第14話 揺るがぬ証

「ヴェリンスキー君、ゆっくり出来たかね」

「はいお陰様でのんびりさせて頂きました」

「良かった。どうも君でないと落ち着かなくてね。こちらも漸く安心できる」

 コロチャンコ大統領はそう言って水着に着替える為、控えの間に入って行った。

ヴェリンスキーはその間に部下に命じてプールサイドに特別製パラソルやリクライニングチェアーを用意させたのである。

勿論自身も支度を済ませて、大きさや材質の違う浮き板を用意して待った。

 暫くして大統領は出て来たが、浮き浮きした感じで鼻歌交じりで浮き板を取ると、流しっぱなしのシャワーを全身に浴びてそのままプールに飛び込んだのである。

直ぐ側に居たヴェリンスキーの部下はその水飛沫をもろに受けた為衣服はびっしょり濡れていた。

 こんなことは初めてであった。

幾ら久しぶりだとは言え、嘗てこのようなことをしたことは無い。

そりゃそうだ。コロチャンコは泳げないのだから飛び込める訳がなかったのだ。

なのに浮き板を持って、シャワーを浴びると小走りに走って行き、警護する部下の横をすり抜けるように飛び込んだのだった。

 驚いたのはヴェリンスキーばかりではなかったが、追うように飛び込んだのはヴェリンスキーだけだった。

 コロチャンコ大統領は浮き板に掴まってプールの中程に居た。

「大丈夫ですか閣下。驚きましたよ」

「大丈夫だ。久しぶりの水浴びに童心に返ったように嬉しくなって、我を忘れて飛び込んでしまったよ。此奴があったから助かったんだな」

 とコロチャンコは無謀な暴走行為に理由付けした。

確かにバタ足などは教えてあったが、幾らなんでも飛び込むことなどしたことのないコロチャンコが目の前でそれをしたのであった。

と言うことは、

〈眼の前に居る大統領は替身と言うことだ〉

 こう思うのが自然であった。

「無茶はお止め下さい。お怪我されてもいけませんから」

「分かった気を付けるよ」

 ヴェリンスキーは側で声を掛けながら左肩の刻印[假貨]を見つけると共に、バタつかせる両足に在る筈のほくろを探したがなかった。間違いなく[假貨jia huo(偽物)]であったので、何食わぬ顔でこう声を掛ける。

「二号君今度はチョンソン共和國行きだが無事に帰って来れないかも知れないぞ」

 と笑いながら話しかけると、

「副官冗談は止めたまえ。私はコロチャンコだよ」

「もういい、何時までもコロチャンコを演じていると命はないぞ二号」

 宋脅しをかけると観念したらしく、二号は黙り込んでしまったのである。

「良く聞き給え。助かりたかったら素直に聞くことだ。君も周知の通り閣下は独裁者として横暴になって来た。その為その言動に反抗する勢力が各地に起こり始めているのだよ。そうなると真っ先に君は血祭りにされるぞ、そうなりたいのかね」

 そう言いながらヴェリンスキーは二号の向きを変えると、端に在る階段からプールサイドに上がり、リクライニングチェアーに座らせた。

「君が本物に代われたとしても、その地位に長く留まることは無い。今のままではこの國は滅んでしまうからだ」

「私はどうしたら良いのかね」

 相変わらず大統領のような口振りだ。

「先ずは其のままで良いが、我々から見て判別し易くする必要はある。それは大統領に悟られない方法でなければなるまい」

 と言ったものの、能々考えればそれは簡単なことであった。

 決して二人が同時に現れることは無いので、二号であることのサインを出して呉れればよいだけの話であった。

唯本物はモニターを見ているようだから、さり気ない仕草で良いのだ。

そこではそのサインを二号に授けると、決して裏切らないように言い含めて控えの間に送り込んだのである。

 其処は控えの間と称しているがヴェリンスキーらの執務室の三倍ぐらいの部屋で、ベットからシャワー、トイレなども付いている簡易休憩室であった。そこで着替えたりして居たのである。

