使ってせっせと料理をしていた。


 やがて弁当を作り終えると、ちょうど叔母が降りてきた。


「おはよう二人とも。今日も仲良くやってるわねえ」

「おはようございます。えへへ、なんかすごく楽しいです」

「ふふっ、それならよかった。でも無理はしないでね。貴樹、あんたもたまには休みなさいよ」

「叔母さんこそ、たまには連休とってゆっくりしなよ」

「まだまだ私たちは働き盛りだもの。それに、あんたをちゃんと大学まで出してやらないとあの人たちに顔向けできないわ」


 腰をトントンと叩きながら。

 店の一番奥にある仏壇を見つめる。


 俺の両親の遺影が置いてある仏壇。

 本来なら毎日手を合わせるべきなのだろうけど、俺は節目の時以外はその前には立たないようにしている。

 前に進むため。

 忘れるわけじゃないけど、二人はもういなくて。 

 今の俺の親は叔父さんと叔母さんなんだって。

 だから過去を振り返らないよう、そうしている。


「だから俺は大学なんて」

「将来どうするかはあんたの勝手だけど、若いうちにしか出来ないことはあるんだから。選択肢は多い方がいいでしょ」

「どうせここで働くんだから一緒のことだよ」


 こんな話は毎日やってる。 

 大学を出てちゃんと就職してほしいと言う叔母と、早く店に入って二人を楽させたい俺とで意見はすれ違ったまま。

 大学なんて金がかかるだけだと何度話しても、叔母は納得してはいない。


 そしていつも結論は出ずに先送り。

 でも、来年の今頃にはそんな話にも決着をつけないといけない。


 どうすればわかってくれるのやら。

 説得する方法をそろそろ真剣に考えないといけないな。


「さてと、私も起きたことだし二人ともこの辺で切り上げて学校行く準備しなさい。貴樹、今日は喧嘩したらだめよ」

「はいはい、わかったよ」


 朝のバタバタですっかり忘れていたが、そういえば昨日の喧嘩の件で先生からお叱りを受ける予定だった。

 何を言われることやら。

 考えてもしょうがないが、今から気が重い。

 面倒なことにならないよう、願うとするか。



「はあ、めんどくさいな」

「大丈夫だよ、ちゃんと話せばわかってくれるって」


 二人で学校へ向かう道中でそんな話をしていると、昨日と同じく後ろから追いかけるような足音と威勢のいい声がした。


「お、今日も仲良いねえお二人さん」

「あ、凛おはよー」

「おはようさゆ。やっぱり二人って付き合ってるよね?」


 昨日と同じく後ろから声をかけてきたジャージ姿の女子は肩にかけたタオルで汗を拭いながら爽やかな笑顔を振り返った俺たちにむける。

 

「だから、さゆたちはそんなんじゃなくって」

「私も彼氏ほしいなー。ずっとスポーツばっかだからさー」

「もー、だから違うんだって」

「じゃあ遊び? あはは、高校デビュー成功じゃん」


 気のせいかもしれないが。

 凛とやらの言葉は少し雪村を小馬鹿にしたような言い方に聞こえた。

 そして彼女は笑顔のままさっさと走り去っていった。


「……誰だよあいつ」

「知らない? 上村凛って、陸上部のエースで中学の時から全国大会とか出てて、すごく有名だけど」

「上村……ああ」


 名前くらいは聞いたことがある。

 中学の時からよく表彰されてたやつだ。

 でも、同じ中学ということは雪村のいじめのことも知っているってことか。

 高校デビューって言ってたし。

 なんか、裏がありそうなやつだな。


「凛はね、昔からの幼馴染なの。もちろんさゆみたいなのとは違ってスポーツ万能成績優秀で忙しいから、最近は遊んだりすることもなくなったけど」

「で、そんな彼女のことが苦手だと」

「……うん」


 学校という狭い空間の中では、どうしてもカーストというものが存在してしまう。

 勉強ができる、足が速い、背が高い、可愛い、イケメン、金持ちの子供。


 そんなやつらが上位カーストに君臨し、それらの金魚の糞みたいなやつらが学校生活をうまく過ごしていく。

 そして一部。

 そいつらから目をつけられた連中は、除け者にされたり最悪いじめられたりして、立場を失う。


 中にはいい奴もいるけど、大体は上辺だけ。

 いい奴を演じて周りからチヤホヤされたいだけの偽善者の方が多いと思う。

 上村からも、そんな匂いがした。


「じゃあ、通学路変えるか。毎朝ああいう陽キャラに会うのは俺も鬱陶しい」 

「い、いいよそんなの。さゆが勝手に苦手してるだけだし」

「俺が苦手なんだよ」

「……うん」


 上村みたいなやつと遭遇したら道を譲って他の道を歩く。

 それが俺たち下位カーストの連中の処世術だ。


「さて、早く行くぞ。俺は朝一職員室に行って用事済ませてくるから」

「……貴樹君以外みんないなくなればいいのに」

「ん、なんか言ったか?」

「え、ううん何も。行こ行こ」


 少しモヤモヤする朝だった。

 上村凛。

 通りすがりのスポーツ女子。

 俺なんかとは無縁も無縁だろう彼女のことがなぜか登校中ずっと引っかかって頭から離れないでいた。


 何か大事なことを忘れている。

 そんな気がして。

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