第4話 優しいキス

 車で数分しかかからない距離のホテルに入る。綾乃が受付を済ませる。それでも、自分が彼をうまく導いてやれるかどうかの自信は無いのだった。


「ここみたいね」


 綾乃が鍵を開けて先に入室する。さっきまでの涼介の快活さは消え、無言なのは緊張しているからだろう。


「……ちょっとシャワー浴びてくるね」

「あ、はい!」


 歳上女性として立ち回れるほどの余裕は無かったが、せめて緊張をほぐしてあげようと懸命に考える綾乃だった。それは、彼が好みなのもあるがという縁への感謝にも似た感情から来ているのかもしれなかった。

 汗を流せた心地よさから綾乃はだんだんとリラックスできてきた。


「ただいま」

「お、おかえりなさい……」

「ほら、じゃ、お風呂入ってきなさい」


 わざと強めの口調でけしかける。涼介も満更でもない様子で元気に返事をしてバスルームに向かった。

 

(亮介が二十歳ぐらいの頃って、どんなだったんだろう)


 そんなことをぼんやりと考えていたところに涼介が戻って来たのだった。


「ただいま戻りました」

「はーい、おかえりなさい」


 立ち上がった綾乃は両手指で涼介の頬に優しく触れると、そっと口づけをする。


「キスも初めて……?」

「もちろんです」


 綾乃の手先が背中を這う度に、ビクンと反応するところは――。そこから、綾乃はいつも亮介にするようにした。ほどなくして涼介は思わず腰を引く。


「だ、大丈夫?」


 綾乃も思わず心配してしまったが、彼は困惑と羞恥の混ざった表情を浮かべた。


「ごめんなさい……」

 


 ◆



 シャワーを済ませた涼介が潜り込んでくる。


「そんなによかったの?」

「はい! 気絶するかと思いました」

「あはは、そんな大袈裟な」

「ほんとですよ。想像以上でした」


 びっくりしたが悪い気はしない。温泉旅館でのことを思い出し、綾乃はちょっかいをかけてみる。


「若いっていいね」


 確信めいた笑みをする綾乃。


「わかるわよね、優しいキスをお願いね」


「は、はい!」


 夢中の二人。


「綾乃さん、俺もう……」

 

「ダメよ!」


(この調子ならたぶんずっと元気そうだしね)


 涼介を見下ろす綾乃は、目を合わせたまま迫る。ゆっくりと二人の距離が縮まる。

 

「どう? 感想は……」


 フフっと微笑み、涼介の手首を綾乃の方へ持ってくる。長身に比例した涼介の長い指先が白魚のように舞い泳ぐ。

 もちろん亮介とは違う。肌質も何もかも。ただ、涼介の肌を通して伝わってくる気持ちは近いものがある。好意や愛情と似た感情。それが何なのかはわからないが。


 律動は一旦停止し、その幅を少しずつ大きくしていく。呼吸もやがて深く落ち着いてくる。綾乃はそのまま涼介へと倒れ込む。


「ちょっと乱暴過ぎたかな?」


「とんでもないです」


「嬉しいわ……」

 

 涼介はまた自分に力がみなぎってくるのを感じた。


「今度は僕の番です」


 呆気に取られていた綾乃の表情は、感激の笑顔に変わった。

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