第4話
「ちっ……なんでいるんだよ」
放課後の俺のルーティンは、終業のチャイムと同時に一目散に教室を飛び出して帰宅。
そして店の手伝い。
以上だ。
今日もいつもと変わらず誰よりも早く教室を出て誰もいない廊下をすり抜けて靴箱で上履きを履き替えて正門へ向かったのに。
スマホをいじりながら俺より先に正門前に立つ雪村の姿を見つけて足を止めた。
「あ、いたいた。貴樹君、一緒に帰ろー?」
「……」
手を振る雪村をスルーしてそのまま帰ろうとすると、「待ってよー」と腕を掴まれた。
「離せ。忙しいって言ったろ」
「だから一緒に帰ろうよ。帰りながら話す分には時間取らないでしょ?」
「……勝手にしろよ」
手を振り解いて歩き出すと、後ろからスタスタと雪村はついてくる。
「毎日家の手伝いとかえらいなー。さゆはバイトもしたことないからすごいと思うよ」
「部活とか生徒会やってる奴らの方がよっぽどえらいよ。内申にもな」
「そんなことないと思うけどなあ。でも内申気にするってことは貴樹君も進学?」
「考えたことない。卒業したらそのまま店の手伝いだ」
「えー、もったいないなー。成績いいのに」
「……俺の成績まで調べたのか?」
「えへへ、ちょっとね。今度勉強教えてほしいなー」
「……断る」
ずっと一方的に話をされて無視するのもイライラするから最低限の返事をしながら早足で店を目指す。
ほんとイライラする。
こういう話を他人としたくないから友達をつくってこなかったというのに。
昔から勉強は人よりできた。
だから先生やクラスメイトからも「目指せ東大だね」なんて言われて。
俺が勉強を怠らない理由は、こんな俺をちゃんと育ててくれた叔父と叔母への感謝の気持ちを込めてだ。
金のかかる大学生になんてなるつもりは昔からなかった。
ただ、いちいち家の事情なんて話さないし、成績のいいやつが進学に興味ないなんて言えば嫌味のように聞こえるのもわかる。
実際、そんな話題になって変に絡まれたこともあった。
どうしてみんな、他人と比べたがるのだろう。
「さゆね、英語苦手なんだ。あと数学と国語も。あ、社会もあんま好きじゃなくて」
「ほぼ全部だなおい。俺は家庭教師なんかやらないからな」
「えー」
「……大学、行きたいのか?」
なんとなく聞いてしまった。
別にこいつがどういうつもりで勉強をしていたって俺には関係ないはずなのに。
慣れないお喋りに付き合いすぎたせいだろうか。
「んー、大学はどうだろ? 行けたらいいけど、さゆはバカだし行けなくてもいいかな」
「じゃあしなくていいだろ」
「ダメだよ。ママやパパがせっかく学校行かせてくれてるんだから。ほら、学生の本分は勉強だーっていうじゃん?」
「……」
真面目なのかバカなのかよくわからんやつだ。
でも、親の為に勉強を頑張りたいという気持ちは俺も同じだ。
「……俺に暇があれば考えてやるよ」
「ほんと? じゃあいつが暇なの?」
「暇はない。だから諦めろ」
「あー意地悪ー。でも、約束したからね? 暇があったらさゆにお勉強教えてくれるって。ねっ?」
「……わかったよ」
どうもこいつといると調子が狂う。
自己中というか、相手のペースを無視して勝手にあれこれ決めてきやがる。
ほんと、苦手だ。
「ほら、もうすぐ店着くから。じゃあな」
「え、さゆも行くー」
「なんでだよ」
「昨日のラーメンめっちゃ美味しかったし。他のも食べてみたいなーって」
「食べたら帰れよ」
「はーい」
場所が割れている以上、雪村を振り切ったところで大した意味はない。
もちろん一緒に店に戻るなんて不本意極まりなかったが、勝手に距離を詰めてくるこのギャルに対して強行策をとるのは賢いとは言えない。
逆上させたら何をしてくるかわかったもんじゃない。
無難に、さりげなく、無関心を貫いて。
雪村が興醒めするのを待つとしよう。
◇
「貴樹ー、今日くらい店休んでデートしてきていいのよー」
雪村と一緒に店に入った後、俺は厨房へ向かい雪村は客席に座った。
そんな流れで今日はお開きと行きたかったのだが、今日に限って店が暇で客は雪村以外誰もいない。
そしてポツンと座る彼女と何か話した叔母が俺のところに来てニヤニヤしながらそう言った。
「しない。ただの客だろ」
「今日は暇そうだし二人で大丈夫だから。あんな可愛い子、手放しちゃだめよー」
「俺は誰かと付き合うつもりなんてないって言ってるだろ」
「そんなこと言ったって、いつかこのお店を継いだ時一人でするの? このご時世アルバイト見つけるのも大変よ? あんたのご両親や私たちみたいに夫婦でやらないとなかなか難しいのよこういうお店は」
「話が飛躍しすぎだろ。それに、別に仕事のために結婚なんか」
「仕事を理解してくれる人がいるかいないかで全然違うってことよ。ま、あんたも大人になればわかるかもね」
小馬鹿にするように俺の頭をぽんぽんと軽く叩いてから、俺が着ようとしていたエプロンを取り上げた。
「あ、おい」
「一緒に食べてきなさい」
「なんで俺が」
「せっかくきてくれた女の子を放置するなんて、そんな冷徹な子に育てた覚えはないんだけどなー」
「……わかったよ」
基本的に叔母の言うことには逆らえない。
もちろん反抗期もあったし小さな喧嘩は数えきれないほどしたけど、叔母は基本的に頭が良いし俺より口が達者だ。
言い合いして勝った試しがない。
負け戦はしない。
でも、気が重い。
「……失礼します」
「あ、貴樹君も一緒に食べてくれるの? えへへ、嬉しい」
「さっきも言ったけど食べたら帰れよ。仕事あるから」
「はーい」
俺の向かいで幸せそうに微笑む雪村に、食事が終えるまでの間にどんな尋問を受けるのだろうと身構えていたが。
彼女はニコニコしながら俺をずっと見ている。
「……何がそんなに嬉しいんだよ」
「だって、初めて仲良くなった人とこうやってお昼も夜も一緒にご飯食べれるとか嬉しいに決まってるもん」
「……はじめて? 友達とか多そうだけど」
雪村の言葉に違和感を覚えて何気なくそう話すと、さっきまで夢の中にでもいるかのように目尻を下げて微笑んでいた彼女の顔が曇った。
そのあと、彼女は蚊の鳴くような声で呟いた。
「友達なんて、いないもん」
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