第4話 モデルのコピー

 こうしてこの診療所(決して小規模ではない)に必要とする医療器具や薬品薬剤などが用意され、同時に対象者をあらゆる角度からその形状を読み取って各部位を全て画像にして取り込む比較的小型な器械を購入し、設置したのである。

 それを三人の男に順番に施して行くことになったのだが、三人とも全く同じ顔にはしない。写真と同じになるのは一人だけで、後の二人のうち一人は似てはいるが良く観ると違って居り、今一人が微妙に写真とは違っているという具合に施術すると言うのである。

三人目は裸にして肩の張り方から筋肉の付き方と細部に亘ってチェックしたのである。

背丈は三人とも同じで勿論モデルとも同じである。

 何故そのようなことをするのかまだ理由は明らかにはされていなかった。

扨て三人には標識名として壱号、弐号、参号と付けられ呼ばれた。

 先ず壱号から施術が始まった。

瞼は一重から二重にして、鼻を少し高くしたのである。

髪の生え際を変えることによって、雰囲気が違って似てるように見える。

恐らく遠目では分からないぐらい感じが似てる筈である。

壱号はその程度で完了であった。

この後壱号はモデルの癖や歩き方仕草などをある部署の指導員らによって徹底して教え込まれたようだ。

診療所から送り出した時の壱号とは雰囲気はまるっきり違って居り、威厳とでも言うのか以前の様におどおどした態度は消えていたのである。

「どうだ張君、君の作品壱号だ」

 どうやら國の主導者らからそれなりの評価を貰ったようだ。

瀋部長はご満悦であった。

「弐号は何時から掛かるのですか」

「君さえ良ければ何時でも構わんよ」

「部長、一緒に龍陽に来た盧に会えませんか」

「それは今のところ無理だ。許しは出ない」

 如何やら國家機密に関わる事なので、この診療所からも出られない状態なのだから仕方なかった。


 弐号の施術開始は二日後と決まり、スタッフは準備に追われていた。

今度は壱号以上にモデルに似せる必要があり、目、鼻、口元から顎の形に至るまでチェックが入った。

髪型から鼻、口の大きさを直し、その間にある鼻の高さを少し上げる必要があった。

その為皮膚の下に樹脂を入れたのである。

壱号より遥かに似た仕上がりであった。

 こうして活像(似ている)が二人になったのだ。

二人は当然のことながらモデルとある施設に於いて会った。

その人物の周りには厳重と言える警備の者が配されていて、容易には近寄れない感じであった。

 黒いレンズの眼鏡が全体の顔立ちを隠してしまっている為、細かい表情を窺い知ることは出来なかった。

「気を楽にされよ」

 二人の緊張を解すかの様に、笑いながら声を掛けた。

未だ二人にはモデルの正体は教えていなかったのだが、その場の雰囲気で大層偉い人物と理解出来た。

どういう顔なのか見たかったが男は眼鏡を取らなかった。

だがその輪郭や髪型から何故か親しみを覚えるのであった。

その心中を読み取るように、

「このメガネを外すまでもなく、儂の正体は

その方らが向き合えば分かることだ」

 と言って高笑いした。

二人はお互いを見た。

既に本来の顔ではない。

鏡で見た顔がお互いの眼の前に居た。

髪型や輪郭が眼鏡をかけた男に似ているではないか…。

唖然としていると、眼鏡の横に立って居る男が眼鏡男に代わって喋り出した。

「お前たちの名前は壱号と弐号だ。二人が同時に同じ席に列することは無い。公式の場に出る時は何方も主席と呼ばれるので心して置く様に…」

 主席とは國家主席のことである。

最近就任したばかりで一般人には馴染みがなかったので知らないのが当然である。

二人の役割は“替身”(身代わり)であった。 この席には瀋部長は医師として列席していたが、執刀医の張徳豊は呼ばれてはいなかった。

参号の施術の準備で忙しかったのである。

 その参号の施術は翌日に行われた。

瀋部長は手術室には入ったが緊急事態以外はただ見ているだけで何もしなかった。

保安部長は別室で終わるのを待って居た。

結構時間を要したが、瀋部長は無事終了したことを保安部長に報告したのである。

参号は顔中包帯が巻かれて眠っていた。

手術の良否が分かるには数日要した。

 瀋医師は保安部長を伴なって病室に入ると、丁度これから包帯を外すところと言う場面であった。

張執刀医が静かに包帯を外すとそこに宋主席そっくりな参号が現れたのであった。

