魔法少女、百合薔薇桜
犬道(いぬみち)
第1話
「生きたいかい?」
当たり前だ。死にたくない。
「今の人生を続けたいかい?」
それは嫌だ。
「新しい人生なら?」
それなら――、
「うん、契約成立だね」
そうして、暗闇に光が灯された。
■ ■ ■
「あっ!ああっ!やだあ!」
身体に纏わりつく粘質な触手に弄られ、思わず声をあげてしまう。
敏感な尻尾を締め上げられ、力が出なかった。
頭の三角耳をピクピクと震わせて、胸元の青いリボンを激しく揺らし、白いミニスカートをはだけさせながら、囚われの少女は身体を捩らせる。
「ペルニャ!」
仲間の叫び声。
――油断してしまった。魔力の弱いモンスターだと思い込み、弱らせる前に近付きすぎてしまったのだ。
「シバーヌ、動くんじゃないッ!」
「く――」
魔女の言葉に、シバーヌ――犬の耳と尻尾の生えた魔法少女が唇を噛み締める。
魔法少女側は猫型魔法少女である自分――ペルニャとシバーヌの二人、魔女側はモンスター一体だけでこちらの優勢だった。
――魔女自身に戦闘能力は無い。
そして、この世界には魔法少女と魔女が存在する。
正義の魔法少女と、悪の魔女。正しい若者と悪い大人の戦いだった。
魔女たちは魔法少女を誑かし、魔女なれと囁くのだ。
甘い罠を張り巡らせて、世界を混沌へと陥れようとしている。
感情を暴走さて怒りを正義であると叫び、少数派の痛みを多数派に叩きつける。
男女は平等であるが、男は悪で恋愛も悪。男に媚びる女は邪悪な存在で、他人に頼る心は魂の穢れからくるものだと。
だが、その言葉の殆どは、旧態依然とした男性社会に蔓延るルールに他ならない。
その主張が許せず、自分はこの戦いに挑んでいるというのに。
――この様だ。
「あんっ!」
衣服の中に触手が入り込んだ。背中に気持ちの悪い感触が走る。
水気を帯びたそれは、滑らかに肌を伝い柔らかい肉を擦っていく。
「いたいっ!」
左右の腕がバラバラの咆哮に引っ張られ、関節が激しく痛んだ。
涙を浮かべて空を見上げる。
青い空に白い鳥が待っている。眼下の戦闘には目もくれず。
戦闘態勢に入った魔法少女たちを認識で切る存在はいないからだ。
魔女が公園で遊ぶ子供たちを見下ろし、
「ふん、のんきなものね。こんなには苦しんでるアナタが目の前に居るというのに」
しかし、ペルニャはそれでいいと考える。
他人の痛みを感じて苦しむ必要などはない。そうしなければ、自分の痛みを感じた時に耐えられなくなってしまうから。
そうして、魔女が生まれるのだ。
「そんなこと、ないっ!」
視線を落とし、笑顔で子供たちを見守る母親達を見据えて叫んだ。
「ボクは、みんなの笑顔を護る!」
ショートカットの前髪を震わせると、ペルニャは全身に魔力を巡らせた。溢れる魔力が身体を輝かせる。
ステッキを使わない、純粋な魔力放出。
「無駄よ。必殺技以外の魔力を、その子は吸い尽くすわ」
そう、ペルニャがモンスターに捉えられたのはその性質が原因だった。パンチやキック、魔力を纏った通常攻撃が全く通用しない。
接敵直後に必殺技で倒す。それが、この相手を倒す唯一の方法だったのだ。
しかし、
「諦めないっ!シバーヌッ!」
モンスターに全力の魔力を吸収させながら、ペルニャは仲間の名を呼んだ。
その力強い声にピンと犬の尻尾を立たせると、シバーヌは頷いた。
魔法のステッキを水平に構える。
「まさか!」
その動作気付いた魔女の顔に驚きの色が浮かぶ。
「響く歓喜の声、絞り出す生命の源――」
「やめろ!仲間ごと吹き飛ばす気か!」
先程までの余裕は吹き飛び、赤く茹った顔を醜く歪めていた。
その表情から推測できる彼女の心情を汲んでしまい、ペルニャは心を痛めた。
驚き、悔しさ、憎しみ。
それでも魔力を込め続ける。モンスターを自分に釘付けにするために。
――わたしは痛みも、苦しみも、耐えられる。大人だから。
「はあああ――!」
構えたステッキに複数の赤い魔法陣が浮かび上がり、
「打ち鳴らす喜びの拍子!混ざり合う灼熱の花蜜!」
魔法が完成した。
「いくよ――」
熱が空を走り――、
「エクスプロード・ニトロ・コキュートス!!」
力が弾けた。
□ □ □
魔女だった女を抱きかかえ、頭を撫でる。
「大丈夫だよ、少し休んで。きっと貴女の心は――」
魔女には伝わらないかも知れないが、ペルニャは小さな声で言葉を紡いだ。
「んっ――、あれ?私・・・」
公園の地面に座り込んだ女が目を開き、辺りを見回す。
当然、ペルニャの事には気付いていない。
「なにやってんだ、こんなところで!眩暈?うそ、え、健康診断は何ともなかった筈。ストレス?ヤバ!やっぱ今の仕事向いてないかな――。ううん、アイツと別れてから――」
ブツブツと早口で呟きながら立ち上がると、こめかみを抑えながら去っていった。
「ふふ、元気そうでよかった」
思わず口元が緩んでいた。
「人が良すぎるよ、ペルニャ」
