第4話

 店内にぞろぞろと武装した警官が入ってきて他の客達は怯えている。

 それは当然のこと。

 さっきまで暴れていた勇者を鎮圧しており、中には殺気立っている奴も居たからだった。


「なんだ?ぞろぞろ集まってきて、人が楽しく食ってる時に」


「君達、神域学園の生徒だな!何故加勢に来ない!」


「何故も何も、そんな義務ねぇだろ?あむっ」


 啓一はビタークロワッサンを食べながら、殺気立った男の怒号を軽く受け流した。

 それが気に障ったのか、啓一の胸ぐらをつかみ上げ顔を近づける。


「んだ?警官が民間人に手を出すのか?」


「ただの警官ではない!勇者鎮圧部隊、BSFだ」


 勇者鎮圧部隊を英語表記にした "Brave Suppression Force" 通称BSFは帰還した勇者達の中で神域学園に入学できる年齢を超えていた元勇者が所属する部隊だった。

 元勇者というだけで採用された人材だが、それなりに実力のある勇者は政治家や資産家の護衛など、それなりの仕事に就いている。

 つまるところ言い方を悪くすれば、落ちこぼれの部隊とも言えた。

 そして半ば異世界で魔王を倒して世界を救ったために帰ってきたため、少々増長してしまっているところがあった。


「お勤めご苦労様でーす」


「馬鹿にしているのか貴様!」


「労いの言葉かけただけだろうが。一々突っかかってくんなタコ」


「貴様ぁ・・・」


 今まさに剣を抜こうとしている警官と、何食わぬ顔で食事を続ける啓一の間に入るように、恵が笑顔で警官に話しかけた。


「警官さん、そんな物騒な物は抜かないで食事をしよう?他のお客さんにも迷惑だよ?」


「なんだお前は」


「警官さんの為だよ?じゃないと私・・・」


 するとその場にいた警官の下半身全体が氷漬けに代わる。

 恵が氷結魔法で、警官達を凍らせたのだ。

 店内にいた客に被害を出さないように、店内は炎魔法で室温調整のおまけつき。


「これ、全身に施しちゃうよ?」


「ひっ!」


 一人の警官が恐怖を孕んだ小さな悲鳴を上げ、全員が恐怖に支配された。

 それもそのはずで、恵は動作も詠唱もなく魔法を練り上げたのだ。

 勇者と言っても格がある。

 それは同じ世界で同じ環境で世界を救った訳ではないからだ。

 当然、環境が良い場所で世界を救うのと、環境が悪い場所で世界を救うのとでは難易度が違う。

 恵は後者であるとその場のBSFの部隊全員が理解したのだ。 


「そ、そうだな。しかし本官はまだ職務中だ。勝手に休憩に入るわけにはいかない為、この場は失礼する」


「そっかー、残念」


 恵は心底残念そうにしながら、啓一の横の席に座る。

 啓一はため息を吐きながら、スマホをいじり始めた。

 その態度にイラついた警官だったが、恵が横にいる以上余計なことをすれば自分が返り討ちに合うことを理解し、その場を後にした。


「啓一くん、魔法使えないのに余裕だね」


「高須がどうにかしてくれると思ったからな」


「他力本願?」


「人聞き悪ぃな。適材適所って言ってくれよ」


「女の子にかっこいいところ見せようとは思わないの?」


「今時は女が男を守るもんなんだぞー?」


「んなわけあるかい!」


 机に強く叩きつけた様な音と共に、チョコクロワッサンとベーコンバターロールの入った籠が置かれた。

 啓一は手を伸ばすが、その手は二俣の手により阻まれてしまった。

 

「いてっ!」


「あんたも少しは穏便にすましな!厨房で監視カメラ見てたけど、あんなの喧嘩売ってるようにしか見えないよ!恵ちゃんが居なかったらどうするつもりだったんだい!?」


「そんときゃそんときだ。それにあいつらどう見ても素行悪いだろ?俺が仕立てに出てもなんか文句言ってきたと思うぜ?」


「確かにねぇ。でもどうしようもないさね。BSFがあんたら以外に喧嘩を吹っかけてきたら、流石に調理をやめてこっちに来ようと思ったけど」


「そこまでの度胸はあの人達にはなかったみたいだよ?そのままにしておくのが無難と国も思ってんじゃないかな?」


「無難ねぇ、多分無難じゃないと思うぜ?」


「どういうことだい?」


「その前にいただき!」


「あ、こら!」


 パターロールを口へと運びながら、啓一は先ほどの警官達について話始めた。

 啓一に倣うように、クロワッサンをパクパクと食べ始める恵。


「あー、やっぱ肉美味ぇ」


「ちょ、あんた。説明しなさいよ」


 気が付くと店内に居た人も集まってきていた。

 常連ばかりで、啓一がパン屋に通いだしたときに二俣から話を聞いていつも耳を傾けていたのだ。


「んやー、ただ外で暴れていた勇者が見当たらなかったからな。もし外であいつらが突っかかって、高須みたいな手加減のしやすい魔導士タイプじゃない場合、実力行使したらそうなるんじゃね?だって外見てみろよ」


「・・・あれ、向かいの家が直ってる!?」


 二俣は先ほどまでボロボロだった家が、新品同様に直されているのを目にした。

 そして、外には啓一と同じ服を着た男子生徒が、家の主人と会話して頭を下げているのがわかる。


「まさか、あんたが言ってたの本当に?」


「さぁな。外の生徒が偶々通りかかって、直しただけかもしんねぇし。ただあんなチンピラ勇者がいたらいつか、そんなトラブルは起きると思うぜ」


「んー、とは言ってもアタシらにはどうもできないしね」


「まぁ国の方針にちょっかいかける気はねぇな」


「私は多分、啓一くんまた巻き込まれると思うなー」


「まぁあんな絡み方したしな。そん時はまたなんか考えるぜ」


 啓一のその顔に今後を憂う色は見えない。

 ベーコンバターロールを全て平らげ、その日の2人のデートは幕を閉じた。


  

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