保安部長は思わず、

「宋主席」と声を出した。

 眉、両目、鼻、口、耳のどれを見ても同じようであった。

然も上半身裸の状態で見る限り、肩幅から筋肉の付き方も同じように見える。

 本人が傍に居る訳ではないので、全て同じとは言えないかも知れないが、十年来一緒に行動して来た者から見ても間違いなく宋主席であったのだ。

 この後はほかの二人同様に、立ち振る舞いや仕草に癖を習うのである。

そして最後は声音であった。

宋主席の声はややしわがれて居り、参号の元々の声が綺麗なだけに喉を潰す必要があった。



 こうして三人の替身(身代わり)が完成すると、張徳豊は瀋部長に伴われて宋主席に面談した。

改めて実物に対面してみると、己の作品の完成度を改めて認識するのだった。

「気味悪いほど似ていたよ。君には今後も色々とその腕を振るって貰うことになるので拘束された形になるかも知れぬが、多少の自由は与えたいと思う。望みがあれば遠慮なく言うがいい」

 宋主席はそう言い残して席を外した。

副官の手招きに従って執務室に付いて行くと、ソファーに座るように言って紙巻きたばこを勧めるのだった。

丁重に辞退する徳豊の生真面目さに北叟笑むと、副官は改めて希望を訊ねた。

「では申し上げます。此方に一緒に参りました盧希大を私の助手にして頂きたいのです」

 副官は鍛冶屋を助手にとは不可解であったので、

「何の為に」

 と訊くと、

「恐れ入ります副官、彼は手先が器用ですので、これまでにない医療器具を造って貰いたいと思って居ります」

 くどくどと言わなくとも、あっさりと許可して呉れたのである。

それよりも張徳豊にはまだまだ仕事をして貰うと言うのだった。

替身がそんなに必要なのか疑問であったが、徳豊には意義を唱えたりすることは出来なかった。

 副官からの指示で徳豊は医療関係者の住む住宅を宛がわれた。

徳豊の希望通り盧希大も近くに住宅を宛がわれたが徳豊の住まいよりは小さく、試作品を作ったりするための作業場を取り付けて貰ったことの方が遥かに有意義であったようだ。

 盧希大はそこで徳豊が必要とする道具を作ったのである。また希大は中々のアイディアマンで、徳豊が欲する機材を器用に設計し、創作するのであった。


 次の指示書が徳豊の元に届いた。

今度の場合もその対象となる人物名は明かされてはいなかった。

又もや偉い人には違いないのだがその写真を見て驚いたのである。

それは隠居した王様だったからである。

表舞台に登場しなくなった人物の替身を必要とする理由が解らなかった。

 この場合の素材は身体的に似てれば良く、顔もそっくりである必要はないとのことであった。

 隠居した王様とは、桂國と首都龍陽を復興させた馬春真の孫の馬順真であった。

この國は元々は趙國といって皇帝孫沂こうていそんきんの下に一族が各州の知事とも言うべき州王として世襲で存在していた。

その一部の州が桂國として独立し、趙國と覇権を争ったが、女王の國桂國は一旦は敗れてしまったのである。

 女帝叡杞は龍陽の室牢に入れられて処断されるところを、地方に残存していた馬春真らの季節風を利用した急襲によって龍陽の都を襲撃された折、思わぬ助っ人たちによって燃え落ちる都を脱失したのであった。

 都は殆ど消失してしまったが、馬春真は実父王帰真の財力を以て復興させたのである。

この時馬春真は新たに桂國の王となって、州王制度を廃止する等の改革を行ったのだ。

州王の代わりに州知事を置いたまでは良かったが、それらに國の運営を委ねる議会を設けたのであった。

唯一残された権力は、案件等決定事項の書類承認としての署名であった。

 それらが更に発展すると、王様の権限を全て剥奪して、それに代わる國家運営会議が設置され、大桂國の政府機関とも言える国務院、軍事委員、人民法院、最高検察院が置かれ、それらのトップに國家主席を据えたのである。地方の県知事らも軈て中央に出て、國家権力の中枢に位置し、権力を手中に収めんと模索しているのだった。

 この國に於いては國家主席を最高位としている為、國内外から目標或いは標的として注目されるのは当然であった。

だから替身(身代わり)が必要なのだ。

何らかの祝賀パレードでバルコニー立つ宋主席は壱号が勤め、段上から各種行進を見守る時は弐号が勤めたのである。

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