第9話 奇跡の生還

 龍陽の西門で張徳豊と名を告げると、治安部隊の小隊が駆けつけて来た。

門兵の分隊長が怪しんだ為だが、治安部から保安部に連絡が行くと、部長が空飛ぶ車に乗って治安部にやって来た。

「無事だったか。奥さんが生きていると言い張ったが、棺桶には君が横たわっている以上その主張は受け入れられる理由がなかったのだ。 それにしても流石奥さんだよ。あれだけそっくりな男を違うと言い切ったのだから大したものだ」

 こうして医師張徳豊は一旦死亡として抹消された住民台帳に訂正復活と書き込まれて、再び市民権を得たのである。

 その日から五日間、静養のため休暇が与えられたのであるが、その殆どは来客の応対に費やされてしまったのである。

初日は盧希大が数枚の設計図を持って夫婦でやって来た。

「無事でよかったな。この図面はな、人や物の形状を読み込んでデータ化して現物通りに復元することの出来る機械で、今のところはそこまでは試作機で出来たんだよ」

 希大はそう言ってにっこり笑った。

どうだとでも言わんばかりであった。

「すると何か、そのうち君や私にそっくりな人間が出来るようになるというのか」

「あぁそうだよ」

「先生本気にしないで下さいな。神様が起こりますよ」

「莫迦言うな、今に出来るんだよ」

「面白い話だ」

「先生ったらー」

 希大の女房の莉娠らいしんは半ばあきれ顔で玲衣に訴えるのだった。


 希大の話だとこれでそっくりな者は出来るという。各臓器も最近発明されたプラ何とかと言う合成樹脂で造れないことは無いだろうと言うのだ。心臓が出来るのなら血管や血液だって作れないこともない。


 フキローネ共和國とルシーノフ共和國の戦争の他に、その他の地でも紛争が絶えない状態である。

死者を生き返らすことは不可能だが、負傷者らの損傷部分の復元は可能となるかも知れないのだ。

 徳豊は医術にとって、希大の志向する部分が大いに役立つ分野に発展しそうな気がするのだった。

何れはこの世界の人々が手に入れる天からの贈り物なのかも知れなかった。


 翌々日公安部の部長が外交部から在る國の外交部からの書簡を持ってやって来た。

又海外からの要請が入ったのだ。

今度は隣國チョンソン共和國からの要請だという。

共和國では首領とその妹がモデルとして、それぞれ二人の身代わり制作とあった。

ところが途中で首領の身代わりは一人を追加して三人となった。

それでもそれらに特別な注文はなく、直ぐ近くで見て似ていれば良しとするものだったが、再度一部の変更を指示して来た。

それはそれぞれ一人は完全コピーとするよう変えて来たのである。

特に首領の体形は肥満で腹が極めて飛び出ているのだ。

其れに比して妹は細身で今にも折れそうな身体つきのようである。

 先ずは外交部に、揃えて貰う五人の当該者について希望を入れた要望書を送って貰ったのである。

出来るだけそれに沿う人物を揃えるように要望したのであった。


 徳豊は自宅の書斎で二人の写真を見ていた。先ずは首領の像と頭部、胸部、腹部から脚部を見ると腹部が異常に膨らんでいた。

この辺りの調整はどうにでもなったが、肩幅と胴長と厚みのバランスが問題であった。

 妹の体形なら幾らでも居そうなので、然程難しくはなさそうだった。

 持ち込まなければならならない機材のリスト作成と持ち込む薬剤等の準備に追われる毎日となった。

場合によっては現地調達もあるかも知れないし、調達不可能なものがあるかも分からなかったので、保安部に盧希大の同行を願い出たのである。

「盧は助手だったな。連れて行きたまえ」 

 保安部長は外交部に連絡して同行者を一名追加させたのである。

チョンソン共和國入國に際して必要な手続きであった。

そのことを工作部の希大に連絡すると大いに喜んだ。

その夜盧は高粱酒を手土産に女房の莉娠らいしんを伴なって礼を言いに来た。

「盧が居れば心強いのさ。大したことじゃないよ」

「否ぁ一緒に仕事が出来るなんて到底叶わぬことと思っていたからさぁ」

「本当だね」

 莉娠も嬉しそうに夫を見ていた。

「何処の國でも同じかも知れないが、独裁的為政者となると民を護る事より己を護ることに熱心のようだな」

 と希大は憎々し気に皮肉る。

「聴かれているかも知れんぞ」

「構わんよ。そいつらだって思っている筈だから」

 希大はそう言って豪快に笑うと、酒を自ら注いで飲んだ。

「為政者は常に孤独なんだよ」

 そう言う徳豊とて孤独感の中で分身を置いて居たではないか。そのお陰で助かったのも事実ー。

「だとしたら偉い人達は皆身代わりがいるのかしらねぇ」

 玲衣が初めて口を挟んだ。

「それはない。一部の者だけだ」

 普通は影武者など要らないのだ。

國や部族の代表なら別だが、一般の者なら命を狙われる危険はないから、それらを用意する必要はないし、そんな財力も無かった。

 徳豊は偶々ある実験を試みる為、替身を設けていたのだが、帰國の際、咄嗟の思い付きで入れ替わったことで命拾いしたのであって秘書には気の毒なことをしてしまったと手を合わせた。

「今度の國は分裂國家の片割れで、領主は絶対君主の王さまらしい」

「今時そんな國が存在するの」

 盧はどうもそのような者には反感を持つタイプであった。

「生まれながらの王で例え叔父であろうと兄であっても、政敵は抹殺してしまう。だから自分も命を狙われていると思うのだろう。

これは特に独裁者に言えることだ。

この國も絶対君主の國だからだろう。妹もそれなりに力を持っているから将来何が起こるか分からない國だよ。我が國もそうだが、前回訪問したルシーノフ共和國にしても事実上コロチャンコ大統領の独裁で手向かう者は連行されて抹殺されているようだ。

 幾ら民主國家を装っても、歯向かう者は消されて居なくなってるだろう。正義の看板を掲げて他國への侵略を止めない無法國家の首領だから狙撃されたりするのだが、その内天罰が下るだろう」

 徳豊は珍しく熱弁を振るった。


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