第13話 謎の革命本部
ルフチカヤ國際空港はルシーノフ連邦で一番の規模を誇り、すぐ隣には宇宙航空隊の基地が在った。
琳顛は運転手にチップを渡して帰すと、ターミナルの玄関口から中に入った。
「琳博士お待ち下さい」と呼び止められたので振り向くと、ヴェリンスキー前大統領副官がニコニコしながら近づいて来た。
「副官殿ではありませんか如何したのですか」
とっくに故郷のトロエノコフに帰ったものと思っていたので驚いた。
「博士私について来て下さい」
地下の駐車場に車が止めてあり、銃を持った二人の男が警戒するように辺りを窺うように待って居た。
琳顛は言われるままにその車に乗り込んだ。
「博士先ずこれをしてください」
渡されたのは黒い厚めの布地で造ったアイマスク(目隠し)であった。
「念の為です。ところで今後ルシーノフにいらっしゃることがありましたら帰國時には決してプライベートジェツトには乗ってはいけませんよ。以前お世話になった張博士の二の舞になってしまいます。幾らなんでも貴方まで失う訳には参りませんから…」
如何やら張博士の生存は知られていないようである。
「然しそれでは副官殿が怪しまれるのでは」
「心配要りません。桂國人の部下が機内でうまく処理しますので」
空港の駐車場から出ると國道から逸れたのか次第に喧騒が薄れて行った。
恐らく田舎道でも走っているのだろう。乗っている車の音しか聞こえなかった。
「何処へ行かれるのか?」
「我らのアジトに向かっています」
「何ですかそれ?」
「直ぐに解りますよ」
如何やらノイローゼは嘘のようである。
仲間と何かを企んでいるようだ。
「この辺はトロエノコフですか」
当てずっぽうで訊いたのだが、元副官は声を出して笑うと否定したのである。
「博士、私とて危ない身です。ストレートには故郷には帰れませんよ」
〈確かに〉
コロチャンコは世話になろうがなるまいが、用事が済めばゴミのように捨てる冷酷非道な男であった。
詰まりは利用価値があるうちは活かしておくが、要ら無くなれば全て抹殺したのである。
薄暗くなった森の小道(琳顛には見えないが)を抜けると小屋の前で止まった。
これがアジトの入り口で其処から地下に潜るというのである。
空から探索されても小屋が発見されることは無いと言う。
仮に捜索の手が入っても小屋の中は樵の道具が置かれてあるだけで地下への入り口は分らないようになって居た。
如何やら後は全て地下にあるようだ。
地下組織とは言え、其の住処まで全て地下に建造したのだ。
地下に降りる階段は二階分ぐらいは在りそうで長い。
それはまるで街中のデパートメントの吹き抜けに在る階段のようであった。
下に降りると広場になっていて四本の通路が時計の時刻のように20時、5時、10時、15時と四方に延びてあった。
⦅この世界は一日の時間は二十時間である。
そのことは『もうひとつの世界から』の第一冊で曾祖父の張徳裕が24時間制の懐中時計を当地の時刻に合わせても常に四時間余る(多い)ということから一日が20時間ということを知ったのだった⦆
一本の通路を歩いて行くと通路を挟んで両側に部屋があるのだが、所々に開かずの部屋があるような感じであった。
それは如何やら陥没を防ぐ為の土台若しくは柱の役目をしており、そこには必ず倉庫が附帯してあった。
中程に近い所に司令部があった。
所謂革命本部である。
指令はトロスカヤといって女性とも思える程の美男であった。
ヴェリンスキーが何時からこれらの組織とコンタクトを持ったかは不明だが、彼の立場を考えれば、同胞として迎えられるには余程信頼されなければ受け入れられなかったに違いない。
琳顛はトロスカヤという革命軍の指令と挨拶を交わすとヴェリンスキーと並んで座った。周りには屈強な兵士がリラックスした表情で立っていた。
「博士ようこそ、話はヴェリンスキー君から伺って居りますが、出来ましたならこの國の自由獲得の為にお力をお借りできればと思って居るのです。ご存じのようにこの國は一人の独裁者の所有物と化して居りますでしょ、このままでは手の付けられないモンスターになってしまいます。成敗するなら早い内が良いでしょう。聞けば二人のコロチャンコの区別が付かなくなってしまったようですがその辺り何か手立ては考えられませんか」
