第5話 似て非なるもの

 では宮殿に籠ったままの王馬順真の替身は然程時間を要せずして主席に披露したのである。

「結構結構」

 意外と完成度は高いと言えたので、宋主席は上機嫌であった。

これなら王妃とて分からないのではなかろうかと思えるのだが…。

そこで宋主席は副官に在ることを耳打ちしたのである。

 宮城に一小隊が派遣され、馬順真を車で迎えに行き、皇城の中に在る主席官邸に入ると、一時間もしないうちに出て来て宮城に戻ったのである。

宮廷女官の中には保安部所属の女性が数人居た。

それらの役目は王室関係者らの監視であったがその中でも李簫貂りしょうてんは王様と王妃の監視であった。

その晩、王と王妃がねやを共にした。

女官長の李は隣室に控えて二人が漏らす音声に注視していたのである。

他人の営みを盗み聞きするのだが、これは女官長が好んでしていた訳ではなかった。

盗み聞く理由があったのだ。

 

 李簫貂が王を寝室に送り込むと、行き成り、

「貴方は!」

 と驚きの声が聞こえて来て、その口を塞ぐような行為をしたらしく、言葉にならない藻掻もがきの様な音が聞こえたのである。

その後は何時もと同じような声音が聞こえていたのである。

最初の驚きの声は何だったのだろうか。

 翌日李簫貂は皇城の保安室に副部長を訪ねた。

 昨晩の閨での出来事を報告に来たのであった。

「何かあったのか?」

 崔副部長は恍けて訊くと、

「変なんです」

「何が変なんだ」

「これは飽くまでも私の想像ですが、王様が寝室に入って直ぐに行為に及んだ様です」

「待ちきれなかったとでもいうのか」

「はいそうです。何時もなら王様はお戯れの言葉を掛けながら暫く遊んで居りますのに」

「行き成りだったと言うのか」

「はいそれで王妃は驚いたらしく『貴方は!』と言ったのだと思います。

 事実は少しばかり違うのだが、細かい部分まで知らせる必要など無かったので、

「ご苦労だった。ちょっと待ってな」

 崔副部長は何時ものように李簫貂を隣室に

待たせて部長に報告に行ったのである。

「そうかそれでいい。すると宋主席のところも同じだな」

「でしょうね。多分微妙な所に違いがあるんでしょう」

「李簫貂はまだ居るのか」

「隣室に居りますが…」

「ではここに来るように言ってくれ」

「直ぐにですか」

「その方が好い」

「未だ褒美を与えて居りませんが」

「そうかそれからで良い。満足いくように与えてやれ」

「畏まりました」

 てなことで崔は李簫貂に十分な褒美を与えるのだった。

その後李簫貂は保安部長の部屋で王妃の特徴や習性を覚えるよう密命を受けたのである。


 張徳豊は診療所の研究室で、細かい部位の細工の可否を考えていたのである。

そんなところに五号の制作命令書が届いたのである。

今度は女性であった。

「これは!」

「左様王妃だ」

 瀋部長は平然と言ってのける。

徳豊は一体どこまでこのような欺瞞を続けるのだろうかと首を捻った。

「余計なことを考えるな。我らは偉いお方の指示に従うのみよ」

 その通りであった。

 だがその一方で自分が完璧主義者であることに気がついてる徳豊は何時しか手掛けるものが自由であれば完璧を目指したいと思うようになって居たのだ。

これまでの作品の壱号、弐号に於いては指示に従ってそれなりの仕上がりとなった。

参号は完成度が髙いと自負したものだが、四号はそれなりの出来と言えた。

 ところが最近宮殿内に於いて妙な噂が立って居ると言うのだ。

それは王様に対する王妃の態度が変わったと言うものであった。

細かいことは不明だが以前とは違うと言い切る女官も居るほどであった。



 そんな中二人の女が診療所を訪れた。

これらのうち一人が五号候補となる女であった。

四号を必要とした理由は解っていたが、本物が居るのに態々五号を造る必要が徳豊には分らなかった。

