第2話 ふるさと龍陽

「良いけど今は車がないから駄目だよ」

「それじゃぁ、あれは如何どう?」

「あれって何」

 恍けて居る訳ではなく思いつかないのだ。

「ど・う・く・つだよ」

「仮に動いたとしても龍陽に行けるとは限らないだろう」

「念じたらどう」

「何て?」

「良いからやってみよう」

 徳豊はリックを背負い、希大は頭陀袋ずたぶくろに荷物を押し込んで坂を下りた。

「動いたことが無いんだぞ」

「良いからやってみよう」

 徳豊は希大を先に入ると、

天地爺ティエンチイエ、龍陽に我らをお連れ下さい」

 真面目に願う徳豊の姿が可笑しかったのだろう、腹を抱えて笑い出した途端洞窟が揺れ出したのである。

真っ暗な洞窟に二人は這いつくばったが、揺れは直ぐに収まって入口が明るく陽が差し込んだのだ。

「希大着いたぞ」

 徳豊は外に出ると辺りを見回して都を探した。

「徳豊、凄い!」

 希大は眼下に広がる龍陽の都を眺めて溜息をつく。

二人は先祖らが眺めたであろう景色を略同じ位置から見ているに違いなかった。

「徳豊ゴメンな。和の郷の住民で洞窟が動くなんて体験したものは美香婆ちゃんぐらいだと思う。それに此処へは誰も来たことが無いんだ。それにしても大きな村だな」

 村と言うのは正しくはない。

この世界では桂國の首都龍陽と呼ばれていて、張徳裕の手記に在った燃え盛る趙の都龍陽であった。

 張徳裕と栄華の義理の息子馬春真ましゅんしん豸昌齢ちしょうれいが復興させた王國であったが、或る時二人はこれまでの殻を打ち破るように全土から代表を選んで中央に議会を設けて國を運営するように改革していったのである。

そして地方にもその地域にあった地方議会を設けて自治に当たらせたのである。

馬春真は國王として君臨したが政治には口出しせず、象徴的な立場に収まっていた。

 一方豸昌齢は隣接する強國の侵略を防ぐ等の國防を担う長官として就任していたのである。

二人が首都龍陽を山の上から見る限り、一部を除いて建造物は古いように見えるが果たしてどうであろうか。

 ところが徳豊は西安の変貌を見ているので、龍陽もそのようになるであろうと推測して都の周辺に目を投じてみると、何と結構高層ビル?とでも言えそうな高い建物があるではないか。

陽が翳っていた先程までとは打って変わって日差しが眩しく周辺に差し込むと、高層建造物が現れたのである。

 城壁の側には広い道路があって、車の様な乗り物が動いているのが見える。

何れも小型車のようで小回りがくらしく乗り心地は良いと言う。

 空を見ると飛行機のようなものが飛んでいた。

「あれは何?」

「多分、空的飛車コンダフェーチャー(空飛ぶ車)だと思う」

 西安流に言うなら“在空中飛行的車”だろうか、

「空を飛ぶ車か凄いな、良くぶつからないね。どのように制御してるんだろうか」

「分らない。あんなのが空を飛ぶこと自体信じられないよ」

 それら乗物の存在も大事だが、眼下に広がる都に行く為には下り道を探さなければならなかった。

此処は方酔山だろうから、曾祖父たちはそこいら辺に在る獣道を上り下りして居たに違いないので探ってみると、叢は別として地肌が踏み固められた獣道の様なものがあった。

それらしきところを追って下りて行くと、広場に出た。

ご先祖の方々は此処で一休みして登り下りしたであろうことは推測できた。

少し休んで後は一気に下りて行った。

曾祖父と蘭は其処から真っ直ぐの道を城壁に向かって歩き、北にある陵武門から都に入ったのである。

 昔は身分証が無いと入れなかったらしいが、現在では出入り自由であった。

陵武門は門洞が三つもある大きな門であった。南側が正面で門洞は五つあると言う。

その他の門もそうだが、何れも中央の門洞は閉まっていた。

それは國王が専門に使用する門洞の為、殆ど閉じられていた。

 中央北に宮城があり、そこが馬春真一族の住まいで、その下が役所のある皇城で、その中央に人代議会堂があった。

其処で選出される委員の中での一番は國家首席と言って、この國の事実上のトップである。現在の國家主席は五人目で三期目を終え、四期目に入ろうとしていた。

全権を掌握している為、誰も彼の所業を阻止することは出来ない。

故に法律も己に有利に変えて決定事項とて最終的には主席のサインがないと承認執行が出来なかったのである。

では緊急を要する場合には対処できないのではないだろうかと思いがちだがそんな心配は無用であった。

決定案件が膨大であっても、執務室の隣には強大な人工頭脳が備え付けられていて、処理情報が集約されて処理されていたのである。

従って優先順位も人工頭脳が判断し、情報処理機が手書き同様にサインを記したのである。 この様なシステムを知っている技術者は少数で、部外に漏れないようにこの中枢に住まわせていた。

