第11話 ままならぬ区別   

 一行はチョンチン空港から、大桂國から迎えに来た軍用機で龍陽空港まで戻ったのである。

今度は何事もなくチョンソン政府関係者らに見送られて飛び立ち、無事龍陽空港に戻ることが出来た。

チョンソン共和國にとって大桂國との良好な関係維持は自國の安保に繋がっていたからである。

 張徳豊らは団長の國家副主席紂平孔と共に, 国務院内の主席の執務室に帰國の挨拶に行った。

「如何だった、上手く行ったかね。これは済まない愚問だったな」

「宋主席、本物と偽物が張博士でも見分けつかなかったんですよ。吃驚びっくりしました」

 感謝会でのエピソードを話したのである。

「それは凄いな」

「でしょう。本物と偽物が入れ替っていたのに誰も気が付かなかったんですよ」

 紂平孔ちゅうへいくうはまるで自分の手柄話をしているようであった。

「張博士、君にやって貰いたいことは一杯あるが、それでは世界中の指導者の真贋が解らなくなってしまいそうだから此処で一旦終わりとしよう。暫く細君とゆっくりして居たまえ。邪魔はさせぬから」

 と言って豪快に笑って見せた。

そしてこの世界に居る限りは何処に行こうと自由にして構わないとのお墨付きを貰ったのである。

 チョンソン共和國の訪問中に龍陽から僅か八キロほどのところに新しい街が建設されていてその略中心とも言える区域、龍陽の一坊に匹敵するぐらいの土地を与えられたので、其処に診療院を建設したのである。

盧希大にもその一部を与えて住まわせると、各地から張徳豊の名声を慕う若手の外科医と技術師の卵が集まって来た。

 元々は國有地である。

その半分を診療院の敷地として新たに公園を附帯した病棟を建てて総合病院とすることになったのだ。

そして残りの半分に医師、看護師、技術師などの養成所を設けて、一部を寮にして國の医療機関の総合区域として、施設を充実させることになったのである。

 こうして一坊分の土地は、一部を徳豊と希大の所有地とした他は全て國に戻し、その施設も全て國有とした。



 張徳豊は医療庁長官に任命されて、嘗ての上司であった瀋部長が総合病院の院長となり、その部下らが養成所の要職に就いたのである。盧希大は、技術院の副院長を拝命したのであった。

 彼らの正式な居場所は龍陽皇城にある医療部と技術院に在ったが、殆どは其々の現場に席を置いて問題点を探り、研究開発に尽力していた。


 張徳豊が統括する医療庁には内科、外科、整形外科、脳神経科や循環器科など医療に必要とされる科目は全て在り、専門知識を持った職員が担当として配置されていた。

その中でも循環器内科では、在る代用臓器の研究に取り組んで居たのである。

それは医師としての専門知識を持った加工技術者が必要であったが徳豊自らその制作に取り組んで居たのである。


 一方技術院の盧希大だが、空的飛車(空飛ぶ車)に関するルール作りに携わっていた。

今のところは規格も何も規定がない為、大きさや馬力に速度や航路も自由であった。

事故が無いのは、少なくともこの國に於いて

の所有台数が僅かだからだろうか。

抑々所有しているのは、政府関係者位でしかなかった。

 駐車場はパーティポートといって、大きさは車体の投影面を囲む最小円と決められていたのである。

 飛行場やヘリポートのように空的飛車(空飛ぶ車)の専用駐車場であった。

燃料は航空機用を使用し、三十分ほどしか飛行できなかった。

國内に十数か所のパーティポートとスタンドが作られてあったが、専用エンジンやバッテリーに専門の整備士の育成も課題であった。


 盧希大が如何にしてルール作りに携わるようになったかは不明だが、中々のアイディアマンであったことと、あらゆる知識に精通しているのが登用の一因であったようだ。

 


