第3話
「はあ……最悪だ」
昼休み。
いつもなら自分の席で静かに自前の弁当を食べて読書をして時間を潰すのだけど、今日ばかりはそれを許してはくれなかった。
クラスの連中が明らかに俺に聞きたいことがある様子で見てきていた。
もちろん聞きたいこととは雪村と俺の関係についてだろう。
休み時間は寝たフリでやり過ごしたが、あちこちから俺と雪村を話題にした会話が聞こえていたし。
で、その会話を聞く限りでは雪村は結構人気のある女子らしい。
勉強ができるとか運動が得意なんて話はなかったが、美人で明るくて友達が多いから人気者なんだとか。
そんなやつがなぜ俺に拘るのかさっぱりわからない。
困っていたところに助け舟を出したくらいで、あんなに冷たく当たってもめげずにに俺に執着してくるのはなぜだ?
いや、理由なんてどうでもいい。
とにかくあいつをなんとかしないと。
「ったく、なんで俺がこんな目に」
「やほー、一緒にご飯たべよー」
「……うそだろ」
苦し紛れに逃げてきた屋上で一人弁当を食べようと座り込んだその時、屋上に雪村が現れた。
「えへへ、みーつけた」
「なんで俺がここにいるとわかった?」
「えー、ついてきたからだよ?」
「……まさか教室からずっと?」
「うん」
「……」
「というわけでお邪魔しまーす」
項垂れる俺をよそに、勝手に隣に座る雪村。
そしてかばんからゴソゴソとドーナツを取り出して俺の方に差し出してくる。
「はいこれ」
「いや、弁当あるの見えないか?」
「えー、せっかくなら同じもの食べて味の感想とか言い合った方が仲良くなれるじゃん。ほら、二個買ってあるし」
「だから仲良くなんて……」
「あ、約束破るんだ。じゃあ明日からもずっと教室いくもんね」
「ぐっ……」
バカなように見えてそういうことはしっかり覚えてるとは。
余計にうざい。
でも、あんなこと毎日されたら身がもたない。
今は従うフリをしてやり過ごすしかない、か。
「ほら、食べて食べて。購買で一番人気のチョコドーナツ」
「……いただきます」
弁当の前に甘いものなんて最悪の前菜だ。
味はまあ、普通に甘くてうまいが。
「どう? 休み時間に並んで買っておいたんだー」
「まあ、うまいけど」
「だよねー! もしかして甘いもの好き? だったら放課後にさー」
「悪いけど放課後に遊んでる時間なんてないから」
何度も同じことを言わせないでくれと。
雪村にもらったドーナツを眺めながら言うと、不思議そうに彼女が言う。
「そんなに無理してたら、貴樹君が体壊しちゃうよ?」
その言葉が妙に俺に響いた。
叔母にも似たようなことを口酸っぱく言われてあるせいだろう。
あんたにはあんたの人生があるんだから。
だから無理しないでね。
もちろん叔母は俺の気持ちをわかった上でそう言ってくれていて。
こいつは何も考えてなんかいないはずなのに。
「……無理はしてないよ」
「ほんと? でも、辛い時とかしんどい時はさゆが話聞くからね? だからいっぱい話そ?」
「……気が向いたら、な」
他人に心配される経験なんてなかったせいか、不覚にも少しだけ雪村がまともなやつに思えてしまった。
悪いやつではない、のかもしれない。
だからと言って仲良くするつもりはないが。
「じゃあライン。教えてくれる?」
「いやだ」
「えー、なんでなんで? すっごく交換する流れだったよー?」
「そんな流れなんか知らん。用事が済んだなら一人にしてくれ」
断ると、ぶつぶつ言いながらも雪村は立ち上がって屋上から出て行こうと階段の方へ向かって行った。
そして錆びかけた扉をぎいっと開けたあと。
その前で足を止めてから振り向きざまにこう言い残して姿を消した。
「さゆより先に他の子と連絡先交換したら、許さないからね」
◇
「……だるっ」
結局弁当を食べる時間はなく、今日の昼食は雪村からもらったドーナツ一個。
そして、あの後昼休み終了間際に教室に戻った俺のところに数人の女子がやってくるのが見えて思わず呟いてしまった。
「浅海君、さゆとどういう関係なの?」
「ねえねえ、付き合ってるんでしょ? 話聞かせてよー」
興味津々な様子の彼女たちに対して、俺は一言「友達でもなんでもないから」とだけ。
あまりに冷たい物言いにびっくりした様子を見せた女子たちは、首を傾げながら俺の元から去った。
それと同時に昼休み終了のチャイムが鳴った。
ようやく授業だ。
誰にも絡まれる心配がない。
担任の先生がやってきたところで少しホッとしながら、前から配られてきたプリントに目を配る。
連休の過ごし方、その後に控える修学旅行についてなど。
行き先の希望候補地をみながら、さて修学旅行をキャンセルする術はないものかとため息をつきながら。
淡々と進む先生の話をぼんやりと聞いていた。
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