第5話

 啓一の朝はいつも早い。

 しかし博美の朝は普段はそこまで早くはない。


「珍しくはやく起きてると思ったらお袋、なんだこれ?」


「何ってお土産よ?昨日結局帰れなかったからね。私は今から寝るの」


「何がお土産だ!こんな幼虫みたいな見た目が土産でたまるか!」


 博美がまたしても起きてると思いきや、蜂の子が食卓に並んでいることに意を唱える啓一。

 異世界でも昆虫食がなかったわけではないが、とても美味しいものではなかった為、啓一は嫌悪感を隠さずにキレた。


「あんた、蜂の子は栄養もあって美味しいのよ?」


「どんな味でも調理の仕方で変わる。だが虫はどう調理しても無理だ!あの食感が口を支配すんだよ!」


「あんた食べたことはあんのね・・・まぁ人に好き嫌いあるから、とやかく言う気はないけど」


「栄養ってんなら朝は納豆食えよ」


「臭いから嫌よ」


「じゃあお袋にさっきに言葉を返してやるよ」


 啓一は博美に文句言いながら額の血管を浮き上がらせ、納豆を混ぜながら席についてご飯を食べ始めた。


「あんたどっかいくの?いつもならランニング前に何か入れないわよね?」


「いや、今日は学校行く前にちょっと寄るところがあるから朝の鍛錬は無しだ」


「危ないことじゃないでしょうね!?」


「過保護だな。心配しなくても危ないことじゃねぇよ」


「あんたサラッとチンピラとかヤクザとかに喧嘩ふっかけそうで怖いのよ」


「・・・」


 覚えがないわけではないため、一概に否定せずにいると、博美は眉間に皺寄せて啓一を睨みつける。


「何その顔。あんたまさかもう吹っかけたんじゃないんでしょうね!?」


「チンピラやヤクザにはねぇよ」


 昨日の警官とのやりとりを思い出したが、嘘はついていない為すぐに首を振った。


「他にならあるのね!」


「落ち着けって!昨日マチさんのパン屋寄った時、少し言いがかりをつけてきた警官に感じの悪い態度を取っただけだ」


「警官?まさかBSF?」


「お袋知ってんのか?」


 落ちこぼれ集団だと思ってた啓一は、普段からテレビやネットで話題にならない彼らを知らないと思っていた。

 いくら博美が記者とは言っても末端情報がすぐに思い浮かぶはずもない。

 つまりBSFはそれほどの組織と言うことになる。


「まぁマチんところってことは学園街ね。それじゃあ、あんたが会ったのはパトロール組だろうから気にしなくてもいいと思うけど、学園内に入ってくるBSFには絶対に態度を悪くしないこと!」


「なんか違うのか?」


「知らない・・・のも当然か。調べれば出ると思うけどそんなことわざわざ調べないものね。BSFは警察であのSATに並ぶ特殊部隊なの」


「SATってあの警察の特殊部隊のか?漫画の中だけかと思ったが、本当にいるんだな」


「そうよ。よく漫画の中ではテロとか起きると出動してきてたでしょ?その部隊と併設して異世界帰還者だけで構成された組織がBSFよ」


 啓一はSATも見たことないし、BSFも昨日のチンピラまがいの奴しか見ていない。

 そのためイマイチ頭にピンと来てはいなかった。


「ほーん。まぁいいや。昨日の連中みたいのが他にもいるってことだろ?覚えとくわ」


「あんたどうでもよさそうねぇ。パトロール部隊は正確にはBSFじゃないのよ」


「どうせエリートしか入れねぇってとこだろ?」


「いや、その通りだけど」


「大丈夫だ。お袋が心配しなくても、喧嘩ふっかけたりしねぇよ」


「あんた、子供の時はよく喧嘩して帰ってきたら心配よ」


「まぁそんときはお袋も一緒に謝ってくれよ」


「あんたねぇ!」


 二人は親子だが、成長過程を共に過ごすことはなかった。

 だから博美が必要以上の心配をかけるのも、啓一は受け入れている。

 

「それにしてもこんな早くにどこ行く気?」


「いや、ちょっと気になることがあってさ。学園街にでけぇがいたんだよ」


「あんた昔から虫嫌いでしょ。カブトムシ取りに行かなかったじゃないの」


「そりゃな。大嫌いだから、ちゃんと潰しとかないとだろ?」


「あんたがそこまでしなくても。それに潰してもまた出てくるでしょ」


「そりゃそうしたら、また潰すだけだよ。害虫を探す時間もあるから、もう行くなー」


「そう、朝早くからよくやるわね。私は寝るわ。じゃあおやすみ」


 そういうと博美は寝室へと戻っていった。

 そして啓一も、カバンを持って家を出る。


「悪いなお袋」


 まだ朝で犬の散歩をしてる人すらいない通り道で、啓一の博美に対する謝罪だけが小さく呟かれる。


「さて、害虫退治としゃれこむか」


 そういうと鞄をどこかへとしまい、そして異世界での相棒を取り出した。

 いつの間にか啓一はこの世界では見慣れない甲冑に着替えている。

 

「悪いなダインスレイヴ。もうお前に頼ることはないと思ったんだけどな」


『・・・構わん』


「んじゃ、行くか!」


 喋る剣 "ダインスレイヴ" は異世界での啓一の事を唯一知る存在。

 決して短くはない10年と言う長い月日を共にした相棒だった。

 そして啓一とダインスレイヴは二人、暁の空の下を駆け出していく。

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