第5話

「貴樹、送っていきなさい」 


 食事を終えたあと、叔母が俺のところにきてそう耳打ちした。


 食事中の雪村はそれはもう別人のように静かだった。

 俺からしてみれば助かったの一言だが、しかしあまりの変わり様に俺も少し不安を覚えていた。


 何か傷つけるようなことを言ってしまったのではないか。

 明朗快活で人気者で友達が多い。

 そんなイメージを勝手に持っていたが、俺は雪村のことを何も知らない。

 知ろうとも、思わないが。

 さすがにこんなままなのは俺の精神衛生に悪い。


「雪村、近くまで送っていくよ」


 俯く雪村に声をかけると、顔をあげてパァっと明るい笑顔を取り戻しながら「いいの? えへへ、やったー」と。


 はしゃぐ彼女と一緒に席を立って店を出た。


 外は薄暗くなっていた。

 出てすぐにうちに入っていくお客さんとすれ違う。

 それを見るとこんなところで何をやってるんだと自分に腹が立ってくる。

 やっぱり俺には人並みの青春なんて似合わない。


「で、家はどっちだ?」

「あっちの角の家。実はね、案外近いんだよ」

「ふーん。てことは西中か?」

「そうだよー。実は同中でしたー」


 もちろん俺は中学の時も誰とも仲良くしたことはないから雪村なんていたのかどうかすら知らないけど。

 

「あ、そ。じゃあ家そこなんだったらこの辺でもういいか?」

「もー、せっかくなんだから家の前まで送ってよー。じゃないとおばさんにいいつけちゃうよー?」

「ぐっ……わかったよ」


 どうも弱味を握られてしまったようだ。

 しかしこれ以上は叔母を盾に使われないように考えないとこいつのペースになってしまう。


「ほんとにおいしいよねー貴樹君とこのラーメン。さゆ好きだなあ」

「そりゃどうも」

「さゆもバイト出来るんならしたいのになあ。ねっ、こっそり働いたらダメかな?」

「ダメだ。校則違反だ」

「えー、貴樹君はいいのにずるいなー」

「俺は家の手伝いだ。それにバイトなんて雇う余裕うちにはない」


 流行っているように見えたって、飲食店の儲けなんかたかが知れている。

 そんなこともわからずに何がバイトしたいだ。

 ほんと、能天気なやつはこれだから困る。


「あ、ここだよ。さゆの家」

「ふうん」


 何の変哲もない一軒家だ。

 足を止めると、玄関の明かりがパッとついて扉が開いて中から人が出てきた。


「おかえりさゆ。あら、お友達?」

「ただいまママ。うん、同級生の浅海君。さっきまでね、彼の家でご飯食べてたの」

「へえー、よかったわね」


 綺麗な女性だ。

 どことなく雪村に似ている。

 まあ親子なら当然か。

 ……いや、なんかまずい展開だな。

 

「はじめまして浅海君。さゆの母のさきです」

「……初めまして。では俺はこれで」

「だめよ、せっかく娘を送ってくれたんだからお茶くらいしていって」

「あ、いや、俺はまだ仕事中で」

「それなら大丈夫だよー、貴樹君のおばさんにはさゆ連絡しといたから」

「はあ?」


 玄関先で思わず大きな声をだしてしまった。

 何を言ってるんだと目を丸くする俺に雪村は嬉しそうにスマホの画面を見せてくる。


「ほら。さっきラインしたの。ゆっくりしておいでって」

「いやいつのまに連絡先なんか」

「さっき貴樹くんがトイレ行ってる時だよー」

「……ちっ」


 油断した。

 こいつの行動力は異常なんだ。

 俺と近づくためなら手段を選ばないような……いや、ほんとなんでそこまで。


「なんでそこまで俺に執着するんだ? 言っておくけど俺は優しくもなんともないぞ」

「執着? 別に仲良くなりたいと思っただけだよ?」

「いや、他にもいるだろ。もっと俺より優しいやつとか」


 それに男と遊びたいのならもっと暇なやつを探せ。

 雪村の母親が先に家の中に入っていくのを見て、そう言おうとした時に彼女が下をを向いた。


「いない。みんな上辺だけだよ」

「……雪村?」

「あ、ごめんー、さゆってこう見えて人見知りだからほんと友達とかいなくって。せっかくきっかけができたからこのチャンスは逃したくないなーって。ダメ、かな?」

「……」


 ダメです、と。 

 普段の俺ならその一言で帰るところだけど、なぜか言葉に詰まった。


 こいつはこいつなりに悩んでることもあるのかもしれない。

 そんなことを考えると邪険にできない自分がいた。

 

「……茶飲んだら帰るから」

「ほんと? やったー、それじゃケーキも出す出す」

「だから茶を飲むだけだって」


 テンションが上がった雪村に手を引っ張られながら俺は人生で初めて同級生の家にお邪魔することとなった。


「じゃあ準備してくるから、そこの部屋にいてね」


 雪村は先に靴を脱ぎ捨てて家に上がる。

 とにかく早くお茶を飲んで帰ろうと、俺も慌てて靴を脱いで家に上がると。


 少し薄暗い廊下の奥の方から、こっちを振り返り大きな目で俺を見る雪村が言った。


「帰りは、ぜーったいどこにも誰の家にも寄り道したらダメだよ?」

 



 

 

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