第8話

「はい、あーん」 

「だからそれやめろ」

「えー、つまんなーい」


 約束通り昼休みは屋上で集合して雪村と二人で飯を食っている。

 そういえば今日は朝のルーティンを壊されたせいで自分の弁当を作り忘れたと焦っていたのだがそんな心配はなんのその。


 ちゃっかり俺の分まで弁当を作ってくれていた。

 雪村が。

 ご飯の上にハートマークが乗ったシャケ弁当を。

 なんだこれは?


「このハートも叔母さんの入知恵か」

「うん。男の子はこういうのに弱いんだーって。貴樹君も嬉しい?」

「……うまいよ、普通に」


 感情の整理に困っていた。

 何度も言うが俺は人との関わりが本当に希薄だったから、こうしてグイグイ来られるとどうしたらいいのかさっぱりわからない。

 照れてるわけでもないが、人に嫌われるよりは好かれる方が誰だって気分はいいもの。

 俺も例外ではない。

 かといって素直に喜べるほど素直な人間でもない。


 困ったもんだ。


「そういや相談の件だけど」

「あのね、駅前にすっごくおしゃれなカフェできたんだ。一人だと入りにくくて、行ってみない?」

「あ、いや、そのことなんだが、今ここで聞いたらダメか?」


 あの時は断りにくい状況もあって変な約束をしてしまったが、できればやはり日曜日くらいは一人でゆっくり過ごしたい。

 約束を反故にするつもりまではないが、できれば自然に流れてくれないかなと期待していたところ、雪村は箸を止めて俺の方を見た。


「いいの? そんなに私のこと、気になる?」

「あ、ええと、まあ気にはなるんだけど」

「嬉しい! じゃあ、いーっぱい相談するからいーい?」

「いや、それはちょっと」

「私ね、ずっといじめられてたの」

「……え?」


 さらりと、彼女は打ち明けた。

 

「中学の時ね、私って髪も短くて色も黒くてメガネでね。芋とか言われてて。それなりに仲良くしてる子もいたけどある日から無視されるようになって」


 喋りながら段々と雪村のトーンが暗くなっていく。

 なんとなくは想像していたが、いざ本人から悩みの正体を聞かされると返す言葉が見つからない。


「……すまん、嫌なことを言わせた」

「え、いいよいいよ! 私が貴樹くんに聞いて欲しかっただけなの。私こそこんな話してごめんなさい」


 屋上の空気は通夜みたいにシンと静まり返り、張り詰めていた。

 俺はこんな時に気の利いた言葉を言えるほど対人に慣れていない。

 でも、辛い経験という意味では俺も人並み以上に経験したことはある。


「俺もまあ、そんな時期があったよ」

「え、そうなの? 友達いないのに?」

「余計なお世話だ。知ってるかもしれないが、うちは両親とも俺が幼い頃に亡くなった。そんなのを揶揄うやつも、小学校の時は結構いたよ」

「そんな、ひどい……」

「そうだな、ひどいやつらだ。で、率先して俺をいじめてた連中がある時何もなかったかのようにケロッとした態度で俺に話しかけてきたのを見て無性に腹が立った。そんなこともあったから俺はあんまり人を信用してないのかもな」


 こんな話を他人にしたのは初めてだ。

 聞いてほしいと思ったこともなかったけど、誰かに話すと妙に気持ちがスッキリするのがわかった。


「そっか。じゃあ、お互い様なんだね。ふふっ、これからも仲良くしようね貴樹君」

「俺は傷の舐め合いが一番嫌いだ。だからそんな理由で仲良くなんかしない」

「えー、じゃあ他の理由なら仲良くしてくれるの?」

「……さあな」


 そっぽを向いて弁当のおかずに口をつけた。

 鮮やかなハートマークをぐしゃぐしゃにしながら米を頬張る俺に隣であーだこーだ言っていたがこれ以上話を続けるつもりはなかった。


 少し話しすぎた。

 やっぱり他人の辛い話なんか聞くもんじゃない。

 こいつをいじめていたのは誰なんだろうとか、もしかして今朝会った女子が何か関係あるんじゃないかとか。

 必要のない事ばかり考えてしまう。


 ほんと、災難だ。



「なあお前、雪村と仲良いみたいだな」


 放課後。

 チャイムと同時にスプリンター並の反応速度で席を立って教室を飛び出そうとする俺を、入り口付近の男子が呼び止めた。


「……なんのことだか」

「しらばっくれるなよ。昨日も今日も昼休みにこそこそ会ってたろ。なあ、付き合ってんのか?」


 坊主頭とガタイの良さを見るに野球部か柔道部か。

 ゲジゲジ眉毛がよく似合うそいつは不快感を顕にしながら俺に詰め寄る。


「付き合ってるわけないだろ。それに、あんたになんの関係が?」

「別に。ただあいつってすっぴんだとブスだぜ。中学の時なんてよ、芋女っていじめられてたの知ってるだろ?」


 男は不敵に笑いながら俺を見る。

 ああ、思い出した。

 こういうやつらがいるから俺は他人と関わりたくなかったんだ。 


「あ、そ。忠告どうも」

「待てよ。お前だって昔はあいつのこと笑ってたんだろ? 今更ちょっと可愛くなったからって抜け駆けすんなよな」

「何が言いたい? 俺は忙しいんだ」

「だからよ、あいつ紹介してくれよ。お前もヤッたんだろ? 昔いじめられてたやつって優しくされたらチョロいって言うしよ」


 醜悪な笑みだ。

 ああ、最悪だ。

 なんで俺は他人なんかと関わりを持ったんだ。

 誰とも関わらなかったらこんな気持ちにならずに済んだのに。

 ほんと災難だ。

 

「お前さ、眉毛剃っても致命的にブスだぞ」

「あ? なんだとお前、今なんつった!」

「ブスにブスと言っただけだ。お前もやってることだろ?」

「てめえ調子乗りやがって!」


 坊主頭に胸倉を捕まれた。

 その瞬間クラスは小さな悲鳴とともにざわつきはじめた。


「なんだよ、自分がされて嫌なことは人にするなって親に教わらなかったのか?」

「お前はどうなんだよ!」

「生憎、親がいないんでね。顔近づけんなくさい」

「こ、このやろう!」


 顔面に一発。

 俺は思いっきり殴られた。


 俺の華奢な体は一瞬宙を舞った。

 女子の悲鳴がうっすら聞こえながら俺は、意識が遠くなっていった。

 

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