第1話・第2話

【旧版】第1話 「あの日、ボクは英雄と出会った」


「おぉ……神様……」


 燃える家屋を虚ろな瞳で見つめ、老人は膝をついた。

 我が家が、長年暮らした村が燃えている。

 無力と絶望から老人は動く事もできずに、ただ神への祈りを捧げる事しかできなかった。


 幾秒か、もしくは数分だろうか。老人が時間の感覚を忘れかけた時、背後から何者かの気配がした。


「なぁんだ、こんなところにまぁだ生き残りがいやがったか」


「けっ、ジジイかよ。若い女ならよかったのによぉ」


「さっさとってズラかろうぜ」


 それは3人の男だった。

 手入れのされていない髪、ボロ切れのような服に先ほどの言動。更には大量の血が付いたなたや斧をその手にしていた。

 山賊、野盗、無法者……。疑いの余地なく彼らはそう呼ばれるたぐいの存在で、老人の村を焼いた犯人だろう。

 そして今度は老人の命さえも奪おうと迫ってくる。


「お、ぉ……お助け……」


 抵抗する力を持たない老人はその懇願が聞き入れられる事などないと知りながら、それでも命乞いをするしかなかった。

 そう、彼らは慈悲の心など持ってはいない。そのようなものが僅かでもあったのなら、そもそもこのような凶行に及ぶはずがなかった。


 老人の眼前までやってきた男はニヤリと笑いながら、ゆっくりとなたを振り上げた。次の瞬間には腕が振り下ろされ、自分の命が絶たれるのだろう。

 命乞いが通用しなかった老人は目をつぶり、再び神へ祈った。

 その瞬間――。


「そこまでだ!」


 今まさに高く上げた腕を振り下ろさんとした時、青年の声がその場に響く。

 黄金の髪を風になびかせた青年の手には、眩く光り輝く聖剣が握られていた――。



『英雄王ローランドと7つのリング』

第2章より一部抜粋




△▼△▼△▼△▼△




 聖歴1356年の春。その日、アレクは不機嫌だった。

 いや、朝から機嫌が悪かったわけではない。むしろ上機嫌と言っても差し支えなかった。


 つい先日6歳の誕生日を迎え、来週からは学校に通う事となり、更に今日は初代聖女の誕生を祝う聖誕祭とくれば、幼い子供であれば気分が高まるのも当然の事だろう。

 現に朝食の場には、父から誕生祝いに買って貰った本「英雄王ローランドと7つのリング」を持って来て、母の注意も聞かずに「とっもだち、たっくさんできるかな~」などと歌っていたのだ。


 しかし当然というべきか、やはり食事の場に本などを持ち出すものではない。

 アレクの隣に座る、妹のミーアが持つスプーンからソースが跳ねて、大事な本にシミを残してしまったのだ。


 そこから先の展開は想像にかたくない。「だから言ったでしょう」と母が言えばアレクは激昂げっこうし、当然怒りの矛先はミーアへ向かう。アレクより更に幼いミーアが泣き出せば、父までもが「年長者は年下を守るものだ」などと言い出す始末。


 結局アレクは朝食の途中で家を飛び出し、町を彷徨さまよい歩いているというわけだ。


(謝るまで絶対に許してやるもんか)


 そう思い、歩きだして1時間。


(お腹すいたな……)


 更にそこから30分。


(ここ、どこだろ? 父さんと母さん心配してるかな?)


