第3話 ペースに乗せられて

ケーブルカーを降り、坂を下る。帰ると決めたからか、陽の光も心なしかいっそう傾いて見える。昇り階段での疲れもあり、だんだんと足が重くなってきた気がする。


「あの……さっきは、お疲れ様でした」


 土産物店に入ろうとした綾乃に男性が声をかけた。

 

「え? さっき……?」

「倒れた女性の介抱で一緒だった者です」

「あ! ああ、ああ、そうなんですね。すみません、全然周囲を見れてなかったので……」

「そうですよね、それどころじゃなかったですよね」

「いえいえ、失礼しました。駅員さん呼んでくださった……方ですよね?」

「はい、そうです。少しは覚えててくれたようで嬉しいです」

「あはは。すみません」

「お一人なんですか?」


「はい、友人が急用で来られなくなっちゃったんです」


「そうなんですか。それは残念でしたね。観光地に一人ってちょっと心細くないですか?」

「うんうん! なんか寂しくなりますよね」


 長身に切れ長の目が特徴的なこの男性は付近に住む大学生で、バスとケーブルカーを使って登山の下見に来ていたらしい。


「へえ〜。じゃ、山登りでまたここに来るんだ」

「はい!」

「立ち話もなんなんで、お茶でもしませんか。友達と行こうと思ってたカフェがあるんです」


 1分もかからない距離だが、知らない男性と車で二人きり。

 車のドアを閉めた瞬間になってやっと初めてそう自覚した。感じが良いとはいえ見知らぬ他人なのだ。自分が軽率だったかもしれないと反省しつつ、同時にひらめくものがあった。



「あの、ホテル行くのはどうかな?」



「え!?」

「あ、冗談冗談! いや、汗かいちゃったしなぁとか思って」

「……」


 いくらなんでも唐突過ぎた。T君との事後報告に対する亮介のリアクションがあまりにも嬉しかった綾乃は、またそのチャンスが来たのだと飛びついてしまった。自分の勇み足に恥ずかしくなる。


 

「ごめんね、びっくりさせちゃって。やっぱりカフェ行こうね」

「……それって」

「うん、まぁ、でも忘れていいからね、驚かせてごめん!」

「行きたいです」

「え?」

 

「行きたいです、お願いします、僕、まだなんです。いろいろ教えてもらえませんか?」


「あ……あら、そう……」


 予想外の展開に固まってしまった綾乃だった。


「涼介っていいます、よろしくお願いします!」


「あ、私は綾乃……っていいます」


 まさかの。夫と同じ名前の男性に声をかけられるなんて。漢字も違うし、「りょうすけ」はそう珍しいものでもない。外見は全く似ていないが、こんな偶然ならいやが上にも親近感が湧く。綾乃は彼のペースに乗せられていくのだった。

 

 「頂上で綾乃さんを見かけて、すごく魅力的だなって思ってたんです。でもあんな状況では声なんてかけれなくて。それで下山して帰ろうとしてたら再会できたんで勇気を出してさっき……」


 「声をかけてくれたわけね。……いいわ、行こう。」

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