第12話 苦肉の策が

 その大統領副官のヴェリンスキーから琳顛に友好國専用通信が入ったのである。

「琳顛博士のお陰で大統領の足の具合は極めて良好のようです。あれから二年経過しましたので仰せの通りご報告させて頂きます」

 良好なら結構な筈だが、ヴェリンスキーの口調は何故か重たいのだ。

「副官殿何か心配事でもお有りですか」

 一瞬の沈黙があったが、

「実は……内密にして頂きたいのですが、真贋の見分けが付かなくなってしまったのです」 本来なら喜んでいい筈なのに深刻な口調なのだ。

「それは副官殿結構なことではないですか」「はぁ~そうなんですが、私に取っては微妙な問題なんです」

「と言いますと?」

 言わんとすることは解かったが恍けて訊くと、

「大統領の足が治るまでは区別が付いたので二人に接するのも楽だったのですが、治ってしまうと区別が付かなくなってしまったのですよ」

「本物の大統領の居場所は同じなんでしょ」

「はいその筈なんですが、執務室に呼ばれて行く度に同じことを聞かれることがありまして、それは先程お伝えした通りとは言えませんので、また同じことを説明しなければならないのです」

「副官殿、まさか大統領は認知症?ではありますまいね」

 琳顛は揶揄うようにヴェリンスキーに訊いてみた。

「それは私には分かりません」

 それはそうだ。

訊けば服装も同じだと言う。

大統領と替身の行動は同時には出現しないことになっているので、一人が執務室に居るならもう一人は秘密の部屋に居たのである。

 琳顛は大統領と替身が頻繁に入れ替わっているのだと推測した。

「では副官殿、張徳豊博士が残したデーターから何か手掛かりを探してみましょう。分かったらご連絡しましょう」

 琳顛は張長官に訊くのが手っ取り早いと思い、そう言って友好國専用通信器を切ったのである。

 琳顛は張徳豊に許しを得て長官室を訪ねた。「君が此処に来るとは珍しい。何か問題でもあるのか」

「はい、ルシーノフの大統領副官から通信がありまして」

「見分けが付かなくなったとでも言うのだろう」

 流石施術者だけに、術後に起こる問題を心得ていた。

「長官なら一目でお分かりになるのでは」

「君が足を治したことで猶更分からなくなったのだよ。僕とて大統領が稍足を引きずって歩いて居たから判別できたのだが、最早分からんよ」

 とは言いながら徳豊はこの優秀な外科医にある施術時の秘密を教えたのだった。

「長官、ではそれを…」

「そうだ。それが有るか無いかだよ」



 琳顛は徳豊からヒントを貰ってルシーノフの大統領副官に連絡を入れたのである。

 そしてこう提案をした。

「副官殿、大統領の足の術後の検査をしましょう。術後の補正具の状態を確認しなければならないと伝えて下さい。これで分かりますから、二人の了解を頂けましたらスケジュールを組んで伺いますよ」

「それは有難い」

 事実補正具の点検は必要であった。

そして真贋の確認だけならそれだけで良い筈なのだが、琳顛は張徳豊長官から替身に対して秘密裏に施して置いた假貨(偽物)の印の確認を命じられたのであった。

 それから一週間後に許可が出たという連絡を貰って琳顛はルシーノフ共和國へと飛んだ。

 大統領府では先ずヴェリンスキー副官が出迎えて呉れたので、大統領の今後のスケジュールを確認すると共に替身と本物の区別が付く様に相談したのである。

 この後執務室で二人の大統領に会ったが、琳顛は本物のコロチャンコ大統領がどちらなのか全く分からなかった。

それは副官も同じである。

「大統領」との呼びかけに二人とも同じ反応を示すのだ。

まるで双子のようだ。

これには琳顛も内心困惑していた。

「閣下は検査の間はお休みになられて居りますので終了後はスッキリして気分爽快だと思いますのでリラックスされて下さい」

「宜しく頼む」

 とに角瓜二つなのでAとBとして、呼ぶ時は何れも閣下としたのである。



 こうして検査が始まった。

最初はAからである。

室内での歩行状態を観てから触診してレントゲン撮影をしてみると微小な補助具が写っていたので、Aが本物であることが分かった。

本来ならこれで良いのだが、それではこちらの意図とするところが見抜かれてしまう。

 そこでこんどはBを呼んで貰い、同じ歩行から検査を始めた。

そして触診だが、最早レントゲンを撮ることも必要なかったので、琳顛は形ばかりの触れ方をすると、その指先にAと同じ感触を感じて驚いた。

〈馬鹿な?〉

 慌ててBもレントゲンを撮る。

同じであった。

「博士、もういいかな。で経過はどうかね」

 駄目とは言えなかった。

Aには問題無いと答えてしまっていたのだから、今更追加の検査も出来ない。

「ご苦労だった。これで安心してスポーツも楽しめそうだ」

 AとBの後姿を見送ったが、どう観ても同じであった。

 副官のヴェリンスキーが心配そうに部屋に入って来るなり、

「博士随分早かったが分かったの」

 とせっつく様に訊く。

「あれでは見分けが付かない訳だ。私の頭は混乱して居るよ」

 いつも冷静な琳顛が苦悶していた。

「どう言うこと?手術の後を見れば分かるんでしょ」

「それが二人とも同じなんだよ」

「本物は一人。それとも二人とも替身ということ?」

 副官はハッキリしない返答に多少苛立っているようだった。

「副官殿、落ち着いて聞いて頂きたいのだが宜しいか」

 琳顛も心を落ち着かせ、混乱した頭を整理した。

「実は二人とも手術して補助具が入れてあったのだ」

「何だいそりゃ。第一そんな暇ないだろう」

「あるよあったよ、副官は何度か休暇を貰ったと言ってたではないですか。その時ですよ」 腹心に突然休暇を与えるなど今までには無かったことだった。

それも半年余りの間に四回ほどあった。

それはこの為だったのだ。

それでは最早見分けられないのか…。

 琳顛は張徳豊長官から聞いた肩に入れた刻印(入墨)の話などすっかり忘れていた。

それは予想だにしなかったことが起こった為にそれに気を取られて失念したのである。

今更それを確認することは出来ない。

コロチャンコの自己防衛策は徹底して居たのである。

 結局この事でヴェリンスキー副官は今まで以上に悩まされることとなり、ストレスから職務を全う出来なくなって退官ではなく、暫く休養することになったようだ。

この後に着任したのがデミトール次官であった。

この男秘密警察の捜査官であったが、偶々依頼のあった案件の調査報告に来た際に替身が暴漢に襲われた場面に遭遇してその暴漢を取り押さえたのをコロチャンコが評価した為、ヴェリンスキー副官の下に付けられて補佐官として面識はあったのである。

 デミトール次官は細かいことは一切知らなかったので、前任者のヴェリンスキーから多少は引き継いでいたが殆ど分からないと言って良いだろう。

それはコロチャンコらに取っては好都合であったのだ。


 琳顛は滞在する理由も無くなったので、二人のコロチャンコ大統領に挨拶をして空港の特別出國口に向かった。

本来なら一般搭乗口のあるターミナルなのだが、車に乗り込む際デミトール副官からプライベートジェットを空港に待機させているのでそれで帰國するようにと耳打ちして来た為であった。


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