第3話

 人は裏切るし、人は他人と接するときは打算的になる。

 高須恵は異世界から帰還して、家族と再会したときに嬉しそうな顔の裏に面倒な奴が帰ってきたと言う心の気持ちを感じ取れた。

 正確には異世界に召喚されたスキルで読み取った。


「こんなスキル、要らなかった」


 帰ってきた高須家に恵の部屋はなかった。

 恵は小学校一年の時に異世界に召喚された。

 異世界に召喚されていた期間と現代世界の期間は同じ時間が経っていて、恵の両親は恵の弟である希に愛情を注いでいた。

 後になって知ったが、行方不明になった恵の捜索は捜索願を出されて以来されてはいなかった。


「私のこと、どうでもよかったのかな?」


 恵の日常は突然奪われた。

 仲のいい友達、大好きな両親、そして生まれたばかりの弟。

 その全てを一瞬で奪われた。

 頼るべき大人は召喚してきた国の重鎮達のみ。

 彼らは恵を勇者と崇め、幼い少女に闘いを強いた。

 そして7歳ながら必死に闘い抜いた。

 戦い抜いた先に絶望が待っているとは知らずに。


「罰が当たったのかな・・・?」


 恵は異世界に帰還する直前の自分の行いを、今も後悔していた。



 神域学園の周りにはその他にも様々な学校や施設があり、学園街と呼ばれている。

 啓一と恵は放課後にその学園街の小さなパン屋、ホープに来ていた。

 客は多くも少なくも無く、小洒落た店だ。


「美味しー!ここのメロンパン最高ですー!中のカスタードもさることながら、カリカリ具合が絶妙で!」


「若い子にそう言ってもらえると嬉しいね!」


 店主である二俣ふたまたマチは嬉しそうにそういう。

 二俣は啓一の母の元同僚で、最近独立してパン屋を開業した。

 まだまだ開業仕立てであるため、知名度はまだまだだが、地域の人達からは名店と噂はたっていた。


「俺はメロンパンはちょっと甘すぎっから、このビタークロワッサンが好きだな」


 啓一はビタークロワッサンを食べながら、口についた砂糖を拭う。


「あんた、小さい頃は甘いの大好きだったのにねぇ」


「そうだったか?」


「啓一くんは隠れ甘党かー」


「ちげーよ。まぁ味覚ってのは時が経てば変わんだろ」


 啓一と恵の会話を見て、二俣は啓一の母の博美を思い出していた。

 博美は啓一が行方不明になってからの彼女は凄まじかった。

 啓一が異世界に飛ばされた日、博美はすぐに警察に駆け込み一か月かけて見つからなかった。

 啓一は博美の旦那の忘れ形見でもあり、たった一人の家族でもあった。

 何より息子を愛していた博美は、決して諦めずに捜索を続けた。

 最終的には、行方不明になっていた息子と再会できた博美を二俣は自分のことの様に喜んだ。


「博美は結局あんたを見つけることは叶わなかったが、よく戻ってきてくれたよ」


「マチさんもお袋を支えてくれてありがとよ。お袋はあんたがいなかったら心が折れてたかもしれないって言ってたぜ」


「嬉しいけど感謝される覚えはないよ!旦那とアタシは息子を亡くした時、博美がそのことを忘れるくらい遊びに来てくれて、あんたの存在がアタシら夫婦を支えてくれたんだ」


「そうか?俺はあんま覚えてないけどな」


「まぁあんたは物心つく前だったしねぇ」


「・・・」


 そんな二俣が考えを巡らせていると、恵は二俣のことをジッと無言で見ている。


「ん?どうしたんだい?」


「貴女はーーー」


 恵の言葉はそれ以上続くことはなく、代わりにパン屋の外からの爆発音が響き渡った。


「何事だい?」


「どうせ元勇者が暴れてんだろー?治安維持の為の警察の部隊が来るだろ」


 この学園街では神域学園が近くにあるという事もあるが、帰還した勇者の多くが発見された地域でもあった。

 それ故に度々帰還してくる勇者が現れ、こうして暴れだすケースもあった。


「あんた呑気だねぇ」


「まぁこの辺じゃ日常だろ?」


「一応、魔道結界貼っとくね!店が巻き込まれたら嫌だし」


「流石だな高須」


 そう言うと恵は店を守るように魔力が込められた結界を展開した。

 恵は魔術の成績が一位であり、特例として魔術以外の成績の良い啓一の特別指導を任されている。

 教える能力は乏しいが、その実力は見ての通りだった。

 爆発で吹っ飛んでくる瓦礫や魔法の余波を全て弾いている。

 このパン屋で食べていた客達は安堵し、再び食事を再開した。


「すごいねぇ。これが神域学園の生徒の力かい」


「高須が特別なだけだと思うぞ。俺なんて魔法使えないしな!へへっ」


「へぇ、恵ちゃんすごいねぇ!これからも啓一の奴を頼むよぉ」


「不束者ですか、よろしくお願いします!お義母様」


「別にマチさんは母親じゃないし、高須は彼女じゃねぇぞー」


 恵は二俣に言おうとしたことなどすっかり忘れて談笑を続けていた三人だったが、外での爆発音が止んだ。

 警察が部隊を鎮圧したのだろうと、恵は結界を解いた。


「終わったみてーだな」


「あちゃー!向かいの店も巻き込まれたんだね。今度差し入れ持っていかないとね」


「あ、マチさん。今度はチョコクロワッサン甘めのやつください!」


「俺はベーコンバターロール頼むわー。ベーコンカリカリで」


「あいよ!」


 二俣がチョコクロワッサンを作りに厨房に戻ってる間に、ぞろぞろと人が入ってきた。

 それは勇者を鎮圧した警察の部隊だった。

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