第3話 清白ひよりは髪を切りたい

 あれから数週間が経った。 


 ひより監修の元、俺は様々なモノを錬成した。

 シンプルに火柱や鎌鼬かまいたちを生み出したり、鉱石や物質を作り出したりもした。


 応用で水銀の力から空気と水を生み出し、結合、調整することで氷を生み出したり、

 氷と氷を結合させ、硫黄の力で起爆して雷撃を出せるようになったりもした。

 錬成した剣に炎をエンチャントして炎剣なんて芸当もできるようになった。


 俺が思っている以上にこの地味な三原質はなんでも作れるらしい。

 あっという間に四元素でできることは全てできるようになった。


「すごいね」


 後ろからひよりの声が聞こえてきた。

 彼女は、俺が庭の木に放った雷撃を見てそう零した。


「想像以上かも」


 ひよりは口角を引き上げてあやしく笑った。


「思ったんだけどさ、こんなにいい回路と心臓があるならやっぱエレメント? 属性? えーっと……」

「四元素」

「そう! それ。もったいなかったよな。あれさえ使えれば、もっとコスパよくすごいことができたわけだろ? ないものねだりはよくないけどさ。やっぱ惜しいなあ」

「そんなことないよ。例え強力な回路や心臓があっても、素質がないとあんなことできないんだから」

「素質?」

「そう。基本的に難易度が高いんだよ。三原質だけの錬成って。だからセンスがない人にはできないの。よっ! 天才! 神童!」

「いやっ、褒めんなってそんなさあ」 

「御飯にしよっ」


 そう言って二人並んで木製の家に入っていく。

 今となっては元の世界のコンクリートジャングルが懐かしい。

 ひよりが根城にしているところはとても自然豊かで空気が澄んでいる。アスベストのほこりっぽさがない空間。とても居心地がいい。


 ひよりは窯でパンを焼いてくれた。

 なんでもこの窯ですら錬金術で作ったものだという。

 ひよりの焼くパンはふかふかでイースト菌? だかの香ばしいにおいがする。


 スープをすすっていると、ひよりが声をかけてきた。


「髪、伸びたね」

「ん? ああ、葬儀場で働いてる時、なかなか切る時間がなくてさ。ってあれか、あの時の身体とは違うんだっけ」

「また前みたいに切ってあげよっか」


 小学生の時、ぼさぼさ頭の俺の髪を工作用の鋏で切ってくれた時の事だろう。

 想像の通り、見るも無残な結果となってしまったハズだ。


「ええ!? いいよ。あんときは酷い目にあった。もうお前には切らせない」

「……あの時のままなわけないじゃん。ちゃんと練習してるんだから。ほら、私の髪だって自分で切ってるんだよ?」 


 なるほど。ひよりの髪はとても綺麗に切りそろえられている。自分で切っているのなら大したものだ。よほど腕に自信があるのだろう。

 他人の切るより、自分の切る方が難しいっていうし、どれ、ここは胸を借りよう。


「したら頼むよ」

「オッケー! オーダーは?」

「いつも通りでいいって」


 早々に食事を済ませ、ひよりは椅子とシーツを使って簡易的な散髪台を作る。

 そこに座った俺の髪を、錬金術で作った水で軽く湿らせていく。

 程なくして、バーバー清白すずしろのお勤めが始まった。


「想一さ、錬金術だいぶできるようになったよね」

「あったりまえだろ? 子供のころからさ、少年漫画とか読み漁ってきたんだ。よく練習したもんだよ。腕をゴムみたいに伸ばそうとしたり、水風船を片手で割ろうとしたり、傘を剣に見立てて斬撃波出そうとしたり。そういう積み重ねが活きてきてんの」

