第1章

第4話 ヒスイ村

 夢を見た。


 知らない男の夢。その人は神のように崇められていた。

 ありとあらゆるものを創造し、その力を人々の為に振るっていた。


 だが、その男は何かに行き詰まり、思い悩んでいた。

 彼には偉大なる目標があったそうだ。それこそ、世界の構造をひっくり返してしまうような、果てのない、大きすぎる野望が。

 

 そして彼は遂に、その答えに辿り着いた。


「そうか、であれば私自身を――」






























 目を開けると、見慣れた天井があった。

 ここ最近、朝によく目にする木製の天井。

 元いた世界の打ちっぱなしのコンクリートの住居でもなく、少し前に寝泊まりしていたひよりのコテージでもない。

 

 ベッドから降りて大きく伸びをする。階段を降りてドアを開けた。


「あら、おはようソーイチ君」

「ほはようございます。おばさん」


 眠い目を擦り、あくびをしながら挨拶をする俺を、ユミウおばさんは気遣うようにしてくれる。


「もしかして夜遅くまで作業してくれたの? ごめんなさいね、本当は私達の仕事なのに」

「いえいえ、いいんすよ。俺も頼られるのなんだかんだで嬉しいし。シオンは?」

「あの子なら工房でお父さんの手伝いをしてるわ。その前に朝食を食べていきなさいな」


 テーブルにパンとユミウおばさんが作ってくれたシチューが置かれていた。

 お礼を言って椅子に座り、舌鼓を打つ。おばさんのシチューは牛乳たっぷりで優しい味だった。


 こういう味を会社勤め時代に食べたかったんだよな。あの時はエナドリとコンビニ弁当ばかり食べていたから、こういう手料理を食べると涙が出てくる。


 おばさんにご馳走様を言って、工房まで足を運ぶ。

 鉄や薬草の匂いが鼻腔をツンと通り抜けた。


「すみません、遅くなりました! すぐ取り掛かるんで!」


 扉を開けて元気よく挨拶をする俺。振り返ったセーヤおじさんは俺の顔を見て破顔する。

 

「おはようソーイチ君。昨夜はよく眠れたかな?」

「いやあ、実のところ根詰めすぎちゃって。でもおばさんの御飯食べて元気ピンピンですよ!」

「ああ、すまない。無理をさせるつもりはなかったんだ。無理しない範囲でやってくれていいからね」


 そう言っておじさんは申し訳なさそうな顔を向ける。すると、奥の方から元気な女の子の声が聞こえてきた。


「あ、ソーイチやっと起きた!」 

 

 声の主は山盛りの薬草を入れた籠を両手で持ちながらぱたぱたとこちらに寄ってくる。


「お寝坊さんだ。早起きしないとニワトリになっちゃうよ!」

「こら、シオン。ソーイチ君は村の仕事を遅くまでやってくれたんだ。労ってやりなさい」

「あっ、そうなの? ソーイチ頑張り屋さんじゃん!」


 天真爛漫、天衣無縫。快活な笑顔を向けるシオンは俺のことを拾ってくれた女の子だ。 

  

 ひよりに髪を切られたあの日、目を覚ましたらこの子が俺の顔を覗き込んでた。

 

 俺が寝ていた場所は、ひよりと生活していたメルヘンな森ではない。

 もっと普遍的でステレオタイプな、所謂、森! ってタイプな森だった。


 シオンは薬草を摘みに森に出掛けていた帰りに、俺を見つけたそうだ。

 行き倒れていると思われ、最初は随分心配されたものだ。


 その後、ヒスイと呼ばれる村に案内され、村長と思わしき老人の元に連れてかれた。

 

 この村は錬金術によるモノづくりで生計を立てているらしく、村特有のアイテムなどを見させてもらった。

 見よう見まねで似たような物を作り出したら、村長が度肝を抜かれたように驚き、この村に居つくように頼まれた。


 そんなこんなで、この村のちょっとした有権者のシオンの家族、ピカール家が身元引受人となり、俺はこの村で錬金術師として過ごしていた。

 暮らしには満足している。ユミウおばさんは奇麗で優しいし、セーヤおじさんも俺に錬金術を教えてくれる。


「それじゃあ、今日もよろしく頼むよソーイチ君。シオンも邪魔しないようにね」

「はーい、わかってますよーだ」

 

