【旧版】第2話 「その日、俺は英雄を見た」


”ゴトン、ゴトン……”


「ふぁ~っ……あふっ」


 馬車の荷台に乗ったユーキは大きな欠伸あくびをしながら、「英雄王ローランドと7つのリング」と表題された本を閉じてかたわらに置いた。

 ユーキの横には「家庭料理 初心者のススメ」や「図解 よくわかる魔法陣の仕組み」、「ラフィネ聖王国 観光ガイド」などといった本が積まれてある。


 これらの本は馬車旅の退屈しのぎにと、ユーキの父親・サイラスが手当たり次第に買いあさっていた物だ。まったく、「健やかに育てる初めての赤ちゃん」などという本はいったい何の為に買ったのか。


「なあ、親父……」


「なんだ、トイレか? 怪談本でも読んで近くなったか?」


「ちげーよ。ってか何だよ、このラインナップは? 「間違えない化粧品の選び方」なんて誰が読むんだよ?」


 この場にいるのはユーキとサイラス、あとは馬車を引く馬がいるだけだ。もちろん誰も化粧などしていないし、今後する事も、恐らくないだろう。


「オメェだよ、オメェ。オレが本を読んでるトコなんか見たことあっか? 本屋のじーさんに、ジャンルは問わねぇから初心者向けの本を見繕ってくれっつったんだよ。オメェ、じーさんに文句つけようってのか?」


「文句があんのは親父だよっ! なんだよ、その適当さはっ⁉ そんなんで新しい仕事、上手くやれんのかよっ?」


「股に毛も生えてねぇガキが親の仕事の心配なんざぁ5年は早ぇ。だが安心しろ、心配しなくてもそのうち生えてくらぁ」


「だっ、誰も毛の話なんかしてねぇーよ‼」


 軽口の応酬ではユーキはサイラスに敵わない。いや、体を使ったケンカでは子供のユーキにはなおさら勝ち目が無いのだが。

 ユーキのひそかな目標は、この飄々ひょうひょうとした父親をいつかギャフンと言わせる事だった。


 その後も数十分続いた父子おやこの会話は終始サイラスのペースで行われた。


「お、見えてきたぜ」


 会話の流れを遮り、サイラスが前方を指して言う。まだ遠くてはっきりとは見えないが、その先には明らかな人工物が建ち並んでいた。


「あれが、これから俺たちが住むシュアーブの町だ」


「やぁっとかぁ……。長かったぁ」


「まだ気ぃ抜くのは早えぞ。家に着くまでが引っ越しですってな」


 2人は2ヵ月以上をかけて住んでいた町から引っ越してきた。理由は父・サイラスの転職だ。


 以前は冒険者業を営んでいたサイラスだったが、妻の死を切っ掛けに兵士になると言い出したのだ。ハッキリと口に出して言ったわけではないが、息子であるユーキを想っての決断だろう。

 それをユーキは何となく察していたし、嬉しくも感じていた。だが同時に、ただ庇護の対象とされる自分自身に不甲斐なさを感じてもいたのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 検問を抜け、2人を乗せた馬車は車輪をきしませて町の中へ入った。


