第7話 卑劣な依頼者

 皇城内の住まいに戻ると、保安部の下僚が退屈そうに入口に座り込んで建物に寄り掛かって居眠りをしていたのである。

「起きたまえ。大分待って居たようだな」

「あっはい、お待ちして居りました。これをお読み下さい」

 下僚は寝ぼけ眼を擦りながら指示書を手渡した。

 それによると宋主席の代理と同盟國を廻ると言うものであった。

 訪問先は北方の大國、ルシーノフ連邦國で独立國家の共同体の主導國であった。

この連邦國は二十の独立國の集合で六十程の民族から成り立っていた。

独立國家の集合共同体とは言うが、事実上はルシーノフ連邦國の主導國であるルシーノフ共和國が軍事・経済・開発等全てに於いて共同体の中心的要として成り立っていたのである。

 その連邦國の代表である大統領はツンヌメール・コロチャンコと言った。

中々の主導手腕の持ち主で、この世界に於いて経済の復興と強大な軍需力を保有させたのである。

それだけに敵対する國も多く、又内側にもそのやり方手段に反発があり、常にその存在の抹殺が企てられていると言うのだった。

 大桂國に於ける外科医療の高度な技術を知ったコロチャンコの腹心が依頼したものだった。

これは國家レベルではなく、飽くまでも個人レベルでの依頼であった。

 大桂國から沿岸沿いに大陸縦断鉄道があり、ルシーノフ連邦國の首都ドゥビンスクまで繋がっていたのである。

 大桂國が大趙國であった時分は、その國境が定まらず、年中紛争があったが、大桂國となって後に王政が排除され、新主導者らの集団指導体制に変わると、國交も正常化され、紛争も無くなったのだ。



 首都ドゥビンスクに到着した張徳豊一行は、ルシーノフ連邦國の國家医療機構主催の歓迎晩さん会に招待されたのである。

大桂國の訪問団団長は瀋部長であったが、中心となったのは矢張り張徳豊であった。

その技術力がこの國でも高く評価されていたのだが、そればかりではなく、その技術の指導を望んで居ると、率直な意見も出た。

 そこで張徳豊は医療施設を見学する前に、レベル確認の為、サンプルを見せて欲しいと要望したのである。

そこで國家保安省の長官の立ち合いの下で医療機構の役員と担当医務官たちが國営病院の会議室に集まってそれらのサンプルを公表したのである。

 全部で五人とかで、別々に登場させた。

服装は同じだから動画や写真で見る大統領に似ているように思えるが、大写しになった時の顔の表情に違いが見られたのである。

喋り方は同じに聞こえるが、其々アクセントの置き方が違うように思えるのだった。

それは恐らくルシーノフ語ではない母國語に起因するものと思われた。

 この後大統領のベルーナ宮殿に副官ヴェリンスキーから、新たに二名の替身(身代わり)を造るよう依頼されたのであった。

そこで徳豊は保安省の担当官に背格好の似た男二十名を集めるように要望した。 

それから僅か十日程で揃った旨の連絡が入った。

 審査は演劇の行われる快感の小ホールを舞台として、其処に一人ずつ登場させたのである。審査員は張徳豊を委員長に大統領副官、保安省長官、秘密警察長官に医療関係者数人が着座していた。

 何処かの國のファッションショーではないが、二十人のサンプルたちは全て短パンひとつで上半身裸の裸足で登場させたのである。

左の袖から交互に中央に向かって自由に歩かせて、姿勢や歩き方見て、センターのマイクロホンの前に立たせて、審査員に、

「御機嫌よう諸君」

 とセリフを言わせたのである。

帰りは出て来た袖に向かわせたのである。

 次の者は右の袖から出て来て向きを変えて戻って行った。

同じ方向に帰らせることで、前後ろ両横の姿が確認できたのだ。

 これ等の演出は全て徳豊の考えによるものだった。

出演者には 1から20の番号が付けられていたが、残ったのは 3、 8、12、16の四人であった。

そこで最終審査に入る前に休憩時間として、小道具係に電話を用意させたのである。

 最終審査は掛かって来た電話の相手を如何に納得させて電話を切ることが出来るかが課題であった。

結果は8と12が選ばれたのである。

この二人は理路整然と相手を納得させたのである。それは決して過度に優しかったり、威圧的ではなかったのが良かったと言えたのだ。その点後の二人はしどろもどろであったり、強圧的であったので不可としたのだった。