 このことは都に到着したばかりの二人の若者には全く関係ないことであったが、この國の変貌ぶりと、後この二人に関係して来ることがある為触れたのである。


 張徳豊と盧希大は龍陽市内を車に乗ったり歩いたりして、出来る限り要所を巡って廻ってみた。

この日は旅館に泊まって、翌日方酔山に戻った。

「希大、続編にあった頂上付近に作ったと言う村を見に行ってみないか。君たちが今住んでいる村のその前に作った村だがどう」

 徳豊はないかも知れないがと断りを入れたが未だある様な気がしたので、そう提案したのであった。

途中の広場で休憩することなく頂上を目指したのだ。

先祖らが危難を乗り越えて開村したと言う村である。

蘭の弟の銭が大工であったお蔭でちゃんとした家屋を建築で来たと言う。

 二人は洞窟を過ぎて奥に入って行くと、破壊された家屋があった。

住む為には専門の職人が三四人は必要と思われるほど破壊されていて、そのままでは雨露とて凌げなかった。

 これは恐らく湖の傍の新天地に移り住む前にやって来た馬春真の部下の捜索隊の仕業と言えた。

再度此処に来てもぬけの殻状態に激怒して徹底的に破壊したものと思われる。

 栄華に水汲みをさせるなど不遜な若い隊長に、陸のご先祖様が腹を立てて飛びかからんばかりであったので、この状態を目にしたらそれこそ飛びかかって行ったに相違なかった。

 逃げ遅れたなら村民の命は危うかったに違いないので張村長の判断は正しかったと言えよう。

尤も危害を加えそうになった場合は、栄華が捜し求めて居る女王の叡杞であることを告げれば良かったのである。


 盧希大もこうして親戚同然の張徳豊と同行したことによって、それまで知り得なかった別世界を観ることが出来たのである。

 若い世代の者は祖父や曾祖父らから聞いた話でしか都のことは知らなかった筈なのだ。

空飛ぶ車も話には聞いて居たが見たことなどなかったのだが、それを動く洞窟によってその目で確と見て来たのである。

神話が正に現実となって、それと共に徳豊と言う友人迄得たことが大きな収穫と言えた。


 二人は一旦和の郷に戻ることにした。

洞窟に入ると揺れて倒れたが直収まって入口が開いて外に出た。

そこには村長の湯窘が立って居た。

「何処に行って来た?」

 その口ぶりからすると村長は洞窟が動くことを知っている感じであった。

二人は村長の家に連れて行かれ、酒を振舞われたのである。

「そうか龍陽に行ったか。でどうだった」

「此処と全く違うのに驚きました」

 希大は都の大きさに驚くばかりか人の多さに驚いたとも付け加えたのである。

「そうだろう。儂も初めて祖父に連れて行かれた時は度肝を抜かれたものだ」

「そんなぁ、前からご存じだったんですか。酷いですよ」

 この村の孫の世代あたりになると洞窟は動かなくなっていたのである。

特に入り口を塞いだわけではないので、子供らが洞窟内で遊ぶこともあったが、動き出すことは一度たりともなかったのである。

 湯窘は祖父の湯崙に洞窟は動かないものと教えるよう厳命されたのであった。

初代村長の張徳裕はこの洞窟で行かれる先は此処和の郷と方酔山と西安の山中と湯崙に言って聞かせたようだが、ではその御当人の徳裕と妻蘭は何処に消えてしまったのであろうか、誰も知らなかったのだ。

その三か所の何処か若しくはその他にも行けたのかも知れないが、今となっては不明であった。

 これ等の世界で魅力を感じる所と言うと、龍陽のある世界かも知れない。

あの世界は徳豊の居た世界と違って、稍小規模のようだが広がりのある世界のように思えるのだ。

然も空飛ぶ車や人工頭脳など、元居た世界より遥かに進んでいるように思えるし、知り得た限りでも科学的な発展の楽しめる世界のようである。

車や空飛ぶ車があれば行動範囲も広がるので、その他の國を観ることも出来そうである。そうした未知の世界への冒険を楽しみたいと徳豊は思うのだった。


 この村に車は二台在るというが何処に在るのか誰も知らなかった。

単純に誰かが使っていて村には無いと言う。

誰が使っているかも、現物を見たものは居ないと言うのだから無いのだろう。

龍陽には車で一日とか言ったが、それも嘘である。

 此処と西安が別世界であるように、龍陽と此処も別の世界なのだ。

従って龍陽のある世界に車や空飛ぶ車があってもこの世界にはなくても可笑しくはない。

 張徳裕らが発見した世界ではあるがこれも個別に存在する世界なのだろう。

行き来できるのはあの洞窟でしかないのだ。

天地爺の気紛れで造られた世界かも知れないが、他の世界のように開かれた文明社会ではなく、特定の生き物しか存在しない世界なのかも知れないのだ。

住民はそれ程増えてはいないようだし、際立った発展も見られないのだ。

 此処の住民に外の世界を見せないようにする為かどうか分からないが、唯一他の世界への移動手段である洞窟は、此処の住民単独には機能しないようになって居るのかも知れない。徳豊が居たから希大は龍陽に行くことが出来たのだろう。

 村長の湯窘のように祖父と共に乗れば動いたのかも知れない。

その祖父とは湯崙であろう。

張徳裕や盧希信らを第一世代としたなら、今この村に居るのは美香を除けば第二世代か第三世代の筈である。

それらはこの世界に隔離されたようなものかも知れないのだ。

 その様に考えた徳豊は、自身は西安の出身だから何時でも移動することは出来ると信じて、今居る世界の探訪も悪くはないかも知れないと思うようになったのである。


 この湖には鯨のような怪物が居たし、噛みつき魚や蛇、蘭に懐いた袁の様なサルもいるのだ。

だがそのことを希大に話すと、龍陽の世界に行くことを強く望んだのである。

それには村長の湯窘の許しが必要だったのだ。湯窘は必ず此の地に戻ることを約束させて盧希大を送り出した。

 この村の人口は二十六家四十八人で半分は農家で漁民が二家在って、大工や漁師、鍛冶屋も居り、子供らに学問を教える教師もいた。

 二人が移動した後の洞窟の部分はそっくり消えて周りの岩が剥き出しになって残っているだけであった。


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