第6話 意外なつながり
張徳豊は普段は龍陽の総合病院で外科部長として勤務していたが、差して忙しくは無かった。
宿舎には殆ど早く帰ることが出来た。
暇な時は世話係の程玲衣相手に碁石挟みや話他愛無い話をして過ごして居た。
仕事に関する話などしたことは無かったのだが、或る日在る疑問について若い娘に質問したのである。
「なぁ玲衣、知っていたなら教えて欲しいのだが」
「私で分かる事でしたら…」
徳豊は少々照れながら、
「男と女の違いは分かるよな」
「はい」
言おうとしてるのが解るのか、程玲衣は下を向いて答える。
「合わせたら判るものかね」
「えぇっ」
程玲衣は真っ赤になって下を向いたままであった。
「詰まりさ私の物と、他の物との区別がつくかと聞いてるんだよ」
徳豊も喉が渇くのか水を頻りに飲んだ。
「先生の方がご存じでしょうに」
「いやその経験がないも……」
肝心の部分が聞き取れない。
てなことで、互いに不慣れながらこの後実物による検証に及んだのである。
徳豊がその答えを得るには多少の研究努力を要した。
程玲衣に何と言われようと、身をもってその体験をするしかなかったのである。
その結果替身をどれだけ上手く本物に似せたとしても、彼の持ち得る現在の技術・技量では、到底到達することの出来ない領域と言えるのであった。
いやそれはその後数百年経ったとしても無理かも知れないのだ。
仮に人工部位が出来たとしても、天地爺のお造りになる自然の部位に比べたら、お粗末なものに過ぎないに違いなかった。
三号を実験的に試したとしたら、四号と本物との間で発覚したように、相手にはその真贋が解るに違いなかった。
漸く四号に五号が必要だった理由が判った。
「そう言うことか」
未経験では知り得ないことも、経験してみることでその真相に触れることが出来たのである。
普通の若者ならばそうした体験に依って崩れて行く者も居たが、この男は学者肌とでも言うのだろうか、玲衣を相手に研究に取り組んでいたのだ。
玲衣はその意図を知っていたので、半ば呆れながらも応じていたと言える。
そうしているうちに真のパートナになっていたのである。
お互いにとって、無くてはならない相手であった。
この頃になると徳豊は行動の制限が外されて、何処であろうと自由に行くことが出来たのである。
そこで徳豊は和の郷に行くことにしたのだ。此処は彼にとっては故郷であり、パートナーの程玲衣の知らない世界でもあったので動く洞窟と共に是非とも見せてやりたいと思っていたのである。
一応保安部の許可を貰って出かけた。
方酔山に登る為ドレスではなくズボンを穿かせたのである。
これは曾祖父の張徳裕が愛妻蘭に事前に乗馬ズボンを買い与えたのに倣ったものだが、これはナイス判断であった。
玲衣は頂上から龍陽を見下ろすと、城市が一望出来て、実に不思議な景色を見ているようだった。
「凄いわ先生」
「そうだろう玲衣」
二人は暫し見惚れていたが、
「行こう」
徳豊は玲衣の手を取って洞窟へと向かった。「これが動くの」
「あぁそうだよ。さぁ乗って」
「何か変だわ。入ってなら分かるけど」
「いいんだよ。この洞窟そのものが動くんだから」
徳豊は玲衣の手を掴んだまましゃがむと同時に振動が起こった。
「先生暗くて怖いわ」
「大丈夫だ」
振動は直に収まって、見ると出入り口が明るくなっていた。
「先生見て海が見えるわ」
外に出ると林の先に砂浜があって波が打ち寄せていた。
「海ではないんだよ。湖だ」
玲衣はキツネに摘ままれたように呆然としていた。
「此の世界には大叔母が居るんだ。此処でゆっくりしてから会いに行こう」
二人は砂濱に足を投げ出して座った。
「玲衣は青州の出身だったな」
「えぇそうよ。古の煌陽と言う所」
「煌陽って聞いたことがあるよ」
「祖母から聞いた話だと旧桂國の都だったって言うのよ」
