プロローグ

 神域学園の体育の授業は普通校とは違う。

 正確には授業内容はほとんど変わらないが、競技を一つやるにしてもスケールが違った。


「湊!今日はウチはあんたに勝つぅ!」


「望むところや桂花!」


 今日の授業内容は剣道。

 異世界で剣を使い生き抜いてきた生徒も多いこの学校で、勇者同士が剣道を行えばどうなるか。

 それは目の前の光景が答えを示している。

 体育館の道場内が切り刻まれ、二人の動きは目で追えるレベルじゃない。


「湊と桂花の奴、今日も仲良いなー」


「あれ殺し合いでしょ?ただの竹刀から斬撃が飛んでくるんだよ!?仲が良いで済ませていいの!?」


 気だるけにそう言う蘇我啓一そがけいいちに対して前に立ちはだかる高須恵たかすめぐみ

 恵の胸部装甲に目を奪われないように視線を別にやる啓一だったが、恵は啓一のすぐ横に座ったことで、少しだけ残念に思いつつも戦ってる二人に視線を変えた。


「実力拮抗してるし平気だろう?」


「そういう問題?まぁ啓一君がそう言うなら、問題ないんだろうけどまた先生に怒られるよ?」


 勇者同士の剣道の試合は斬撃で牽制を取るのがデフォルトであり、竹刀の鍔迫り合いは体育館中が揺れるほど大きな衝撃波を巻き起こす。

 

「蘇我、高須、お前達も二人を見習いなさい」


「げっ、めんどくせぇのが来たぞ」


「言わんこっちゃないなー」


 啓一と恵はそう言いながらも逃げるつもりは一切なかった。


「聞こえてるぞお前ら。剣道の時間なんだからお前らもやれ」


「私、竹刀握ったことなーい!」


「俺もないな」


 二人のやる気のなさに呆れる体育の教師本郷幕馬ほんごうまくば

 第一次世界大戦中にフランス軍として参戦し、敵軍に撃墜された直後に異世界に転移した。

 現在は異世界帰りの体育教師不足なため、大正時代に教職課程を終えていた本郷が神域学園の体育教師に収まった。


「お前らなぁ。このままだと特別クラスに行くことになるぞ?」


「あぁ、あんたが受け持つクラスか。悪くないな」


「特別クラス?それってなーに?」


「蘇我、もしそうなったらお前は雑用係にするからな?そんで高須はバカっぽいしゃべり方やめろ」


 神域学園にはクラスがSクラス、そしてAからFの7組がある。

 この中でFクラスは特別クラスと呼ばれており、落ちこぼれに位置づけられる。

 異世界帰還者は基本的に神域学園を卒業しなければならないため、Fクラスに選ばれると就職先に影響を受けるといわれていた。


「Fクラスは俺や恵に相応しいクラスって事だ」


「あー、つまり最強のクラスってわけかー!」


「そういうことだな」


「お前らなぁ」

 

 現在、蘇我啓一と高須恵はEクラスに在籍している。

 EクラスはFクラス予備軍と呼ばれているが、Fクラスより成績が悪い者も多い。

 基本的にFクラスと違い普段の素行が悪くない生徒が在籍しているだけである。

 

「まぁ言ってもしゃーないで先生。蘇我は俺達と違ーて先生の授業以外は優等生や。魔法さえ使えればAクラスって言われとんのになー」


「本に。ウチと湊と恵は一般教養科目の成績が悪いからEクラス。医術、剣術、魔術のトップの成績者がFクラスなのは教師的には困るでしょう?」


「そうだよ!お前ら問題児を誰も御せないって事からEクラスなのにFクラスの体育の時間、面倒見ることになったんだろうが!お前ら四人がなんて呼ばれてるか知ってるか!?最強の底辺だぞ」


 蘇我啓一は魔術以外、千葉湊ちばみなとは剣術、稲毛桂花いなげけいかは医術、高須恵は魔術の成績でトップクラスの実力を持つ。

 しかし啓一は魔法が一切使えず、湊、桂花、恵は座学ができない。

 そんな四人はかなり自由奔放につるんでいて、Eクラスの担任では手に負えず、Fクラスにやって国益を損なう様な事態にもできないため、Eクラスにいながら体育の時間だけFクラスに交じって授業を行うことになった。


「誉めんなよ。てかいつの間にか終わってたんだな。今日はどっちが勝ったんだ?」


「もちろん俺や」


「湊、スキルを使いましたの」


「そりゃ卑怯だな。やり直せよ」


「やなこった!勝負ってのは勝たなきゃ意味ないやろ?」

 

「堪忍な。ならウチもスキル使わせてもらいますぅ!」


「へぇ、望むところや!」


「やめろバカ共!」


 啓一、湊、桂花に拳骨を落とす本郷。

 三人とも頭を押さえて涙目になっている。

 恵はその姿を見て腹を抱えながら笑っていた。


「アハハ!三人とも怒られてるのウケるー」


 湊と桂花のたんこぶをさすりながら、恵は二人に治癒魔法をかけている。

 啓一はたんこぶはできていないため、本郷に恨めしい目を向けていた。


「いってぇな!なにすんだ本郷!」


「煽ったからだバカが!それにお前、他の教師はちゃんと丁寧に接してるし呼び捨てにしねぇだろうが!本郷先生と呼べ」


「なんだ。あんた、先生扱いしてほしかったのか?まぁする気はねぇけど」


「しろよ!はぁ、こいつらのスキルのぶつかり合いは死人が出るだろうが」


 スキルは異世界に召喚された人物一人一人に与えられた特殊能力であり、神域学園の生徒は全員スキルを所持していた。

 中でも湊と桂花の能力は、その中でも抜きんでて強かった。

 

「あいつらが手加減できないわけねぇだろ」


「そうは言っても多感な時期だ。勢い余ってってこともあるだろう」


「まぁ普通に転移した奴らならそうかもな。けれど俺達4人はこの学園で唯一、異世界に転移して一人で10年も闘ってきたんだぜ?手加減くらい学んでるさ」


 最高の底辺と呼ばれる四人はそれぞれ小学生の時に異世界召喚に巻き込まれた。

 頼るべき大人もいない異国の地で、戦いを強いられた。

 そして全てを壊して帰還した。


「俺達の境遇はあんたには説明したろ?ちょっとくらい好き勝手させてくれよ」


「それとこれとは話が別だ!俺はお前達も他の生徒と変わらず育てる義務がある!教師として注意させてもらうぞ!」


 自分達の境遇を知っても同情もせず、かといって特別扱いもしない。

 本郷のそういうところに啓一は教師で唯一、気を許す関係となった。

 だから笑って立ち上がる。


「まぁあんたならそう言うと思ったぜ。湊、桂花、スキルありでの闘いはまた今度にしとけー」


「なんや蘇我ぁ!これからやって時にお預けかい」


「啓一はんがそう言うなら」


「二人とも、ダメだよ!啓一くん困らせちゃ!」


 三人をまとめて、更衣室に向かって歩き始める啓一の背を見て呆れる目を向ける本郷。

 

「あいつら、しれっと授業をサボりやがった・・・」


 しかし本郷は戻ったら叱るつもりではあるものの、止めることはしなかった。

 本郷自身、彼ら4人には救われたのだ。

 

 これは自分が召喚された世界をそれぞれの形で壊して現代に帰還した少年達の物語。

 

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