 ルシーノフ共和國とフキローネ共和國との紛争は単なる領土の奪い合いではなく、フキローネ共和國の消滅を目論む戦いであった。ルシーノフ共和國側は盛んに主要都市並びに主要設備を攻撃して早期の崩壊を目指したが中々降参しなかった。

膠着状態が続いたのである。

 ルシーノフ共和國のコロチャンコは武器弾薬の供与依頼に大桂國に飛んだ。

出迎えた宋國家主席は国務院内の大会場でコロチャンコ大統領を手厚く迎えると、武器弾薬の供給を約束した。

また同盟國であるチョンソン共和國にも働きかけてミサイルの供給を約束させたのであった。

 宋國家主席は新しく建設した施設を見せて廻ったが、張徳豊の関係する施設にコロチャンコを案内することは無かった。

 プライベートジェツトの墜落事故は偶発事故として処理され、葬儀に際しても弔問団を派遣するなど、ルシーノフ共和國としての誠意を見せていたので、今更生きて戻ったとは言えなかったのである。

 従って徳豊はコロチャンコ大統領の面前に出ることはしなかったが、陰に回って様子を見ていたのである。

 宋國家主席が宮城にコロチャンコ大統領を案内した時のことだが、専用車に案内する主席の歩調に合わせるように歩いて居たのだ。

 確かベルーナ宮殿でのコロチャンコ大統領の足取りは片足を僅かに引きずりながら歩いて居たし、帰國の挨拶に伺った際も足を引きずっていたように記憶して居たのだ。

〈もしかすると替身か〉

 そう思うと猶更確かめたくなって、色付きの単なる見せかけ眼鏡をかけて近づいてみたのである。

勿論護衛士らには知らせてのことであった。肩を見れば一目瞭然だがまさかそれは出来ない。

じっと見ることも出来ないので、特に瞬間的に顔を観た。

如何も口元が違うように思える。

僅かだが下唇が小さいのだ。

本物はもう少し厚みが有ったように記憶して居たのだが、これとて確証はない。

 コロチャンコがちらりと徳豊を見て口元が緩んだように見えたが、何事もなかったようにサッサと宋主席の方に速足で歩いて行ったので如何やら気のせいだったようだ。


 何れにせよこの事は胸に仕舞って誰にも話さなかった。

ところがである。

コロチャンコ大統領のプライベートジェットが飛び立って間もなく、チョンソン共和國に滞在している諜報部員から秘密情報として、ルシーノフ連邦共和國のベルーナ宮殿でコロチャンコ大統領が銃で打たれて死亡したと言う情報を知らせて来たのである。

 大桂國ではプライベートジェットに乗ったコロチャンコ大統領を見送ったばかりである。矢張り此処に来た大統領は偽物であったか、と言っても宮殿で亡くなった大統領とて本物とは限らないのである。

第一本物だったら隠したに違いないのだが?真相の程は分からなかった。

 徳豊はオフィスに戻って考えていた。

〈此処に来たのは弐号のように思えてならなかったのだが、若し間違いでなければ宮殿内で死んだのは本物か五番目の男のどちらかだが、非公式な報道によると大統領は全速力で走って逃げたが賊に追いつかれて打たれたという状況のようだった。