「考えてみましょう」
琳顛は指令室を辞すとヴェリンスキーにアジトの中を案内して貰った。
宛がわれた宿舎の部屋にはベットが在ったのでその上に寝転がって白い天井を眺めて居たら突然映像が映し出されたのだ。
指令のトロスカヤであった。
声を出さないようにと下側にテロップが出ている。
琳顛は慌てて起き上がってベット横に威儀を正す様に立った。
トロスカヤは笑いながらそれを制して自らもベットの上に寝転んで見せた。
それを真上から見ているように全身が映し出されているのだ。
トロスカヤの顔立ち身体つき声音も言葉遣いもどうしても女性に思えてならなかった。
「君は優秀なお医者様と聞いたけど整形も出来るの?」
矢張り女みたいである。
「私の師匠なら出来ますが…」
「君は外科医でしたね」
「そうです、専門外ですから出来ません。まさか指令が必要なんですか」
「まあそうなんだが、その先生に頼めないだろうか」
「今はお答えできませんが、確認してみます。お時間下さい」
琳顛は内容を碌に聞かないで、一連のものと勝手に思い込んでいた。
翌日ヴェリンスキーと会議室で会うと、
「トロスカヤからほくろ除去の話を聞いたよ」
と言われて何のことか分からなかったが、
此処には昨日始めて来たのだから、天井の映像での話に違いなく、如何やら思い違いをして居たようだと分かった。
ほくろ除去ぐらいならロシーノフ國内にだって整形医は居そうなものだが、桂國人の医師に拘っているようだった。
〈ほくろか〉
琳顛は白い天井眺めて居てコロチャンコの膝の裏側に黒い点があったのを思い出した。
〈ほくろか〉〈そうだあれはほくろだ〉
もしかしたらそれも真贋見極めのヒントになるかも知れないと思い、ヴェリンスキーの部屋を訪ねた。
「如何したね博士、良いアイデア浮かんだのかね」
ヴェリンスキーの燻らす煙草の煙が換気扇に吸い込まれて行くのを見ながら琳顛は次の質問を投げかけた。
「副官殿、宮殿の庭にプールがあったよね」
「あったけど?」
唐突な質問にそれがどうしたと言う顔をして見せるのだった。
「当然水着を着ていたのでしょうね」
「そりゃ勿論短パンでしたよ」
「後ろから見たことは?」
「大体後ろに立って見守っていたね。でも実は大統領は泳げないんだよ。だから浮き板を使って足をバタつかせて愉しんでましたよ」
「それはリハビリを兼ねてのことでしょうかね」
「そのようです」
「では膝の裏側にほくろが付いているかどうか見たことありますか」
「おぅおぅ、何時だったかゴミと間違えて取ろうとしたことがあったっけ。結局ほくろで取れなかったんだ。爪を立てなくて良かったなんてこともありましたよ」
「そうですか、ではそのほくろが無い時もあったのでは?」
「ありましたよ。その時は間違いなく替身でしたからね」
「それだ」
琳顛はそれが真贋の見分け方になるかも知れないと思った
琳顛はヴェリンスキーに、
「副官殿、私たちは如何やら勘違いというより騙されていたみたいですね」
と言うと、
「博士何のこと」
とヴェリンスキーはキョトンとしているのだ。
「大統領のAとBの足の検査の時に二人とも補助具が入っていたのは、補佐官に休暇を取らせている間に仕組んだものと思っていたのですが、それは思い過ごしで、多分同じ人物が二度検査に来たものと思われます」
「詰まりA、Bと来たのではなく、A、Aであったってこと?」
如何やらヴェリンスキーも頭の整理がついたようである。
「そうですそうです。その通りですよ」
その確認が出来ればいいのだが、
「博士ではこうしましょうか」
ヴェリンスキーが職場復帰するというのである。
夏は日差しが強い為プールでの水浴びが多くなるのでほくろのチェックばかりか、上手くいけば肩の刻印チェックまで出来る筈であった。
「それはデミトール次官に任せるんじゃないんですか」
「いやその点は私の方が信頼されてると思います。大統領は意外に臆病ですから、私が居る限りはそれは無いと思います」
事実その通りであった。
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