第2話

 青い空、待ち望んだ街並み。

 手を伸ばしそんなことを考える啓一。


「ハル、お前が今の俺を見たらどう思うだろうな」


 啓一は思い出していた。

 遥か昔に共に異世界に召喚にされ、失った友人の名前を。


「ハルって誰?」


「・・・よう高須」


 啓一の独り言を聞いた高須恵が後ろから問いかけるが、啓一はその問いに答えることなく朝の挨拶を交わす。

 二人は入学式に出会いこうして、毎日登下校を共にしていた。

 啓一のこういうときのスルーは今に始まったことじゃないが、恵は頬を膨らませて自分の問いにまるで返答する気のない啓一に抗議の目を向ける。


「啓一くんはいつも独り言を言うくせに!いつもはぐらかすよね!ちょっとくらい内容を教えてよー!」


「嫌なこった」


 恵の抗議に何ら意を返さないで歩き続ける啓一の前で、ずっと飛び跳ねながら歩行の邪魔をしている。

 啓一は澄ました顔をしているが、内心はその跳ねることで揺れる大きなたわわに目がいっている。

 啓一も男の子だ。

 目をそらし、伸びた鼻の下を出さないように手を抑える。


「啓一くんまた私のおっぱい見てるー」


「・・・高須。今日帰り暇か?」


「誤魔化したね?特に予定はないかな。もしかしてまたどっかに連れて行ってくれるの?」


「あぁ。最近美味いパン屋を見つけたんだ」


「やったー!デートだね!」


「そうだな」

 

 啓一は恵のたわわに目を奪われる度、お礼とばかりに恵を放課後に食事に連れていく。

 二人は付き合っているわけではない。

 それでも男女二人が放課後に遊ぶのはデートだ。

 啓一も恵もそんな些細な時間をとても大切にしている。

 


 異世界から帰還した者達が通う神域学園だが、授業は基本的に普通の学校と同じものだ。

 一般教養科目と専門科目に分かれ、体育の授業は必修となる。


「んー、高校の授業なんて全然覚えてないよー!啓一君ノート見せて」


「お前、いつも俺に借りてねぇか?」


「高須くん以外マトモにノート取ってる人いないしー」


 神域学園に在籍する生徒のほとんどは、中学の学習内容を覚えていない人物が多い。

 命の軽い異世界で殺伐とした世界を生き抜いてきた人間ばかりなので、恵のように一般教養科目ができない生徒も少なくなく、登校をしないで引きこもっている生徒もいた。


 しかしそれでもこの神域学園に登校してくる生徒達が数多くいる。

 元勇者だから力を持った責任として通う者もいるが、それよりも大きな理由がある。

 

 この学園には異世界帰りならではの授業があるからだ。


 一般教養科目と選択できる専門科目として、剣術、体術、医術、錬金術など様々な分野があり、各異世界でその道を極めた生徒同士の情報共有の場となっているためだった。


 更に神域学園における最大の特徴、必修専門科目に魔術の授業があること。

 帰還者達が発見されて以降、異世界へと繋がる道というものが偶に開くことがある。

 そこから魔物が現れて人を襲うため、神域学園の生徒がその対処に当たることになっており、そのための魔法の授業が導入されていた。


 魔法は異世界の環境、大気中に漂う魔力が肉体の魔素器官と呼ばれる”魔力を生成する臓器”を活性化させることで使えるようになる。

 この学園には異世界からの帰還者以外は通ってはいないため、そのような専門科目である魔法科目がカリキュラムに加えられた。

 魔法自体それほど難しいものでもないため、学園で魔法を使えない人間はいなかった。


 ただ一人を除いて。


 場所は変わり神域学園の体育館。

 基本的に魔法の授業は自由に行う。

 魔法担当の教諭が死者を出さない為に結界を張っている為、怪我人が出ることは多くはない。

 しかし担当教諭もただ結界を貼るだけと言うわけではなく、魔法の扱いが苦手そうな生徒を中心に指導を行っている。


「啓一くん?魔法使えたー?」


「うーん、出ねぇな」


「魔法はこうやるんだよ!しゅばばばばーんって」


「いや、わかんねーよ」


 恵が啓一に手本を見せようと炎の魔法を使って見せるが、啓一は魔法が使えなかった。

 魔法講師である検見川麻乃けみがわあさのも困った顔で啓一を見ている。


「蘇我くん?初級魔法もできない?」


「すいません」


「うーん、魔力がないってわけでもないわよね?」


「そうですね。魔力測定でこの学園に入れられるくらいにはあります」


「蘇我くんも異世界に居たのよね?神様に聞いたけど、こっちの世界に戻って来れるのは魔力を一定以上持っている人間か、神様の願いを聞き入れた人間だけって聞いたんだけど。魔法を使えない人が魔王を倒せたとも思えないし、どうして使えないのかしら?」 


「・・・神にあったのか?」


 啓一の目つきが変わり、麻乃は少しだけ怯んだ。

 麻乃は異世界から帰還した数少ない成人した人間で、圧倒的な魔法でその世界の魔王を倒し帰還した。

 魔王を倒すまでにはいくつもの修羅場を潜った自負があったが、啓一の眼はそれまでに出会ったどの敵にも向けられなかった殺意を感じた。


「ねぇ啓一くん、なんか顔怖いよ」


「え、あ、すいません。ちょっと考え事をしていて」


 恵に声をかけられて急に表情が柔らかくなり、少しだけ困惑する麻乃だったがすぐに平静を取り戻した。

 それも異世界で王族との謁見経験の賜物だろう。


「え、えぇ。大丈夫よ。魔法については、使えなくても卒業できないなんてことはないから、ゆっくりとやっていきましょうね」


「はい、ご指導お願い致します」


「もちろんよ。そろそろ授業終了時間ね。みんなー片付け初めて教室に戻りなさーい」


 麻乃は次のクラスの授業のために片づけを促す。


 異世界での共通認識は、魔法の強さが勇者としての強さの根本であるということ。

 魔法が使える剣士の魔剣士は帰還者に多く存在し評価されるが、評価基準は概ね魔法の威力で剣術は魔法と組み合わせてどれだけ使えるかどうか。

 どれだけ剣術が強かろうが、魔法はそれを凌駕してしまう。

 剣術が一人で一人を殺すのに対して、魔法は一瞬で大多数を殺してしまう為だ。


 そしてそんなこの学園でただ一人魔法が使えないと言う落ちこぼれ生徒。

 たったそれだけの理由で名前と顔を覚えていたが、とても落ちこぼれの生徒が向ける目ではない。

 もし帰還できた理由が魔王を倒したとなれば、魔法を使わずに帰還したともとれる。

 

「蘇我くん、貴方は何者なの?」


 魔法が使えない事と実力がないことは必ずしも比例しないのではないかと思い始めていた。

 

 

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