「へえぇー……。賑やかな町だなぁ」


「今日は聖誕祭だからな。レゾールでも祭りやってたろ?」


 ユーキは馬車旅ですっかり忘れていたが、今日はブライ教の初代聖女が生まれたとされる記念日だ。ほとんどの国ではこの日を祝日としている。

 サイラスの言う通り、ユーキ達が以前に住んでいたレゾールの町でも豊作祈願と合わせて祭りを行っていた。


 祭りのせいか、まだ朝の早い時間にもかかわらず町は賑わっている。

 事故を起こさないようにスピードを緩めた馬車に乗り、ユーキはこれから暮らす事になる町並みを眺めていた。


「よし、到着だ。ユーキ、荷物降ろすの手伝え」


「言われなくてもやるっつーの」


 新居に到着するや、荷降ろし・荷解きの仕事が待っている。

 2人はせっせと荷物を家の中へ運んでいく。やたら父親の私物が多い気がするが、ユーキはなるべく気にしないようにする。

 そして30分ほどで全ての荷物を運び終え、ユーキが一息ついた時だった。


「んじゃ、オレは馬車の返却してくっから荷解きは任せた。飯はこれでテキトーに食っとけ」


 そう言ってコインを投げてくるサイラス。

 そして素早く馬車に飛び乗り、手綱を動かしながら話を続けた。


「新しい職場にも顔を出してくっから晩飯はいらねーっ。んじゃ、ちゃんとやっとけよ、ユーキ!」


「ちょ、オイ! 待てよっ! ……行っちまいやがった。信っじらんねぇーっ! 引っ越し当日に8歳の息子1人に荷解き任せていくかフツー⁉」


 誰に話すでもなく、ひとり叫ぶユーキ。

 確かに誰かに話したならば、ユーキの言う事は至極真っ当だと言ってくれるだろう。

 だが悲しいかな。サイラスは真っ当な大人ではなく、ユーキの話を聞いてくれる者はこの場にはいない。


「クソっ。……仕方ねぇ、やるか」


 悪態をきながらも荷解きを始めるユーキ。

 幸い、棚やベッドなどの大きな家具は前の住居者が置いていった物が残っている。当然というべきか、ユーキたちの新居は新築ではない。

 各部屋の魔法灯が問題なく点く事を確認し、軽く掃除を始める。掃除が終わったら、調味料や食器を棚へ直し、調理器具は台所へ、トイレや風呂に紙や洗剤を置いてついでに水回りのチェックもする。ずいぶんと手際のよい8歳児である。


 荷解きの1/3ほどを終えて、次は自分の私物に取り掛かろうとした時、近くから子供がはしゃぐ声が聞こえた。


「そぉ~ら、パース!」


「ほら、エメロン行くぞ! 落っことすなよ!」


 ふと顔を向けると、窓から公園が見える。

 公園では自分と同年代くらいの子供たちが帽子を投げて遊んでいた。

 それを見たユーキは(家のすぐ横に公園か。犬のフンとか、酔っ払いが出たら嫌だな)などと子供らしからぬ事を考えていた。……本当に8歳だろうか?


「ほらほら、頑張らないと取り返せないっスよー」


「のろま! さっさと投げろよっ!」


「ヒグっ、返して……。う、ヒグっ……」


 よく見てみれば3人の男の子が帽子を投げて、それを1人の女の子がベソをかきながら追いかけている。


(イジメか……。大方、3人の誰かが女の子の気を引こうとしてんだろうが……。くっだらねぇ)


 ユーキは少しイラっとしながらも、作業に戻る事にした。

 自分には関係ないし、別に大した事じゃない。ただの子供のイタズラだ。


 だが無関心を決め込み、作業に戻ろうとしたユーキの耳にひと際大きな声が響いた。


「やめるんだっ!」


 その声の主は、遠目から見ても3人よりも一回り小さな男の子だった。

 しかし、その男の子は物怖じせず帽子を持った1人に近寄り、帽子を奪い取る。


(オイオイ、小説か何かの主人公かっつーの)


 ユーキの目は一瞬で男の子に釘付けになった。

 身体は小さく、5歳くらいだろうか。身なりは良く、いいところの坊ちゃんのように見えた。輝くような金髪と、大きな碧眼へきがんに吸い込まれそうになる。

 確かにユーキの思う通り、もう少し成長すれば物語の主役としても役者不足のないルックスと存在感を出していた。


 しばらくユーキは男の子から目を離す事ができずに成り行きを見守っていたが、3人組の中で一番大きな少年が前に出て、男の子の身体を突き飛ばす。


(マズイっ!)


 気が付けばユーキの足は公園へ向けて駆け出していた。


 先ほど考えていたように、ただの子供のケンカだ。大した事ではない。

 でも、もうユーキは無関心ではいられなかった。

 だって、あの男の子は最高にカッコよくて、でも今ピンチで、それを見ぬ振りをしたら最低にカッコ悪くて、だから――。


「ちょいと待ちな!」


 ユーキは、男の子と少年の間に立って精一杯の決め台詞を放った。


「大丈夫か? お兄さんが加勢してやっから、踏ん張んな」


 ……つもりだったが、後日になって「あんまりカッコよくなかったな」と後悔するのだった。

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