第2話 最弱錬金術師
錬金術には四つの属性がある。
火、水、空気(風)、土。これらを『
これらがこの世界の空間に広がるマナと呼ばれる物質に含まれているらしい。
この世界の人間の身体には『
生命力をこの錬脈回路に流し、体内で吸収したマナに含まれる元素と結びつき、錬金術と呼ばれる現象が起きる。
「それでね、人それぞれ回路の性質が違うの。Aさんの回路は火元素と結びつきやすくて水元素とは結びつきにくい。Bさんの回路は空気の元素とはとても結びつきやすいけど土の元素は全く結びつかない。だから人によって得意な錬金術が違うの」
「へー。ひよりはどの錬金術が得意なんだ?」
「全部」
「え?」
「私はどの元素ともすっごく結びつくよ。だから大抵の錬金術は扱えるんだー」
「……それってすごいことなんじゃないか?」
「歴代の錬金術師でも私よりいい回路を持ってる人は、全体の1%にも満たないんだって」
マジか。これが転生者の特典ってやつか。
もし、この世界がなにかしらの物語だとしたら主人公はひよりなんだろうな。
「じゃあさ。俺は? 俺の錬脈回路? って奴は何と結びつきやすいのさ」
「ないよ」
「え?」
「想一と相性のいい元素はないの。だから想一には四元素を用いた錬金術は使えないよ」
ちょ、マジかよ。そんなのありか?
せっかくそういう世界に来たのに異能使えないの? 俺。
「錬金術が使えないとこの世界でどう生きていけばいいのさ」
「うーん、この世界は錬金術が使えて当然だからね。まともな職には就けないかも」
世知辛い、世知辛いよ異世界。
転生、いや、錬成されて物の数分でぷー太郎確定だなんて聞いてないよ。
生前あんだけ頑張って人様に尽くしたのに、その結果がこれはあんまりだ。
「養ってくれえ、ひよりぃ……」
「でも大丈夫! 四元素を必要としない錬金術もあるから」
ひよりは三本の指を立てる。親指には白い粉、人差し指には黄色い結晶、中指には銀色の液体が乗せられていた。
「なにこれ」
「親指から塩、硫黄、水銀」
「しお!? しおってあの、しょっぱい塩!?」
「そうそう!それと温泉に使われる硫黄と体温計に使われる水銀ね!」
塩と硫黄と水銀!? 火とか水とか、いかにも属性っぽい奴に比べてなんか、こう
「地味じゃないか!? 一気に魔法の世界から現実の化学に引き戻された気分なんだけど」
「しょうがないじゃん。これが錬金術の原点なんだから」
「そんなもので何が作れるのさ」
「例えばこれをこう」
ひよりは3本の指先をくっつける。三つがそれぞれ結合して小さな赤い石が出来上がった。
「なにそれ」
「
「へぇ……」
やっぱり化学だ。全然ファンタジックじゃない……。
「あ! また地味だって思ったでしょ! 辰砂ってすごいんだからね!昔は不老不死の石だって言われてたんだから!」
「別に不老不死になんてなりたくないし……他には?」
「あとはねー、四元素で作れるものはあらかた作れると思うよ?」
「え?」
え? 作れちゃうの?
呆気にとられる俺を尻目に、ひよりは椅子に座りながら続ける。
「今のはね、わかりやすいように現物を出したけど、本来は三つとも物質そのものじゃないの。硫黄は
「ごめん、全然わからない」
「んーとね、塩も硫黄も水銀も、そのもの自体も含まれるけど、もっと大きなジャンルの名称だと思って。そしてこの三つのジャンルを『
「三原質……」
四元素の次は三原質ときたか。いよいよ化学の授業みたいになってきたな。
「でね、この三原質は錬脈回路に必ず組み込まれているの。だからどんな人でも三原質の錬金術は使えるってわけなのさ」
なるほど。錬脈回路と三原質はセットというわけか。
「四元素で作るものはあらかた作れるというのは?」
「火と土は硫黄で、水と空気は水銀で代用できる」
「あれ? ちょっと待てよ。そしたら三原質だけでいいんじゃないのか?」
「それがそうもいかないの。三原質だけの錬成ってすっっっっっっごくパフォーマンスが悪いの。無理に使おうとすると、回路がズタズタになっちゃうのよ。錬脈回路は一度大きく損傷したら最後。二度と元には戻らない。私がさっき見せたでしょ? あれが限界」
「ええ!?」
先ほどの三本指に乗せていた物質のことだろう。
あれが限界なら何の役にも立たないんじゃないか?
「そもそも四元素の錬金術ってようするに三原質と四元素の合わせ技なのよ。例えば回路に流れる硫黄とマナに含まれる火の元素が結合するといわゆる火の錬金術が生まれる。とても簡単にね。硫黄だけで火を出そうとすると
ひよりは、ボードのようなものに次々と書き連ねていく。
「それぞれ結合する四元素と三原質の相関図はこんな感じね」
→火
硫黄→
→土
→水
水銀→
→空気
「だから回路が硫黄よりだったら火と土が得意になる。その中で
「もういいよ」
投げやりにそう答えて椅子にしな垂れかかった。
「ようは、錬金術が使えたとしても、俺の伸びしろはたかが知れてるんだろ? 正直、覚えたとしても時間の無駄だよ」
不貞腐れたように俺はそう吐き捨てた。
意味のある努力はしても、意味のない努力がしたくないのが人間の
「どうせ俺は、役立たずのごく潰しですよ」
俺がそうぼやくと、ひよりは少しだけ口角を上げてこちらに近寄る。
そして俺の手を優しく握った。
「立って」
「へ?」
「いいから」
言われるままに立ち上がる。すると、ひよりは俺の背後に周り、後ろから俺に抱き着いた。
「ちょ、ちょっと――」
「目を閉じて」
ひよりは俺の心臓に左手を置き、俺の右手甲に彼女のてのひらを重ねた。
「心臓の鼓動が身体全体にいきわたるようにイメージするの。できたらその力を右手に集約させて」
言われるがままにイメージする。すると、身体の中に熱が帯びた。
心臓から得体のしれないエネルギーが身体全体に広がるのを感じる。
ドクン、とひと際大きな鼓動を感じた。脳内に力の使い方が浮かび上がる。
まるで忘れたものを思い出したかのように、錬金術の扱い方が脳に焼き付けられていく。
「
ひよりの言葉が右耳を抜けて脳に刻まれる。
「硫黄の力を弾けさせてまばゆい光の柱を作るの。自分の命から湧き出る威力を末端から放出させてみて」
意識するまでもなく、右手に力を浸透させていく。すると――
「ほら、出た♪」
目の前には燃え
決して大気中にあるマナを利用したような感覚はない。
「ようするに、
燃え盛る炎柱は未だ尚、衰える気配がない。
「想一に刻まれた回路は、不壊の龍脈。想一の生命力が巡る心臓は、不沈の太陽」
ひよりは俺の右手に指を絡め、炎を鎮めた。
「どう? これでやる気出たでしょ?」
いたずらに笑う彼女とは裏腹に、俺の心は自分の身から溢れだす力の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます