第13話 帰路

「その調子だと何か手がかりでも掴めたのか?」


「まあ、大方予想通りといった感じですかね」


レーリッヒとロンターは薄暗い部屋の中で互いの顔を見ることなく、静かに佇んでいた。信用できる相手ではないのだろう。双方の目は冷たく、冷淡だ。


「ですが、アレクト様は白でした。あんな世情に疎い箱入り娘など付け入る隙しかないというのに、さらには魔導適性まである。普通なら敵方に知らぬまに利用されてもおかしくないというのに、流石はリーベルト様の御子女なだけはあるかと」


「そうか。リーベルトの血は彼女にそこまで強く継がれているのか」


「もちろんです。お顔も拝見させてもらいましたが、そちらはネスィール様に似た美しい顔立ちでした」


「お前のリーベ家の賛辞は何度も聞いた。少しはこちらからも話させろ」


「なんでしょう?」


ロンターは話を遮られたことに目に見えて不満を露わにするが、レーリッヒは大将でロンターは中尉だ。身分の差を気にする必要のないこの閉鎖的な空間でも、さすがに年配者の言うことは聞かなければならない。


「お前はアレクトにも様を付けるのか。それは、ただ、目上の人間に対して儀礼的に呼んでいるだけか?」


しかし、ロンターにとっては、話を止めて、耳まで傾けたにしてはちっぽけな質問だった。答えは最初から知っているだろうに、ほとんど確認に近い質問。無意味な、やり取りだ。


「まさか。私は私の信条に基づいて動いています。例え目上の人間だとしても、気に入らなかったとしたら、私は殴りかかりますよ?」


「…それでよく軍部ここで生きていられたな。今ばっかりは、新大陸に渦巻く謀略よりも、お前の生涯の方に興味を持ったぞ?」


「お戯れを」


ロンターは面白そうに笑う。


「フォンフィール、バルトウィク。可能でしたら、カリン少佐に是非とも知らせたくはありましたが、あの部隊は三手に分かれて行動していたのでしたね。でしたらフォンフィールは始末できません。バルトウィク、彼はランカラに居座っていったい何を企んでいるのやら。まあ、八万の軍勢を前に何かができるとは思えませんが」


そして独り言のように呟いた。声は小さいが、静寂が保たれたこの部屋ではよく響き年をとったレーリッヒの耳にもよく届いた。言いたいことを全て言い終えたのか、懐から時計を取り出して時間を確認すると、どうやら満足したようだった。一人でに小さくほくそ笑むと、部屋を後にする。


部屋を一度出てしまえば、彼もただの一人の将校。その腹の内に何を抱えていようとも、思考が極端に偏っていたとしても、この場では地位が全てを決定づける。ロンターはそれを逆手に取り、ここを隠れ蓑にして生きている。


たとえ彼自身がその認識に不満を持っていたとしても、だ。主観は客観よりは重視されない。されば、他人からどう見えるかが大切なのだ。



「いやー、逃してしまったんですね」


「まあ、そうだな。悔しくはあるが、任務上は撃退が主目的だ。悔しくはあるが、奴が生きている以上いくらでも機会はある。…改めて聞くが、その、彼女は何処で拾ってきたんだ?」


カリン隊長は私の隣に座っている隣を見て何とも言えないような表情をした。私が横を向くとサンドイッチを口いっぱいに頬張っているのは最初は儚げの雰囲気を纏っていた美少女、改めお父様から預けられたケトゥーヴァがいた。


「一応命の恩人ではあるんですよ」


「それは聞いた。『武士』を撃破する実力があり、それでいてこちらに従順な態度を取っていたから連れてくるのを許可、というか二人そろって半泣きされてしまえば、こちらこそ断る理由もないからな」


「私はケトゥーヴァ」


「それはもう聞いた」


カリン隊長はケトゥーヴァの返答に目に見えて頭を抱えた。そう、ケトゥーヴァは少し、少し?情緒が幼いのだ。そこが可愛げもあったりするのだけれど、隊長が悩むのも納得ができる。


「アレクト、改めて聞くが、いったいどこからこの子を拾ってきたんだ?見た目に対してあんまりも幼いぞ?」


「あの子もなのっている通り、その子の名前はケトゥーヴァと言います。絶妙に言いにくい名前をしているのは、その子が剣が自我を持った存在だからですね」


「…?」


その後は素直に、というか、誤魔化しようがないので今までのことを包み隠さず話した。ケトゥーヴァが原初の五剣の一本であること、リーベ家にとって、彼女の持ち主は後継者であるということを暗に示しているものだということ、など一から百まで全て。


「…そうか、お前がこんな状況で嘘をつくとは思えないし一応は納得しておこう。ただ、面倒は見れそうなのか?」


私はすぐに答えることができなかった。正直言って私は普段の生活ですら介護が必要なお貴族様なのにケトゥーヴァの世話なんてできる気がしない。それに今まで何も言わず食わずだった剣なのに、人の形になれば新たな出費も必要になるだろう。家には多分人一人分増えても問題ないほどの金はあるけれど、今の私は軍に身を置いている身だし、何かあった時の責任はきっと私に回ってくるのだろうし、責任はできるだけ負いたくはない。


「大丈夫。別に私は食べなくても寝なくても問題ない。だって、剣だから」ハムハム


いや、だったらなんで口を動かしているんですかね?ほら、カリン隊長もなんだか遠い目をしていますし。


そんなことがありつつも、必要のない食事を終えたケトゥーヴァはようやく話す気になったらしく、ナプキンで口を拭くと気持ち上機嫌に話し始めてくれた。ケトゥーヴァにも味覚がるのだろうか。人間の姿形をしているのだし、現にこうしてコミニケーションも取れているので、味覚だけが備わっていないなんてことはないだろう。


「ん。改めて、私はケトゥーヴァ、原初の五剣の一本め。今回私がわざわざ目覚めたのはアレクトが魔力適性があったのに死にかけたから。それで、なにか、ある?質問」


「じゃあ、私があの時、戦いに勝っていれば姿を現してくれなかったんですか?」


私は長らく解消されることのなかった疑問を聞いてみる。私の言葉をケトゥーヴァは少し首を傾けながら聞いて、少し間を置いてからコクリと頷いた。


「うん。でも、声はかけてあげてもいいかな、とも思ってた。私の主人はまだリーベルト様だけどあの方はすでにアレクトのことを後継者に決めているみたいだから」


「ということは、お父様は、ケトゥーヴァのことを知っていたから私のことを安心して送り出せたってことなんですね」


私が納得して言うとケトゥーヴァは静かにフルフルと首を横に振る。


「それは違う。リーベルト様は魔導適性がなかった。適性がないと私を感じ取ることはできないから、残念だけど…」


そして残念そうに俯いてしまった。魔導適性とは彼女?にとって主人となるものとコンタクトを取るために必要不可欠なものらしい。


「でも、魔法が使える人間が現れたのって三年前からですよね?」


けれど、魔導適性を持った人間が確認され始めたのは三年前のはずだ。確かに確認されていないだけで、三年前から魔導適性のある人間はいたのかもしれないけれど、それより前に魔法を使えたのならば大ニュースになるだろう。その事実は世界中に広がり、オカルティズムが再び盛んになるのも想像に難くはない。


もしかしたら、政府がその事実をひた隠しにしていたという線もあるけれど、そっちの方もあまり現実的ではない。少なくとも三年間で七千人もの魔導適性者が見つかっているのだから、収監するだけでも違和感はあるだろうし、貴族ともなれば黙って引き渡したりはしないだろう。そうなれば政府の対応を糾弾し、私兵を集めて軍事行動も辞さないのが旧貴族だから。


「違う、魔導は神に認められた印。神々に愛された器である証拠。魔力は奇跡。神々が使う燃料みたいなものなの。器にその都度注がれて、行使することができる。でも、神は気まぐれ。気に入られるかどうかはそのときどきによるから、たとえ宗教に敬虔でも、気に入られるかはわからない」


「なるほど、ヴィルヘルム陛下が魔力は器から掬うように使うと言ったのはそれだからなんですね」


「アレクト、お前はあの説明で理解できたのか?」


「もちろんですよ」


お父様はいつも必要最低限のことしか教えてくれない口下手な人だし、魔法の話になれば何を言っているのかわからないのにはもう慣れた。今回は神話のように抽象的で神とかよくわからない単語が出てきているけれど、必要な部分を摘み取ればある程度は話の内容がわかるようになる。


「いいですか?ケトゥーヴァの話は神話のようで、話の内容が分かりづらいです。ですけど、比喩表現にはなりますが、私たちのわかるような尺度で話してくれてもいます。一つめは魔導でしたね。少し分かりづらいですけど、これは私たちの魔道適性の有無についてのことです。二つめの魔法については、魔導適性があった人間が使えるものみたいです。だから魔法を使うには魔導適性が必要。そして、それは神が授けてくれるで、その神も気まぐれなので欲しくても貰えるものではない、とケトゥーヴァは言っているんだと思います」


「ならば、私にこんな力を与えた碌でもない神は誰なんだ?」


唐突だった。カリン隊長はたまに前提とか色々飛ばして必要な情報だけを教えるように言う癖でもあるのだろうか。視線が冷たく、手足の先端から体温が抜けるような感覚になる。


「私には、分かりません。ケトゥーヴァが何を思って神を使って比喩をしたのかまでは。というか、隣にいるんですから、直接聞けばいいじゃないですか」


カリン隊長はケトゥーヴァに厳しい目線を向ける。少し失敗だっかかもしれない。我が身可愛さにケトゥーヴァに責任を押し付けてしまった。私も静かにケトゥーヴァの方を向いてみる。謝罪の意を込めて。けれど、私の目の前にいたのは儚げな少女ではなく、古きよりその黄金の目で帝国を見守ってきた信仰の対象だった。



ケトゥーヴァは隊長の、沸点のわからない怒りをまっすぐに受け止めているにも関わらず、今までと変わらない無表情で受け止めていた。


「神…そうね。神なのかはわからないけれど、少なくとも人間がそう呼んでいるのなら、私も異論はない。アルテーヌ・バレンツィオ。建国神話にも出てきているはず。彼女は、私の概念を一本の剣に固定したあの神は、神話にも出てきたように剣神でもあり、コルト帝国の守護神でもあり」


「皇帝との婚約者でもある」

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