第10話 完璧なコピー

 三日後チョンソン共和國に向けて軍用機が飛び立った。訪チョンソン団員と資材全てを載せていた。

龍陽空港からチョンチン空港までの所要時間は三時間弱で入管手続きも國賓待遇の為、特別ゲートから入れたのであった。

 そこから中央労働会館に直行し、首領(正しくは國防委員長)の出迎えを受けた。

団長は國家副主席の紂平孔ちゅうへいくうで、宋主席の書簡を手渡したのである。

一行は官邸での晩さん会に招かれて、歌舞や民族楽器による演奏を楽しんだ。

 翌日國立医療病院の特別会議室で訪問医師団と現地医師団の顔合わせが行われ、張徳豊団長による施術の方法や使用機器の説明のみを行った。

対象者についてのコメントは一切しなかったのである。



 施術は三日後から二週間ほどの間に行うことになった。

翌日は到着した機材の点検と組み立てを行い、、医師団はサンプル(施術対象者)の確認を行った。

 此処でもサンプルに番号を付けて呼ぶ。

男三人には一号から三号、この三号がそっくりさんで、女は四号、五号で、五号もまたそっくりコピーするというものだった。

 一号二号と四号は離れて見る分には体形が似ているので施術しなくとも使えたが、側で見れば明らかに他人であった。

一号は遠くから見せるけだから少しいじるだけで済んだが、二号四号は近くで観ると何となく違和感を感じる位まで似せたのである。

三号は写真も動画も出回っている為、髪の生え際から眉・鼻・口の形から顎の張り具合までシリコン樹脂やゼリー状の物質を注入してそっくりさんに仕上がった。

 そして最後は妹の智惠だが、彼女は普段から無表情で色白の所為か、極めて冷たい人間に見える。

事実は如何か分からないが、垣間見る言動からしてその様に窺えるので、同じ顔が同席したなら、背筋がゾッと寒くなる者だって居るに違いなかった。

 

 王朝とも言えるこの國は、絶対君主として辛一族が実権を握って居り、例え叔父であろうとも君主に異議を唱える者あらば、何れその身は滅ぼされたのである。

 國は各地各國に散らばっている民族同胞の帰國を促す呼掛けを行ったが、財力のある富裕層は歓迎し、貧民には荒野原野の開拓を担わせるなど労働者として使役していたのである。

若者には兵役の義務を負わせ、ロケット開発費と称して長距離ミサイル弾を近海に飛ばして國防費を膨らませていた。

その費用たるや膨大であった。

 経済協力で得た費用や海外への労働力派遣事業で外貨を稼いではいたが、その消費額に追いつく筈もなく、それらの開発建造費をどのように捻出しているのか、全く分からなかった。

 軍需物資の輸出をしてるとは言うものの、規格の合わない物や、或いは火薬量の不足による不良弾薬の返品ないしは現地破棄による代金未回収が増えているにも拘らず、相変わらず國力示威の為多額の資金をまき散らしていると言っても過言ではない。

 資金を提供する國があるのかも知れないが、そうした限度を超えた支出に対して、傍らには飢えに苦しむ民衆が居るのも実態であったのだ。

だがそうした部分には目を向けない為、一部の特権階級らと豊かな暮らしを亨受していると言って良かった。

 張徳豊は替身三号と五号を特別医療センター内で最終チェックした。

極一部のスタッフしか同席して居なかったが、盧希大は特別技師として参加が許されていたのである。


「貴方たちは此処を出ると呼ばれ方が変わりますが、それは飽くまでも役目上の名前です。 二人の識別番号は飽くまでも三号と五号なので履き違いの無いよう気を付けて下さい」

 徳豊はそう言いながら其々の肩にある秘密の刻印を確認した。

それはスタッフにもモデル本人にも教えてはいなかったのである。

 暫くすると首領官邸から替身二人を迎えにそれぞれの部署の担当官らがやって来た。

「博士三号と五号の引き取りに参りました。これが受取書です」

 國防委員長の署名の入った受取書を貰うと一行を玄関まで見送る。

二人は國防委員会差し回しの高級車に乗せられて官邸へと走り去った。

 明日は官邸で慰労感謝会が設けられているので、ゆっくり出来るのは今日ぐらいであった。

「希大よ、ご苦労でした」

 徳豊は希大の造り出す道具に大分助けられたのだ。

「あのそっくりさん達を見ていたらぞっとしたよ」

 首領などは薄気味悪いほど似ていたのだから上出来と言えた。


 翌日居残り組の医療団員のみが官邸主催の慰労感謝会に出席したのだが、その前に別室でモデルと三号五号に会った。

「素晴らしい出来に感謝している」

 首領がそう声を掛けた。

その時横に立たされていた女王智惠の替身が軽く微笑んだのである。

〈其処で笑ってはまずいだろう〉

 徳豊はそう思ったが特にお咎めが無く済んだのでホッとしたのである。

本物がそのように笑えば印象が違うのにと思ったが、如何やらそれは間違いであった。

 と言うのは晩さん会でチョンソン國外交部の姜外務員が酒を飲み過ぎたのだろうか、行き成り側に寄って来て、

「張博士も騙されましたね」

 と言いだしたのだ。

「ええっ!、何のこと」

 と聞き返すと姜は得意そうに、

「あなた方を出迎えたのは偽物です」

 と言うのだ。

脇に立たされたようにしていたのが本物だったと言うのである。

なるほどそれで合点がいった。

微笑んだのは替身ではなく本物だったのだ。だからお咎めも無かったのである。

徳豊もすっかり騙された。

それ程そっくりに出来ていたと言う訳である。 すると首領が手招きして呼んでいるらしく側近が急ぎ足で呼びに来た。

「博士、國防委員長がお呼びです。来て下さい」

 今度はどうやら本物のようである。

「先程は失礼した。制作者が見間違えるほど良く出来たということだね。見事見事」

 隣りでワインを飲んでいる女王智惠が口元を緩ませていたのである。

「このお礼は改めてさせて頂くよ」

「有難うございます」

 徳豊はそう言って下った。


 この國では相変わらずロケットと称してミサイルを飛ばしていた。

その一方で人工衛星の開発にも取り組んでいたのである。

それは近い将来、この世界から飛び出して宇宙開発に乗り出す為の布石であった。

 


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