扨てその二人だが、一人は武州から来た女で一見垢ぬけしていて見るからに良かったが、擦れた感じの女であった。

名を呻芳扇しんほうせんと言った。

もう一人は清州からやって来たと言う娘で、こちらは純情そのもの純朴な感じであった。

この娘の名は程玲衣ていれいと言った。


 徳豊はこれらの女を替身の馬順真にあてると聞いて、武州出身の呻芳扇を選んだ。

従って程玲衣はお払い箱となる所であったが、保安部長が張徳豊が未だ独身と聞いて身の回りの世話係として側に置くよう指示したので、特に必要とは感じなかったが、気立ては良さそうであったので、好意として受けたのである。



 瀋部長が呻芳扇を王妃として宮城に送り込む為女官長の李簫貂を呼んで最後の仕上げとして王妃の特徴や習性を教え込んだのである。相手の王様も替身なのでどうってことはなかったが、宮廷内に勤務している内務官や女官らに怪しまれないようにしなければならなかったからである。

こうして王宮の中の替身たち四号と五号は、王宮の主として演技を続けなければならなかった。

 ある意味操り人形だから、宋國家主席の意のままに動かなければならなかったのである。 

では本物の王様と王妃は一体どこに居るのだろうか?

それを知っているのは一部の保安部員だけであった。


 桂國は十二州からなり、以前は其々に州王がいて治めていたが、今はそれらに代わって州都には政府の出先機関が置かれ、州知事が派遣されていた。

 元々この國はもうひとつの世界同様少数民族の集合國家で、その半数を趙人が占めていたのである。

 西方に在る臨州は嘗て女王豸昌齢ちしょうれいが治めた土地で、今でも大半は氾族はんぞくが住んで居るという。

其処は沙海と呼ばれる砂漠地帯で、事実上点在するオアシス國家であった。

中央政府に服わぬ州の一つとして州民を弾圧したり、信教を抑制したりと迫害を加えるのだった。

 こうした人種差別とも思える中央政府の政策はこの國の前王朝の建國に起因していた。

詰まり八百年から続いた孫王朝を倒して、馬春真が桂國を復活させた時、桂國の女王叡杞の娘同然であった豸昌齢の働きが大きく作用したのである。

 この事を警戒する宋斯文は馬順真を王宮から排斥し、今また豸昌齢の故地を警戒するように主だった族長らを弾圧するのであった。

 この事を國内外から非難されていたが、この桂國のトップは悠然として己が信ずる政策を推し進めて行ったのだ。

 宋斯文の出自は滅亡した孫氏で、宋という姓は母方の姓であるというのだが定かではない。もしそれが正しければ、就任以来進めてきた政策、経済の発展と領土拡大の他は一部民族の排他であった。


 

 王宮の馬順真とその王妃は以前のように仲睦まじく暮らして居るとの報告が保安部長から宋斯文主席に齎された。

「どうやら上手くいってるようだ」

 一時は本物と偽物の組み合わせであったから上手くいかなかったが、今は何方も偽物なので違和感など無い筈だった。

こうして宋斯文主席にとっては厄介者が無くなったのである。

自身の安全も確保されていた。

 扨てそのことだが、替身壱号、弐号、参号の配置は保安部によって取られていたが、壱号弐号はとも角として本物と参号の見分けをどのようにして付けるのか、周辺の者らの関心の的であったが分らなかった。

何かの違いがある筈だがそのことについて言えば、それは保安部の一部の者にしか分からなかった。

 見分け方は簡単である。

それは下着であった。

本物と替身では一部デザインが違っていたのである。然しこの違いを確認することの出来るのは身の回りの世話係の女官だけであった。但し替身については陰で保安部長なりが確認することは出来た。

この辺りの入れ替えは保安部長と主席自身が行っていたのである。


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