 暫くして衣裳を変えてコロチャンコが出て来た。

「待たせたな」 

 サインは無かったから本物である。

大統領がソファーに座るのを待って声を掛ける。

「チョンソン共和國への土産は如何しますか」

「燃料三カ月分…。否待て、車一台で良いだろう」

「どれにしますか」

「適当でいい。狭い所を走るんだろうから」

 相手は曲りなりにも國王である。

大桂國にしろチョンソン共和國にしろ友好國としながらも都合よく利用しているに過ぎなかったのだ。

 今回の訪問は長引くフキローネ共和國との戦争での弾薬や物資の補給補助を頼みに行く為で、手土産は軍用機で輸送しろと言うものだった。

「治安の長官から一部に不穏な動きがあると聞いたがどうなんだ」

 鋭い眼差しで副官を見る。

「はい常に動静に注意するよう指示してあります」

「そうか、ところで副官二号は最近太ったのではないか」

「そうですか」

 それはヴェリンスキーも感じてはいた。

「今もソファーで寛いでる奴の顔を見たら頬が膨らんで見えたんだよ。楽をさせているようだな」

「はい」

 思わず控えの間の扉を見たが、その中に二号が居るのだが其処に隠し扉があって更に部屋があった。

其処は二号の部屋の倍の大きさだと言う。

ヴェリンスキーとデミトール次官しか知らなかった。

「ではまた二号に行かせるのですね」

「勿論だ」

 首領との会談でその内容について打ち合わせの為控えの間で行われた。

 この時が本物を倒すチャンスであったが、ヴェリンスキーは二号が帰國してからの方が國民にその偉業を印象付けた後だけに都合良しと判断したのである。

 チョンソン共和國の訪問前に、大統領はプールに入ってリラックスして見せた。

勿論それは二号であった。

「良いか二号、君の姿が國中に映し出されるのだ。謂わば本物の大統領としてだ。健康に注意して戻って下さいよ二号殿」

 専用機でチョンソン共和國に向かった。

戻るまでプールには人影はなかった。

 


 チョンチン國際空港とは名ばかりで二三カ國の飛行機があるばかりで大國のロートル空港より遥かに閑散とした佇まいであった。

引き込み滑走路には先に軍用機で送り込んだ大型の高級車が置かれてあった。

「良くぞお越し下さいました大統領閣下」

 通訳が正しいルシーノフ語に直して大統領に伝えると、

「再びお会いできて光栄です」

 とチョンソン語で返す。

二人はルシーノフ製の高級車に乗って中央労働会館に向かった。

貴賓室で暫くくつろいでから会議室でチョンソン側から軍需物資の品目録が提出され、ルシーノフからは見返りとして宇宙開発事業の技術供与が示されたのであった。

 こうしてチョンルー間の条約締結が無事に済むとチョンソン國歌舞団による演劇が上演され、偽コロチャンコらはそれらを観劇した後、高級料理に舌鼓を打って大いに満足したのである。

宿泊は最高級ホテルの特別室で更にはスペシャルサービスが付いてご満悦であった。

大統領でいる限りはこうしたものが自由になるのだから、手放せないのは当然であった。


 コロチャンコがルシーノフ國際空港に到着するとドゥビンスク市民が大勢出迎えたのである。

二号は心地よくそれらに手を振って応える。

「大統領閣下」の声援にある思惑が浮かぶと、宮殿に到着後控えの間に入る直前、副官のヴェリンスキーにやりましょうと合図を送ると、副官は予め用意して置いた消毒液の入った瓶を持って二号に続いて入室すると、コロチャンコが二号の部屋で待って居たのである。

 二号はコロチャンコの対面に座り、ヴェリンスキーがコロチャンコの後ろに立った。

帰國の挨拶をする二号にコロチャンコは、

「ご苦労だった」と労うのだった。



 同じ頃チョンソン共和國で騒乱が起きたというニュースが飛び込んで来た。

 女王とも言える妹智惠が、兄である國防委員長を排除して女王の座に就いたと言うものだった。

この國のそっくりさんは男の三号と女の五号で何れも張徳豊によって施術された者達で、排除されたのは本物若しくはコピーだったかは不明。

また排除して女王の地位に就いたのが本物の智惠なのか五号なのかも不明であった。

 こうしたニュースは当然大桂國の徳豊の元にも届いて居たが、最早関与すべき状態ではなくなっていたのである。


 扨てこのような事態に至るまでに何らかの兆しは見られなかったのだろうかと思うのだが、その辺りは上手く地下工作が進められて来たに違いなかった。

 このことは此処ルシーノフ共和國にも起こって居たのである。略同時と言っても良い位のタイミングであった。

とすると今回のチョンルー間の取り交わし条約は双方の事情によって破棄されるのか、それとも換わった為政者らによって継続されるのかは分からなかった。



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