第15話 入れ替る真贋

 場面をルシーノフ共和國のベルーナ宮殿内の控室での帰國報告に戻す。


 コロチャンコは二号の部屋で待って居た。

二号はコロチャンコの対面に座り、ヴェリンスキーがコロチャンコの後ろに立った。

帰國の挨拶をする二号にコロチャンコは、

「ご苦労だった」

 と労いの言葉をかけた時、いきなり後ろから強烈な臭いのある布で鼻と口を塞がれたのだ。麻酔であった。

バタつかせる足は二号が素早く抑えると、コロチャンコ大統領はぐったりとして意識を失ったのである。

この後コロチャンコは法務局内に在る臨時留置所に入れられていた。

「刑務官、刑務官は居るか」

 屈強な男が制帽も被らないでドタドタと足をバタつかせながらやって来た。

「何だコピー静かにしろ」

 と恫喝どうかつする。

「ばか者私は本物だ。直ぐにここから出せ」

「此処を出る時は特別な椅子が用意された時だ。そうしたらゆっくり出来るから待ってなよ」

 刑務官は嘲笑うように独房を後にした。

「私は本物だ。此処から出しなさい」

 暫く譫言うわごとの様にわめいていたが、疲れたのであろう留置所の中は静かになった。

 一方宮殿に残ったコロチャンコと副官のヴェリンスキーは革命軍の都市部への進行を待つことになるのだが、替身コロチャンコには別の考えがあった。

 執務室に入ったコロチャンコは袖机の一番下の抽斗ひきだしの奥に仕舞っておいた拳銃ヴェキトロ9を取り出すと、弾倉を確認してサイレンサー(消音装置)を装着して二段目の抽斗に仕舞った。

其処にヴェリンスキーが来たので、

「留置所に居る男をどうするつもりだ」

 と問うと、

「フキローネ共和國侵略の責任を取らせるつもりだ」

「私はどうなる」

「コロチャンコは消滅するのだから本物もコピーも無くなるのだよ」

「詰まりこの私も消滅する訳だ」

 二号はそう言いながら二段目の抽斗を右手でゆっくりと開けて拳銃を握った。

「暫くしたら此処にも革命軍がやって来る。

その時まで生かして置くつもりだ。詰まり君は卑劣な独裁者としての最後を遂げるのだよ」

 そう言いながら同種の拳銃を取り出してちらつかせたので、

「そうかでもその前に君に行って貰おうか」

 その瞬間サイレンサーの火が吹いてヴェリンスキーはるように倒れた。

サイレンサーで音は小さくはなっているがドアの向こうにも聞こえたのだろう。

デミトール次官が慌てて飛び込んで来た。

「閣下どうされましたか」

 と床に仰向けに倒れているヴェリンスキー副官を見て訊ねた。

「副官が行き成り拳銃を私に向けて、留置所のコピーを釈放しろと言うのだよ」

「どうする心算だったのでしょうね」

「私と入れ替えて、この國を好きなように操ろうとしたのさ。私が外交で不在の時にそうした企みをして居たようだ」

「とんでもない奴らですね。それと閣下地方で不穏分子が怪しい動きをしているそうですが如何しましょうか」

「それなら今の内に鎮圧部隊を出して潰してしまうのだ。君にその臨時指揮権を与えるから、各方面本部の司令官に指示を出し給え」

 デミトール次官は改めて副官に任命されると大統領令を発令した。

そしてレトロスカノフ次官に命じて法務長官にコピー二号(本名トルストウ)を國家転覆罪にて死罪とし、即日の執行を許可するとの署名入りの文章を持たせたのであった。

臨時法廷に引き出されたツネリー・トルストウに罪状と死罪が申し渡され、即日の執行となった。

 神聖厳粛な法廷で、

「私は本物のツンヌメール・コロチャンコだ。お前たち全員コピーに騙されて居るのが分からんのか。裁判官、君を任命したのは私だぞ。忘れたかー。

碌すっぽ調べもしないで死刑とは何事だ」

 と騒ぎ立てるが誰も嘲笑するばかりで信じなかった。

抑々即日の死刑執行を許可したのはコロチャンコ大統領本人であったのだ。

 この日の記録には、

國家転覆騒乱罪にて即日死刑執行 第一号

ツネリー・トルストウ 六十二歳 とあるだけだった。



 扨て宮殿に残ったコロチャンコ大統領は、本物のツンヌメール・コロチャンコも死んで最早真実を知る者も居なくなって、正に天下人となったのだ。

 頂点に立って何もコロチャンコの真似をすることも無いと思い立つと、コロチャンコ以上の劣悪非道な独裁者と変貌していった。

 地方の争乱も一時は収まったが、火の粉が消えたわけではなかったので、亦風の吹き様で燻ぶり始めたのである。

それを容赦なく弾圧した。

 一時は刑務所や治安警備所の留置所すら満杯になった。

過激と思われるものは毒殺ないしは銃殺して収容スペースを空けるという残忍さを呈した。これまでに収容されていた者の内、軽微な犯罪者は國英農場に送り込み、夜まで労働させたのであった。


 それでも地方に芽生えた独立の精神は根強く生き残り、横に拡がって行った。

その指導者がトロスカヤであった。

宮殿の奥に隠れて姿を見せなくなったコロチャンコ大統領は敗退する國軍の将軍たちに檄を飛ばすだけで何の指導も出来なかった。

単に将軍を入れ替えるだけなので國軍は敗退して行った。





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