 足が悪いのだから全速力と表されるような走り方は出来ないので、死んだのは五番目の男であった。

そうなると残っているのは本物と弐号と言うことになる。

恐らくまた替身の制作依頼を寄こすに違いないと踏んだ。

案の定その一週間後に外交部に依頼が書面で届いたのである。

 外交部は前回の事故を踏まえた上での受諾であろうから、人選に少々時間を要する旨承知させたのである。

この人選には総合病院の瀋院長に任せると、若手で優秀な医師琳顛いしりんてん他三名を選んだ。

それが決まると直ぐに琳顛りんてんらをルシーノフ共和國に派遣したのである。


 二か月ほどで帰國したが瀋院長と共に報告にやって来た。

琳顛らが手掛けた替身は三人で、そこそこは似せることが出来たが、そっくりさんは無理だったと言う。

 徳豊はその様にして経験を積んで行けば上手く出来るようになるからと激励したのであった。

琳顛らには肩の刻印は教えなかった。

万が一そっくりさんが出来た時、ややこしいことになるからであった。

従ってそっくりさんは何事もなく生存して居れば一人だけということになる。


 琳顛の非公式な報告によると、ルシーノフ共和國訪問前に入った情報は如何やら事実のようで、大統領府訪問時の検閲は厳重になっていたというのだ。

 このルシーノフ共和國大統領コロチャンコは、若くして大統領に就任して以来二十四年の長きに亘って國のトップに君臨し、法律を全て自己に都合の好いように改正して、連邦國内の決まり事にすら手を加えて行ったのである。

 それに反旗を翻したのがフキローネ共和國であった。

連邦國の中では小國ではあったが、こうした造反が起こることで結束が乱れる為放置できなかったのだ。

 連邦國の崩壊阻止を名目として総動員令を発令したが、その半分の國が反対したのである。

 そこでコロチャンコは十か國の統領に電話をかけて個別に揺さぶりを掛けた。

連邦からの離脱となると、今後軍事・経済・開発等の面で支援が出来なくなるし、嘗ての盟友國からの領界侵犯も起こり得るかも知れないと脅かして分裂を防ぎ、國力を維持したのだ。

 この國は燃料資源に恵まれていたので、それらを開発し世界中に輸出することで経済大國の仲間入りをしていたのである。

過去に他國の領土であった土地でも一旦手に入れると、決して返還などしなかった。

 こうした在り方に異議を唱える個人や団体の主導者は全て連行し、弾圧した。

それでも修正の効かない人物は抹殺されたのである。

 このことは何もルシーノフ共和國に限ったことではなく、大桂國にしてもチョンソン共和國に於いても行われていたのだ。

 だがその中でもコロチャンコ大統領は、人類を破滅の危機におとしめかねない武器を、躊躇することなく使用するであろう最も危険な独裁者としてその存在を憂慮されていたので、國内外を問わず常にスナイパーたちが狙う標的の一つであった。

 それだけに外遊や公式行事等の式典に危険を冒してまで参加する姿に連邦國内の各指導者たちは尊敬の念と神をも超える尊崇の念を抱いていたのだが、それらは全て替身を使っての演出であり、本人は常に安全な場所で腹心たちに指示を出して居たのである。



 この独裁者に仕える忠実な部下たちにしても、情勢次第では謀反を起こさないとも限らない存在ではあった。

それと言うのもコロチャンコはかなり神経質で、机の上に置いた書類や文房具類が所定の位置に無いと自分の見てる前で側近の者に直させるなど、結構煩かったのだ。

でもそうしたことは本物のみで、替身詰まりそっくりさんは違って居たので側近には区別が付いたのである。

 ところが或る時から全く区別が付かなくなってしまったのだ。

その或る時とは、コロチャンコが副官のヴェリンスキーに珍しく一週間の休暇を与えたことがあった。

大統領府の執務室には琳顛作の替身が居て、コロチャンコは如何やら替身二号と別荘に籠ったのである。

その理由はヴェリンスキーとて知らなかったのだ。

 その後も間隔を空けて何度か休暇を貰ったのだが、どうもその辺りから本物と替身二号との区別が付かなくなってしまったと言うのである。

 その為目の前の大統領が本物か替身なのか判らない為、多少怪しげであっても粗略な言動が取れなくなってしまったのであった。


 大統領副官ですら見分けの付かなくなったコロチャンコと替身二号が、何時入れ替わっているのかは全く分からなかった。

 以前は本物が少し足を引きずっていたのだが、大桂國二次派遣医師團の琳顛りんてんによって手術して治した為余計判らなくなっていたのである。

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