 世の中には良く似た者が居るものと、ほとほと感心させられた。

既に替身の者達より雰囲気的にも似ていると言えるのだ。

これで更に徳豊の手によって施術されると、真贋が見分けつかなくなるのだから正に神業と言って良かった。

 この二人は改めて壱号、弐号と改称され、以後如何なる場合でもそう呼び慣らされたのである。


 ルシーノフ連邦國のベルーナ宮殿でコロチャンコ大統領にこの二人の替身(変わり身)のお披露目の際、施術者として拝謁したのであった。

「否驚いた。宋主席から聞いて居たより遥かに優れたものだよ。どうだね此処に残る気はないかね」

 その腕を見込んで特別爵位を与えると言うものであったが、宋主席の信頼の元この様な仕事が出来て居るので、それを裏切ることは出来ないと丁重に辞退すると、

「宋主席は良い部下をお持ちだ羨ましい」

 と後に書簡にそう認められていたという。 

張徳豊は特別待遇の元、ルシーノフに残ってその整形技術を若手医師らに伝授したのである。

ところがこの滞在中に事変が起きたのだ。

連邦國のひとつのフキローネ共和國が離脱を公表したのである。

それは國土の一部を勝手にルシーノフに編入された為容認できず、奪回に当たっては当然のことながら武力衝突が起きた。

 フキローネ共和國とルシーノフ共和國は隣接している為、領土の奪い合いとなった。

当初は國力の上回るが優勢であったが、フキローネ共和國に加担する近隣諸國の支援によって戦況は一進一退と泥沼化して行った。


 そうした中で大統領のコロチャンコが狙撃されると言う事件が起きた。

 政府広報官の報道では軽傷で既に大統領府内で各戦線に自ら指示を出して居るとし、戦地の士気を鼓舞するように大統領府のバルコニーに姿を見せたりした。

だがそれは替身の壱号の姿であった。

では狙撃された本物の大統領はどうなったのだろう…。

 実はこれも身代わりであったと言う話である。それは側近らによって狙撃者からの二発目を護ったらしいが既に一発目で息絶えていたのである。狙撃されたというニュースは全國に流れたが、何事もなかったように執務していると報じられたのである。

では本物は一体何処に居るのか…。



 この國の大統領の替身(身代わり)は七人の筈であったが、最初の五人の内、然程似ていなかった四人は徳豊の作品が完成するといつの間にか姿を消していた。

恐らくお役御免となって抹殺されたものと思われる。

従って三人は居た。

その内の一人はバルコニーに姿を見せた二号だから、狙撃された男は残りの五番目の男か一号であったことになる。

 多分一号であった可能性が高い。

何故ならスナイパーは遠距離から的を狙う為精度の高い光学照準器を取り付けており、覗けば本物か偽物かは判断できたのである。

 徳豊は一号二号を本人と並ばせても判らない程そっくりに仕上げた。

それはスナイパーが仮に標的の者と双子であったとしても分からないに違いなかった。

だとすると残っているのは五番目の男と二号である。

 徳豊はそのニュースを見て死んだのは一号だと分かって悲痛な思いがしたのだ。

例え身代わりだとしても死んでいくのは人間で、決して人形やロボットではない。

尊厳を持った人であった。


 フキローネ共和國との戦争で負傷した若い兵隊が続々病院に送られて来た。

それらの躰は真面な者は殆どいなかった。

何処かしら欠落していたので、日常生活が出来るよう捕具を付け、皮膚を再生したりと、この國の医師らに協力して負傷者らの再生に尽力したのである。



 そうした中、本國から帰還するようにとの指示が入った。

 張徳豊はコロチャンコ大統領にお別れの挨拶をしにベルーナ宮殿を訪れた。

大統領はさも親し気に徳豊を迎えると、秘書官に箱を持って来させると中から一丁の拳銃を取り出して見せた。

「張君、これはヴェキトロ9と言う最新の銃だ。これは厚い壁でも打ち抜く威力がある。私の側近しか持てない物だが、君の功績に対しての感謝の印として弾とホルダーを入れてあるから國で護身用として使ってくれたまえ

。そうだ此処から身に着けて行くと良いだろう」

 と言うと、秘書の一人が徳豊の上着の下に装着させたのであった。

意外と軽かった。

大統領と別れた後、副官のヴェリンスキーが空港に大統領のプライベートジェットを用意したのでそれで國に帰るよう促すのであった。 徳豊は大統領府が手配してくれた空飛ぶ車に乗って空港に着くとプライベートジェットに乗り換えた。

徳豊の護衛にプライベートセキュレティがいたが顔はマスクをしている為判らなかった。 二人を乗せた大統領の自家用機は一気に雲間へと消えて行った。

それを見届けでもしたように一台の高級車が空港を後にした。

後部座席でタバコを燻らすのは大統領副官のヴェリンスキーであった。

空港まで来たのなら徳豊を見送る事が出来た筈だが、何故か陰に隠れて見送ったのである。

そして車載電話である人物にそのことを伝えたのである。と同時に大桂國外交部に張徳豊の帰國を知らせたのであった。

 

 連絡を受けた程玲衣は空港に出迎えに行く準備をしているところに、プライベートジェットが領國内に入る直前に火を噴いて國内の山中に墜落したとの悲報が入ったのである。

 直ぐに捜索隊が地元から出動したが、飛行機は大破して丸焦げであったと言うニュースが報じられたのである。

乗員乗客に生存者は無く、乗客の一人が不明であると伝えたが全員死亡とされた。

乗務員は操縦士と副操縦士であと一人の乗員は客室乗務員であった。

丸焦げの乗客は氏名不明だが、上着の下に装着していたホルダーの中身である拳銃がヴェキトロ9とするとそれは張徳豊と判明し、不明者は徳豊のプライベートセキュレティということになるが、この人物については誰も知らなかったので問題にもならず、特にその後の捜索は直ぐに打ち切られてしまったようだ。

 それらの遺体は液体保存をして筒状の棺桶に入れてルシーノフ共和國へと送ったのである。

張徳豊の遺体も同じように保存容器に入れられて自宅に戻って来た。



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