「そんな言い方はダメだよ。シバーヌ」
叱るようなシバーヌの口ぶりを、宙に浮かぶ白黒のマスコットが窘めた。
「だって、こんなにボロボロになって――」
シバーヌがペルニャの手を握った。しっとりと汗ばんだ両の手で。
「し、シバーヌ――」
「大丈夫。誰にも見えてないよ」
言いながら手の甲、小さな傷に舌を這わせる。
「ひゃっ!」
急な痛みに声をあげてしまう。
「ほら、痛いでしょ。じっとしてて」
犬のようにざらついた舌で何度かシバーヌが傷を舐めると、みるみるうちに塞がっていった。
彼女の特殊能力、ドッグセラピーだ。舐められた傷は癒え、荒んだ心も凪いでいく。
「は、はずかしいよ――」
言葉とは裏腹に肌に伝わる感触を心地よく感じ、心が満たされていく。
「ん、ぺろ――、ぺろ――」
こちらの言葉を無視し、シバーヌは両手の傷を舐め回していく。
――もっとして欲しい。
身体が勝手に他の傷を差し出していた。
「ん――、んん――――」
締め上げられて痣のついった腕を、手の甲から肘までをシバーヌの舌が優しく往復する。滑らせる為に、口の端から唾液を垂らしながら。
右が終われば左。その次は二の腕上がる。
「ぺろ、ぺろ、ぺろ――」
膝から肩。そして、
「ん、んん。くすぐったい――ひゃっ!」
脇に差し掛かったところで、その感覚に耐えられずに身体を捩じらせる。
「こら、うごかないで――」
子供を諭すように優しい口調と裏腹に、シバーヌがペルニャを抑える腕には力が込められていた。
「あ――」
くすぐったさに膝の力を失い、推し崩されるように地面に倒れる。
目線が下がり、砂場で遊ぶ子供たちが目に入った。
急な気恥ずかしさを覚え、
「や、やめよ?こんなところで――」
と提案した。
せめて人が居ないところへ場所を変えるべきだ。
だが、
「むり」
それだけ言うと、シバーヌは執拗に脇を舐め続けた。
「う、うう!ううう~~~~!」
涙を浮かべ、口を引き結んで耐える。
そもそも、脇は傷が無いように思えるのだが、シバーヌは一心不乱に脇を舐める。犬尻尾をぶんぶんと振り、鼻をスンスンさせて。
恥ずかしさで顔に火が着きそうだった。
もしかしたら、犬の本能を刺激するような匂いがあるのかも知れない。
確かに、昔飼っていた犬に、足の裏や尻を嗅がれた事もある。
「ぁ」
そして、もう一つ思い出した。
「ふぅ――!ふぅ――!」
量の脇を堪能したシバーヌが、潤ませた瞳を向けている。
――顔を舐められる。
それだけは。
「ペルニャ、ペルニャ――」
「ま、まって――」
抵抗しようとしたが、上半身を地面に押さえつけられてしまっており、身動きが出来ない。
涎で光沢をもった唇が近づき――、
「あ――」
漏れ出た小さな声。その中に混じってしまったものを自覚し、力が抜ける。
その動きにシバーヌは目を細めると、
「期待、してんじゃん」
理性を取り戻したかのように笑った。
そして、長い睫毛が、ゆっくりと、近づく。
そして、
「んっ」
柔らかな感触が、唇から全身へ広がっていった。
■ ■ ■
人生を悲観する人間をスカウトし、人生をリセットする対価として労働力とする。
その目的は人類の平穏の為だった。
魔女が減れば、人々の心は安定する。
そして、人々の心が安定すれば、自分達「マスコット」の存続が可能。そう考えられていた。
白と黒、二色で彩られた生き物が呟く。
「でも不思議だなあ」
思う。
今目の前で繰り広げられているのは、親愛を示す行為である。
しかし二人共、元々の人生ではお互いが嫌いなタイプの筈だった。
それは元の「容器」に記録も残っている。
だが今はどうだ?
好ましい相手として認識し合っている。
彼女達の性格、好みに大きな変化は無い。
違いがあるとすれば、今の二人は魔法少女、つまり若いとなっている事だった。
元の『容器』では魔力に耐えられない為、専用の『容器』で過ごして貰っているのだが――、彼女達は数か月前まで、「少女」と言えるような存在ではなかったのだ。
「でも、この結果は素晴らしいね」
魔法少女となったヒトビトは、利便性、裕福度といったモノではなく、本当の意味での幸せと充実を掴む傾向にあった。
目の前で絡み合う二人は、少なくとも少女では無かった筈だったのに。
性別や年齢というのは自分にはよくわからないが――、
「やっぱり、全人類が魔法少女になれば、世界は本当の平和を得られる。ウチの仮説は間違っていないのかも知れないな~」
そう言って、「マスコット」はニンマリと笑った。
青い空の下、子供たちの笑い声に紛れて、喘ぐ二人の魔法少女を眺めながら。
「そうだ。元の『容器』でも戦えるように、研究も進めないとなー。専用『容器』はコストがかかるし!」
魔法少女、百合薔薇桜 犬道(いぬみち) @Inumichi
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