第7話
「ふふっ、いい光景ね。これでうちもしばらく安泰かしら」
珍しく朝の仕込みの時間に叔母がいて、厨房の外から俺をニヤニヤと見つめている。
いや、俺たちを。
「おばさん、毎日お手伝いきてもいいですか? なんか厨房って楽しいです」
「あらあら、それは助かるわ。よかったわね貴樹」
「よくねえよ。俺一人で大丈夫だって言ってるだろ」
「あら、店のことを決めるのは私たちよ? 何か文句でも?」
「……ちっ」
その通り、この店は今は叔父と叔母がオーナーだ。
だから店への出入り云々に関して俺には何も口出しする権限はない。
叔母をおさえられた以上、どうすることもできん。
「貴樹君も、さゆがお手伝いにきたらいつもよりゆっくり寝れるよね」
「別に三十分くらいどっちでもいいんだけど」
「おばさんに聞いたけど、二人を少しでも寝させてあげるために一人で仕込みしてるんだよね? 優しいなあって。さゆも、大事な人のためにそういうことしたい」
「大事な人って……大袈裟だ。俺はただ育ててくれてる二人のためにできることを考えてだな」
「じゃあさゆも、さゆなんかを助けてくれた人のためにできることをしたいの。一緒だね、えへへ」
笑いながらも、どこか訴えるような目で俺を見る雪村。
数日の付き合いだが、こいつのしつこさは嫌というほどわかってるつもりだ。
拒絶したって、おそらく無駄。
それどころかもっと踏み込んでくる可能性だってある。
今朝だって、目覚ましをわざわざ消して自ら俺を起こしてくるという変態的行動を平然とやってきた。
一体何時から俺の部屋にいたというのだ。
考えただけでゾッとする。
……今は従って様子を見るしかないか。
「わかったよ。その代わり、朝だけだからな」
「えー、なんで?」
「さすがに放課後はまずいだろ。バイトしてるって思われたら停学か、最悪退学だってありえるんだ。俺のためにそんなリスクを追ってもらいたくない。迷惑だ」
玉ねぎの皮を剥きながらそう言うと、雪村はクスクス笑いながら「じゃあそうする」と頷いて。
そのあとは二人並んで、静かに野菜の皮剥きを続けた。
◇
「さゆー、もしかして彼氏できたん?」
雪村と一緒に学校へ向かう途中のこと。
後ろから誰かが声をかけてきた。
見ると後ろに立っていたのはジャージ姿で少し息を切らした短髪のスポーツ系女子。
「あ、凛? おはよー! ええと、彼氏とかじゃなくてー」
「でも昨日も一緒に帰ってたよね? あー、その感じは何かあるなー」
「もー、やめてよー」
「あはは、邪魔しないでおくね。じゃあお幸せにー」
雪村の肩をトンと叩いてからその女子は軽快に走り去っていった。
そして去り際、ちらっと俺を見てきた気がしたが、別に気にも留めなかった。
「なんだ、仲良さそうなのがいるじゃんか」
何気なく雪村にそう言うと、彼女はいつぞやなように表情を暗くして俯いた。
「そう、だね」
「仲良くないのか?」
「……どうかな」
「……」
別に察しがいい方でもない俺だが、さすがに先日からの彼女の言動を見るに人間関係で何かあることくらいはわかる。
でも、それがわかったところでどうすればいいかまではわからない。
こういうナーバスな問題をズカズカと踏み込んで質問するのもナンセンスだし、かといって見て見ぬふりというのも冷たい気がする。
いや、別に冷たいとか無神経だとか思われてもいいんだ。
いちいちこういう態度を見せられるのはなんというか、歯痒さが残る。
「なあ、もしかして友達関係で悩んでるのか?」
「え? もしかして心配してくれてるの?」
「あ、いや、そういうわけではないけど。なんかその手の話題になったらテンション下がるだろお前」
「……相談、乗ってくれる?」
俺の袖をきゅっと摘んで足を止めた雪村は、今にも泣きそうな顔をしていた。
その手を振り払ってそんな時間はないと言いたかった。
他人と関わりたくない理由は、何も忙しいからというだけではない。
楽しいことだけならいいが、こうやって互いの悩みや苦しみを共有するという作業が心底面倒だと思っているから深入りしたくなかったのだ。
所詮他人の苦しみなんて当人にしかわからないし、傷を舐め合ったところで何になるんだと。
そう思って今日まで過ごしてきたはずなのに。
最近の俺はどうかしてる。
「……店が休みの日でもいいなら、な」
「ほんと? えへへ、じゃあ日曜日はカフェ行こうよ」
「なんでうちの定休日把握してんだよ」
「いいじゃん別に。日曜日は朝から掃除して次の日の準備して昼から図書館で勉強、だよね」
「俺の日曜日の過ごし方までしっかり把握するな怖いから」
「えへへー」
いやまじで怖い。
叔母が喋ったのかもしれないが、まずそこまで人のプライベートを根掘り葉掘り聞く方が異常だ。
どうやって知ったかは敢えて聞かない。
バレているという事実だけわかればそれでいい。
こいつに下手な嘘はつかない方がよさそうだ。
「じゃあ日曜日までは特に話すことはないな」
「えー、あるよー? お昼も一緒に食べるし」
「嫌だと言ったら?」
「おばさんに色々相談するー」
「ぐっ……じゃあ絶対に教室に迎えにきたりするな。わかったか?」
「えへへ、わかった。じゃあ昼休みに屋上ね」
朝の風が今日は少し生温く感じた。
日曜日に雪村とカフェに行くなんて気が重い。
一体どんな話を聞かされるのだろう。
大したことでなかったらいいんだが。
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