第3話  再び龍陽に

 二人は無事方酔山に着いて、改めて上から龍陽を眺めて居た。

「大きな村だなぁ」

 と希大が言えば、

「村ではなく街だよ。正しくは城市だ」

「そう言うのか」

「希大よ、下に降りたら正門から入ってみないか。確か門洞が五つも在る筈。凄い門のようだ」

「そりゃぁ楽しみだ」

 二人は前回のように藪の中、獣道を辿って下りた。

そして城壁に沿った道を南に進んで、南面に曲がって龍陽りゅうようの正門に着いた。

徳茂の言うように門洞が五つ在った。

中央の門洞は皇帝の通路で、その両外側が車馬の通行、そしてそれらの外側が人の出入りの出来る門洞であった。

但し向って左端が入場路である。

 此処を通るには役所発行の身分証提示が必要と言われ、身分証を持っていない二人は城壁の中に在る部屋に連れ込まれ、城兵の尋問に応えなければならなかった。

 調書には次のように書き記された。


 張徳豊 中華民國西安出身(不明) 二十九歳 職業医師。

 盧希大 桂國和の郷出身二十七歳 職業鍛冶屋(技工師)。


 そして同様に書き込まれた紐の付いた名札を首にかけて入場を許されたのだが、中央大路を歩いて行くと先程の城兵が追いかけて来て城門に連れ戻されてしまったのだ。

「指令が来るから待て」と言う。

「何か不都合な事でも」と訊いても答えなかった。

仕方なく二人は指令が現れるのを待った。

人や車が頻りなし入って行く。

所在なく眺めて居ると、

「此奴らか」

 と悪人面した男が入って来て部下に訊く。

「そうです」

 門兵らは緊張した面持ちで答える。

「お前たち此処に来て座りな」

 急に穏やかな口調で話しかける。

「はい」

 相手が威圧的でないと結構素直になれるものであった。

指令は書類に目を通しながら訊く。

「張徳豊は何方かね」

「私です」と徳豊。

「そうかい、お前さんは医者のようだから訊くが、例えば盧の顔を儂の顔にすることは出来るかね」

 例えられた盧は驚いた顔をして訝しがったが徳豊は平然と、

「理論的には出来ますよ。唯それには」

 道具や材料が要ると言いたかったのだが、

指令は押し止めるように、

「そうか分かった。二人とも一緒に来て貰うが良いかな」

「はい」

 言いも悪いもない。相手はこの國の軍人である。逆らったらどうなるか位分かろうと言うものだ。


 結局軍用車に乗せられて、國軍指令本部と言う所に連れて行かれ、会議室のようなところで二人は可なりの時間待たされていた。

「勝手に連れて来ておいて待たせるとはなんて奴らなんだろうか」

 盧希大はイラつくように室内を歩き回っていた。

「希大座ってな。監視する何かが有るかも知れんから」

 監視カメラなどと言ったところで盧希大は

知らないだろうから敢えて言わなかった。

すると間もなく指令が数人の軍人と医師を連れてやって来た。

「待たせて済まなかった。退屈しただろうが此方もいろいろと準備があって手間取ってしまってな。紹介しよう」

 指令は数人の軍人が公安部の者であることと、医師は外科手術の専門医であると伝えたのである。

「後で瀋医師に診療所へ案内して貰うのでそこで具体的な説明を聞いて貰う。君には大事な仕事をして貰うことになるので宜しく頼むよ」

 何が何だか解らないまま話は進んで行く。

盧希大も何処かに連れて行かれたようで会うことはなかった。


 扨て瀋医師に連れられて公安部の中に在る診療所に案内されると、十人程の医師が標本を前に施術について検討しているところだった。

そこら中に標本が置かれてあった。

 瀋医師は張徳豊を別室に案内すると、壁に取り付けられてある窓から隣りの部屋が見えていて、其処に三人の男が徳豊を見るように立っていた。

背格好は略同じで、顔立ちも何となく似ているのであった。

 瀋医師が隣りの部屋にいる助手にマイクで指示すると、三人の男達は真横に向いたのである。

横顔も立ち姿も似ているのだ。

「どうかね張」

 行き成りそう問われても何のことか分からなかった。そこで、

「まさかこの男達の顔を全て琳指令にしろと言うのではないでしょうね」

「君も冗談がきついな」

 と言いながら満足そうに続ける。

「流石は中華民國の秀才医師だ。どうやら理解したようだね。誰だか分るかね」

 瀋医師(部長)は紙巻きたばこを出して、

「一本どうかね」と勧める。

「結構です」

 と言うと、火を点けて吸った。

 一服すると、

「実は公安からの指示でこの方の顔にしろと言うのだよ」

と一枚の写真を見せるのだった。

「この方は?」

「今は知らなくていい」

 と正体を明かさない。

 明日からその準備に掛かるので今日はゆっくり休むように言われて、与えられた部屋に入った。

寝台の上に寝そべって、明日から従事する作業について思いを馳せた。

 窓枠から見た三人の男らの顔を、写真で見た男の顔に整形するようだが、何の為に整形するのだろうかと疑問に思うのだった。

これまでして来たことは、戦地で怪我をした兵士らのその部分の修復であったり、造形であったが、どう見ても正常なものを造り替える意味が解らなかったのだ。

それと瀋部長はんぶちょうの「流石は中華民國の秀才医師だ」と言う中の秀才医師という言葉である。

自身は秀才とは思っていないが、如何いかにも知っているような表現ではなかろうか…。

 正門での調書には中華民國の医師とは書かれたが秀才と言う文言はない。

自分のことを知ってるとしたらどのように調べたのであろうか、不可解であった。



 翌日瀋部長が二人の医師を伴なって迎えに来た。

診療所には、治療手当の他、手術も行える設備が整えてあり、助手らが控えていた。

部長に同行してきた二人の医師は外科医だが

顔の形などを変える整形までは出来なかった。 

 瀋部長は窓越しに三人の男を見ながら、

「世の中にはこの連中のように身体的な特徴に類似性を持った者が何人か居るが、それと共に顔が同じまたは似ている者がどのくらいいるだろうか」

 出抜けに突飛な質問である。

「部長確かに顔や身体が似ている者はいると思います。例えば双子なら当然よく似ているので時に親でさえ見間違えることもあるそうですが、自分が自分自身の姿を見るドッペルベンガーならとも角、自分に生き写しのようにそっくりな他人と言うのは全く無いとは言い切れませんが、いるとも断言はできないでしょう。似ている者はいても、そっくりは居ないんじゃないでしょうか」

 徳豊は否定的な回答をする。

瀋部長は二人の同行者にも回答を求めると、二人は何人かはいるんじゃないですかと答えた。

そこで瀋部長は再度徳豊に訊く。

「君は似てる者はいるがそっくりは居ないというのだね」

「はい、類似性を強調するならよく似ているはあると思いますが、その対象者と並んで見比べた時に、一つ一つの部位は違って見えても単独で見ると全体の雰囲気からよく似てることになるのかも知れないのです」

「それでは見分けられるということだね」

「そうです」

「ではどうしたら良いかな」

「簡単です。各パーツを揃えることですよ」

 徳豊はいとも簡単に言い切るのだった。

パーツを揃えるとは顔立ち、目、鼻、口、耳

の形や大きさを同じにすることであった。

「出来るかね」

「材料や道具があれば可能です」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る