空を撮る

87.

第1話「灰青色」

授業が終わり足早と廊下を歩いた。どうしてだろう。普段なら帰路に急ぐはずのこの時間に、学校の隅にある写真部の教室を目指していた。

やっと目的の場所である、廊下突き当たりの教室についた。ドアの横に立てかけられた使い古された段ボールには「写真部」との文字。部活の看板にしてはあまりに簡素で本当に学校公認なのか疑いたくなる。しかしこの学校に写真部があるなんて今朝まで知らなかった私がなぜ、「写真部」の前にいるのかというと今朝に遡る。


放課後写真部に向かうなんて知らずに、今朝は呑気に空を見て「もう冬なんだな」と考えながら登校していた。

だって今日は雪が降りそうな灰青色はいあおいろの雲が一帯を覆った空だったから。この空模様は冬独特なものだ。カメラを構えてからというもの季節というものをより分かった気でいる。

登校中にも関わらず、密かに毎日持っているカメラを取り出した。周りの視線を少し気にしながらも、どうしてもこの空を撮りたくてカメラを構えた。

しばらく待ってこの日の中で一番良い写真を撮りたい。息を止め、画角に集中する。灰色の空を見上げると、小さなアオジが視界に入った。その瞬間を逃さないように、シャッターを切った。

ただ一瞬を切り取ったその写真をカメラの小さなディスプレイ上で確認してみた。灰青色にアオジの黄色がとっても映えている。ついでに、昨日の写真も確認する。昨日は澄んだ空気のおかげか空が澄んだ綺麗な蒼空で木の緑との相性がとてもよかったなと、昨日の写真から一日を少し振り返った。

毎日こんなことをしてしまうから、SHRに遅れそうになるんだよな。いつも通り早足で学校に向かおうとカメラを急いで直していると、背後から聞き覚えのない声が聞こえた。

私は少し怖かった。本来はカメラなんて学校に持って行くことは良しとされていない。これは怒られてしまうかもしれない。近所の人に見られたのか、はたまた生徒会等熱心な人に見られたのかもしれない。

なかなか振り返れずにいる私に、催促をこめてか今度は以前に比べて大きい声が背後から聞こえた。

「あの。すみません!」

「カメラ・・写真とってましたよね!」

「空を・・・!」

少しぎこちなく続けられた言葉に私はどうする事も出来ず、棒立ちで最悪のパターンがただひたすらに頭の中で回っていた。しばらくの間沈黙が続いた。アオジの鳴き声と登校する生徒の喋り声が耳を過ぎて行く。

「あ、怒ってるわけではなくて・・ただ、カメラ持っている人が珍しくて。つい。」

「カメラ、ボディーが大きいから・・EOS 7D Mark II だよね。Canonの。」

「確か10年前位に生産終了してる機種・・よく持ってるね。」

怒っていないこと、持っているカメラを当てられたこと、何が何だか分からなくてもっと混乱した。

しかし背後でする声の主は焦らせることはせず、ゆっくりと背後から私の前にきて顔を見せた。

「僕は西高3年の佐々木。制服同じだったから声かけてみたんだけど。」

私は少し顔を上げて様子を伺った。声の主、佐々木さんは穏やかな笑顔で続けた。

「もしよければ、写真部来てみないかな。君がよく写真を撮っているのを見かけるから」

「あ、別の部活に入ってたらそっち優先しても大丈夫だよ!」

「ただ、もし入っていなかったら2Fプール側の廊下を北にまっすぐ進んだところに写真部があるんだ。だから・・もし今日暇だったら是非放課後おいで!」


断るつもりだったけど、なんかこの人と話すのも悪くないな、と思ってしまった。

だから今、私は「写真部」の前にいる。薄暗い廊下に立てかけられた、使い古された段ボールの「写真部」の文字。理由はわからないけれど、少しだけ胸が高鳴っている。

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