第1話 筋肉、爆誕っ!
意識が覚醒する。
目がよく見えないので分からないが、自身の胸の鼓動を――確かな心臓の音色を聞く限り私は無事に転生することができたようだ。
しかし、ここはどこなのだろうか?
何やらふわふわと浮いている気がするし、体全体が暖かい何かに包まれているようにも感じる。
私はしばし考え、ある一つの結論に至った。
そうか、ここは母の胎内なのだ、と。
考えてみれば当然だ。
生まれ落ちた瞬間に魂が宿るのではない。
胎内にいる時にはもう魂が宿っていてもおかしくはないのだ。
なぜなら胎児だって生きているのだから。
そんなのは当たり前のことである。
私は心地よい浮遊感を味わいながら、これから生まれ落ちる異世界へと想いを馳せた。
いったいどんな世界が――そしてどんな筋肉が待っているのだろう、とトキメキながら。
◇◆◇◆◇
いったいどれぐらいの時が経ったのだろうか?
母親らしき人物がお腹越しに私を撫でてくるを感じ取れるようにはなったが、相も変わらず私は胎内にいて、いいかげん浮遊感にも飽きてきた。
そう。退屈を持て余していたのである。
よく母親がなにか語り掛けてきているようだが、当然私に言葉はわからない。
やっと音を感じれるようになってきたばかりであるし、それにここは異世界なのだ。
さすがにこうも退屈な日々が続くとなると、私にできることなどひとつしか思い浮かばない。
そう。筋肉トレーニングである。
胎内でトレーニングなどできるわけがない、と普通なら思うところかも知れない。
だが、ボディビルダーだった私は知っているのだ。
体をほとんど動かすことなく筋肉を鍛えることができるトーレニング、『アイソメトリクス・トレーニング』を。
アイソメトリクス・トレーニングの特長は、器具を使うことなくほぼ同じ姿勢のまま筋肉を鍛えられるところにあるだろう。
ただ単純に力を込め筋肉を緊張させ負荷をかける。
たったそれだけで鍛えられるのだ。
私はこれを体のありとあらゆる部位、そして全ての関節のあらゆる角度で行った。
飽きることなく。ただひたすらに。
◇◆◇◆◇
また時が経った。
母親の言葉がなんとなく理解できるようになるころには、私の肉体も“それなり”のものに仕上がってきてように感じる。
体感時間で日に三十時間という矛盾のみが生み出す過酷なトレーニングを続けてきたのだ。
筋肉も育つというもの。
――そして、ついに待ちわびたその『瞬間』が訪れようとしていた。
結論から言おう。
難産であった。
それでも頭だけは出た。
頭だけは出たのだが、赤ん坊としては異常な筋量を持つまでになった私の首と肩の筋肉が、外の世界へと繋がる出口でつっかえてしまったのだ。
これはゆゆしき事態である。
母親の苦しそうな呼吸に、産婆らしき女人の慌てる声。
父親だろうか? 母を励まし続ける男性の声も聞こえる。
どうやら事態は私が思っている以上にひっ迫しているらしい。
仕方がない。
ならば手をかそう。
猫ならぬ赤子の手をかそうではないか。
私は両腕と首の筋肉を使い、いちど頭を出口から胎内へと引っこめる。
「えっ、えぇぇぇ!?」
誰かさんが驚きの声をあげるが、いまは気にしている猶予などない。
そんなのは当たり前のことである。
私はまず、めいっぱい伸ばした右腕を出口から出す。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~っ!?」
産婆らしき女人の悲鳴が聞こえるが、この程度で悲鳴をあげてもらっては困る。
続けて左腕。
「どわあぁぁっ!?」
父親らしき男性の驚く声も聞こえるが、私はまったく動じない。
両腕を出口から出すことに成功し準備ができた私は、そこで両手を母親の太ももの付け根の辺りに置き支えにすると、大胸筋を広げ水泳の平泳ぎのように勢いをつけ一気に出口からとび出していく。
にゅぽんっ、と。音を立ててながら。
だが、勢いがつきすぎてしまったのだろう。
母親の出口から勢いよくとび出した私は、驚愕に身を震わせる産婆にキャッチされることなく、そのまま床へと叩きつけられてしまった。
「きゃーーーーーーッッッ!! あ、あ、あ、あぁぁぁ!?」
産婆が上げたかん高い叫び声。
その悲鳴は床に叩きつけられた私の身を案じてのことか、それとも赤子として常軌を逸した肉体を持った私への歓声か。
ボディビルダーには産湯に浸かる時間などない。
床を転がった私は
胎内で下半身も鍛えていた私に立てないはずがないからだ。
野生動物は生まれてから僅かな時間で立ち上がる。
ならばボディビルダーに立てないわけがないではないか。
久しぶりに感じる重力を全身に受けながらも立ち上がろうとして……不覚にも僅かによろめいてしまった。
情けない。
こんなことでボディビルダーを名乗れるものかっ。
私は己を叱咤し、そばにあったベッドに手をつきながら再び立とうと試みる。
その途中、腕になにかが絡みついてくる感触があった。
まだうっすらとしかものを認識できない目で見れば、なんとそれはへその緒ではないか。
私は生まれたばかり。
ならば未だへその緒が繋がっているのも当然のこと。
そんなのは当たり前のことである。
私は両手で絡みついてきたそのへその緒を掴むと、一呼吸ののち迷うことなく引き千切った。
「な、なななななななッッッ!? え? え? えええ~~~~~!?」
また産婆らしき者が驚きの声をあげるが、きっと私の逞しさとワイルドさに畏敬の念を抱かずにはいられなかったからだろう。
ともあれ、私はへその緒を適当に結び深呼吸をひとつ。
意識を集中する。
そして支えにしていたベッドから手を離し、己の脚だけで立とうとバランスを取った。
「おぉっ!!」
父親らしき男が歓声にも似た声を発した。
おそらくは異世界史上、最速で立ち上がった我が子に感動しているのだろう。
だが、この程度で心動かされてしまっては困る。
私はボディビルダーなのだ。
むしろ本番はここからである。
両脚を広げ床板を踏みしめた私は、ダブルバイセプス(胸を開いて両腕で力こぶをつくるポージング)をしながら、産んでくれた母とこの場にいる父、そして筋肉を鍛えられる喜びに打ち震えながら全てのものに深く感謝し、この世界で初めてとなる産声をあげるのだった。
「……おぎゃあ」
と。
次の更新予定
ボディビル転生 ~筋肉を鍛えまくった私が最強なのは当たり前のことである~ しもつき @genzi
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