「あははは。いつまで経っても子供なんだから」


 シャキシャキとハサミが髪を切る音が聞こえてくる。

 慣れた手つきでハサミを振るうひよりの姿を鏡で見て安心感を覚えた。


「じゃあさ、この際だから世界救っちゃおうよ」

「世界?」


 脈略もないひよりの言葉に心の中で首を傾げる。

 そんな俺のことなど気にもとめずにひよりは続けた


「なんかね、この世界にも魔王? みたいのがいるんだって。そいつが人々を苦しめてるの。だから私たちで倒してさ、世界救っちゃおー。なんて」


 おお、そういうのもいるのか。

 お約束って奴だな。こういうファンタジーに悪役ってのはつきものらしい。

 錬金術を駆使してかっこよくワルモノを退治して人々から称賛を集めるのはきっと気持ちのいい物なのだろう。


 子供の頃に夢見た光景を想像する。

 それでも


「うーん、そういうの、俺はいいかな」


 ひよりは俺の返答を聞いてきょとんとした顔をしていた。


「なんていうかさ、危ないじゃん。そういうの」

「でも、たっくさんの人から褒められるんだよ? 漫画やアニメの世界みたいに」

「これでも俺さ、現世で結構頑張ってきたわけじゃない? 人様のために身を粉にして働いて、まぁ感謝されたり罵倒されたりもしてきたわけでさ。もうなんか、そういう他人のために生きるの、いいかなって」


 ひよりは目をぱちぱちさせながら俺の話を聞いている。


「これからは、自分のために生きてみようと思うんだよね。ほら、今流行ってんだよスローライフってやつ。のんびりと日銭稼いでお昼寝して人生を謳歌おうかする。ああいうふうに生きたいわけで」

「想一はそれでいいの?」

「うん。……出来ればひよりにもそう生きて欲しい。誰かと争って傷つくなんて、そんな危ないことしないでほしい。ほら、どうせ、転生者なんて俺たち以外にもたくさんいるじゃん。その中には野心バリバリでめっちゃチート能力持ってる奴もいるわけで、そういう奴に任せちゃえばいいって」

「…………」


 ひよりは無表情で鏡越しに俺を見つめたまま口を開かない。


 ……失望させてしちゃったかな。


 肉体が若返ったところで、俺の精神年齢はアラサーだ。ロマンを求めるよりも安定した生活をしたい。

 ひよりは十七歳の精神でここに来たんだから、そりゃあ精神年齢に齟齬そごが生じるのは否めないよなぁ。


 恐る恐るひよりの表情を覗き見る。

 俺の心配は杞憂だったようで、ひよりはいつも通りの優しい顔をしていた、


「じゃあそうしよっか」


 そう簡単に言ってひよりは話を終わらせた。

 正直ホッとしてる。変なところで頑固だから多少の口論は覚悟していた。

 ひよりは俺の内心など気にせずに切り続ける。


「はい、完成っと」

 いつもの髪型が鏡の前に映る。いい腕前だ。


「おおーいいじゃん。まじで上手くなってるよ。ありがとね」

「いいよーこれくらい」

「ん……」


 ひよりが俺に離れたところで、急に眠気を感じた。こらえきれずにあくびが出てしまう。


「なあに、寝不足?」

「昨日よく寝たと思ったんだけどなあ。逆に寝過ぎたかな?」

「お昼寝でもしたら? 今日はお日様が照っててひなたぼっこ日和だよ?」


 ひよりが切り落とされた髪の毛を箒で掃きながらそう言った。

 窓の外を見ると花の群れが太陽の光を受け、微笑むように咲き誇っていた。 

 

 確かにこんなにいい天気の中、花畑に寝転がりながら眠るのは気持ちよさそうだ。


「いいね。そうしよう」


 ふらつく足取りで外に出る。一面に咲く真っ白な花の上にその背中を預けた。

 目の前に広がる、群青ぐんじょうの大海が目に染み渡る。きれいな青空だ。

 

「……なんだか、幸せだな」


 大切な人が傍にいて、私生活も充実していて、努力が実り、自己肯定もできる。

 飯もうまけりゃ自然も奇麗だ。 

 とっても良い環境に俺はいる。こんなに幸せでいいのだろうか。


「今度は俺が――」


 自然と瞼が落ち、意識が海の底に沈んでいく。

 快晴の光は、子を慈しむ母親のように俺の体を包み込み、束の間の眠りに誘った。






























 ――きて  しっ  して――


 誰かの声が聞こえる。体を揺さぶられる感覚がある。


 ――大丈夫    しっかりして――


 そうだ、俺寝ちゃってたんだ。庭で。


 ――大丈夫ですか 私の声が聞こえますか――


 ああ、ひよりが起こしに来てくれたんだ。

 なんだか暗い気がする。もう夜になってしまったのかな。だとしたら、とんだお寝坊さんだ。


 ゆっくりと瞼を開ける。目の前に広がる光景は――


「大丈夫ですか? わかりますか?」


 知らない森と黒い髪をした見知らぬおさげの女の子だった。

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