煌陽はその昔、大趙國の青州と言ったが十二州から独立して桂國となったものの、大趙國との戦いに敗れて一旦は滅亡したのだが、
女王叡杞の義理の息子と娘の残存勢力によって今度は大趙國が破れ、龍陽の都まで失われてしまったのだが、それを義理の息子馬春真が全て復興させたのであった。
だがそれも新たなる政治形態を以て國を治める思想集団によって主権が取って代わられると、単なる王宮の飾り物となってしまったのだ。
「それじゃー玲衣は煌陽の何処に住んでたの」
自分でも何故そのような質問をしたのか分からなかったが、玲衣の答えが意外にも徳豊の記憶にあったのである。
「右街区の天龍坊の一角に住んで居たのだけど、祖母の話だと父母はその天龍坊そのものが自分の所有地であったと言ってたらしいの」
「そりゃ凄いな」
と言いながら徳豊は曾祖父の手記に書かれてあった張徳裕と蘭の結婚祝いに女王叡杞所有の別宅天龍坊が与えられた一節を思い出したのである。
「なぁ玲衣、君のお婆さんの名は何と言うの」
「程玲よ」
徳豊の質問に怪訝そうに答える。
「なら大婆さんは」
「蘭よ」
「えぇ~蘭!」
「蘭と呼ばれていたらしいけど、私は会って居ないからどんなお婆ちゃんだったかはわからないけど若い頃は女官だったと聞いたわ」
なんてことだろうか、その蘭がこの和の郷から消えた蘭だとしたら洞窟に乗って方酔山に行き、思い出の地である煌陽に戻ったということだ。無論張徳裕も一緒だったに違いない。
玲衣の話だと大爺ちゃんの名は程徳薫といい、大婆ちゃんは餞蘭といったらしい。
そして子が出来なかったので祖母の鈴を養女に迎えたというのだ。
程徳薫は張徳裕で餞蘭は銭蘭の苗字の文字を変えたに過ぎず、和の郷から消えた二人に間違いなかった。
この二人には子どもが出来ないので鈴を養女にして、程鈴としたのだろう。
その祖孫同士が夫婦として暮して居たなんて何と言う巡り合わせ、否悪戯であろうか…。
だが血の繋がりは無く問題は無かった。
それにしても不思議な縁であった。
二人は盧希大の大老婦人(大婆さん)に会いに行った。
「相変わらずご壮健で何よりです」
「そなたものう。所で其方の娘さんは?」
「はい妻の玲衣です」
「お前も嫁を貰ろうたか。目出度い」
大老婦人(大婆さん)は率直に喜んで呉れた。
帰りに村長の湯窘宅を訪れて、盧希大が龍陽で無事に過ごして居ることを伝えて洞窟に入った。
「さぁ戻ろう」
二人が地面に倒れ込んで暫くすると揺れが収まって入り口が明るく見えたが雨が降っているので外に出るのを止めて止むのを待った。龍陽では俄雨が結構あって少し待って居ると止んだものだった。
ところが一向に止む気配がなかった。
地表を叩きつける雨水が低い方へとなだれ落ちて行く。
徳豊は外の様子を注意深く窺ってみると、どうも様子が違う。
周りの茂みが多い感じなのだ。
「此処は西安だ」
「西安って?」
「もうひとつの世界だよ。私が生まれ育った世界だ」
「降りないの」
「一度は君に見せて上げたい世界だが、今はやめて置く。龍陽に還ろう」
以前の徳豊であったら、西安に戻ったに違いなかったが、今は龍陽での仕事があったので、研究を兼ねて取り組む楽しみがあった。
外の雨脚が緩やかになったらしく、雨音が静かになって来た。
外を覗こうとした時、洞窟が揺れて動いたのである。
「きゃあ」
「大丈夫か玲衣」
如何やら西安を離れたようだ。
今度は何処に行くのだろうか。
徳豊の知ってる世界はたった三つである。
まさかその他の世界に連れて行くことは無いだろうと半ば祈る思いであった。
洞窟は直ぐに止まったので用心深く表に出ると、見慣れた景色が目に入ったのである。
「
最早此処が故郷と言えるようだ。
玲衣も安心したらしく徳豊に遅れないように付いて下山したのである。
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