 この村に来て知ったのだが、村の人たちのような錬脈回路が強靭じゃない錬金術師は、俺やひよりみたいに何もないところから巨大な炎や大量の水を錬成することはできないらしい。 


 日常生活で使う程度の火や水を作り出して操ったり、調合したりするのが限度だそうだ。

 だから、薬草や鉱石といった材料を集めて、有るものを媒介に新しいものを錬成するのが錬金術の基本、とのこと。


 そんな中、無から大量の錬成素材を作り出す俺が現れたわけだ。

 村にとってはまさに棚からぼたもち、確保しておきたい人材ということになる。

 ここに来てはや半年、既にこの村で一番の重要な錬金術師とお墨付きを頂いていた。


 昨日はこの村の名産物である、ポーションの改良のために研究をしていた。

 今日もおじさんの仕事に必要な鉱石を錬成している。


「それにしても不思議だよね。ソーイチの錬金術」

「不思議って?」


 作業の横からシオンが話しかけてくる。シオンは大量の薬草を、石でできたアブローラーのような器具ですり潰していた。


「なんていうか、他の人たちの錬金術って、マナに漂ってる元素が減ってるように見えるの。でもソーイチが錬金術って周りのマナに全然影響がないのね。だから不思議だなあって」

「……マナって見えるもんなの?」

「うーん、なんか他の人たちは見えないっぽい。私がそう言っても全然ピンときてないみたいで」 

「なんだそりゃ。不思議なのはシオンの頭だよ」

「ちょっとひどーい! 人をおバカみたいに言っちゃって!」


 プンスコプンスコとシオンはご機嫌斜めになる。

 叩けば叩くほど面白いくらいに良い反応が返ってくる。正直楽しい。


 彼女を見ると、ひよりを思い出す。顔が似てるわけじゃないけど、雰囲気がどことなくひよりに似ている気がする。陽気で明るい、一緒にいて元気を出させてくれる女の子だ。

 

「ちょっとー聞いてるのー? ソーイチってばー」

「揺するなって! 集中できないだろ!?」


 こうやってちょっかい出されては作業の邪魔をしてくる。お転婆すぎるのも玉に瑕だ。


 お昼になり、ユミウおばさんの作ってくれた山菜とウサギの肉が入ったスープを頂く。

 ちなみにこの世界にも米はある。スープと一緒に塩のきいたおにぎりを頬張らせていただいた。

 

 やっぱ米は偉大だね。はっきり言って日本人は米中毒だと思うよ。ここ異世界だけど。


「シオン、申し訳ないけど、買い物を頼まれてくれるかしら」

「はーい行ってきまーす」


 我先に昼食を食べ終えたシオンは、ほっぺにご飯粒をつけながら快諾した。


「俺も行くよ。村長に渡すもんあるし」

「ほんと? じゃあ一緒に行こっか!」

 

 シオンは市場に買い物へ、俺は村長に新しいポーションの試作品を届ける為に出掛ける。

 村長の家は市場よりちょっと奥まったところにあるので、少しだけシオンに付き合ってもらうことになる。


 決して大きくはない村だが、生活に不自由は全くない。

 建物はレトロな木造建築だが、シダーウッドのような香りがただよってとても心穏やかになる。

 畜産、農業も盛んで食料に困ることもなければ、衛生面で気になるところもない。

 

 排泄事情が気になるって? 確かに現代のような下水道があるわけではないが、便器にあたる錬金器具(錬脈回路を繋げて生命力を流すと、決められた錬金術が発動する道具)の力で真水と肥料になる。

 最初は度肝抜かれたが、まあ慣れてしまえば大したことはない。住めば都ってね。

 

 いい村だと思うよ。ほんと。


「これはこれは、誰かと思えば村一番の錬金術師様じゃあねぇか」


 面倒な輩が絡んでくることに目をつむれば。

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