 気が付けば知らない道まで出てきてしまったアレクは不安になってきていた。本人に自覚はないが、完全に迷子である。


 しかし昼前の聖誕祭当日という事もあり、人通りの多く賑やかな町並みは楽天的なアレクの胸に沸いた不安をかき消す。むしろ少しワクワクしている程であった。

 「よし、こうなったら探検だっ!」などと、何が「よし」で何故「探検」をするのか、分別のある大人には理解しがたいポジティブな結論を出して歩みを再開した時、ふいにアレクに声をかける者が現れた。


「おい坊主1人か? ひょっとして迷子か?」


 それはエプロンを着けた大きなおじさんだった。

 いや、それは6歳のアレクから見ればの話であって、その男は言うほど巨漢でもなければ年の頃も30前後といったものだ。


「ううん、1人だけど迷子じゃないよ」


 と、アレクはサラリと言ってのける。

 しかし男は不審に思ったのか、「父ちゃんや母ちゃんは?」とか「家はどこだ?」などと問いだした。

 だがアレクの「家の場所がわからない」という答えを聞いた時、男の疑惑は確信に変わった。


(間違いねぇ、コイツは迷子だ。しかしまいったな、どうすっか……)


 男は思案する。

 迷子を放ってはおけないが、自分は屋台の仕事の最中だ。少なくとも昼過ぎまでは手が空かない。しかし頼れる相手もこの場には……。


”キュルルルゥ~”


 男が思案を巡らせていた時、アレクのお腹が盛大に音を鳴らした。


「なんだ坊主、腹が減ってんのか? ちょっと待ってろ」


 そう言って男は屋台へ向かう。

 取り残されたアレクは所在なさげに待つ事になるが、ほんの数十秒で男が帰ってきて「ほれ、食えよ」と手にした物を差し出してきた。それは紙に包まれたホットドッグだった。


「でもボク、お金持ってない」


 そんな事は予想していた。そもそも最初から代金の支払いなど期待してはいない。

 しかし、男には既に名案が浮かんでいた。


「そうかぁ、そりゃあ困ったなぁ。そうだっ。んじゃ、お金の代わりに向こうの公園にいる娘の面倒を見ちゃくれねぇか?」


「娘?」


「おう、クララってんだ。一人じゃ心配だしなぁ。坊主が一緒にいてくれりゃあ、おじさん安心できるんだがなぁ」


 噓も方便である。確かに娘のクララは少し離れた公園で男の仕事が終わるのを待っているが、クララはおとなしい性格で手のかからない良い子だし、このシュアーブの町は治安も良くて事件の類など滅多に起きはしない。少なくともここ十年で大きな事件など聞いたこともなかった。

 だからこそ、可愛い一人娘から目を離して仕事をしていられるのだ。


 しかし迷子のアレクがクララと一緒に男の仕事が終わるまで待っていてくれれば、一緒にアレクの保護者か家を探しに行けるだろうと、そういう魂胆だった。


「うんっ、いいよ。じゃあ行ってくるねっ」


 そう言うや否や、アレクはホットドッグを頬張りながら公園のある方向へ向かって歩き出す。

 男の演技はやや棒読みではあったが、アレクは不審に思う事は無かった。


「おう、頼むぜ。クララは麦わら帽をかぶった、坊主と同い年くらいのカワイイ子だ!」


 底抜けにお人好しな男と別れたアレクは、自身の幸運を自覚せずに(クララちゃんか、友達になれるかなぁ?)などと呑気な考えで歩く。

 そして公園の前まで着くと、子供たちの遊ぶ楽しな声が聞こえてきた。


「そぉ~ら、パース!」


「ほら、エメロン行くぞ! 落っことすなよ!」


 一瞬(自分も仲間に入れてもらえないかな?)などと考えるが、自分にはクララの相手をするという大事な仕事がある。

 かぶりを振って公園に足を踏み入れたアレクは、目に映る光景に唖然とした。


「ほらほら、頑張らないと取り返せないっスよー」


「のろま! さっさと投げろよっ!」


「ヒグっ、返して……。う、ヒグっ……」


 3人の男の子が帽子を投げて遊んでいる。それを1人の女の子が嗚咽おえつを漏らしながら追いかけているのだ。

 その光景を見たアレクは一切の逡巡しゅんじゅんなく、駆け出して叫んでいた。


「やめるんだっ!」


 突然の乱入者に戸惑う少年たちの1人に近寄り、”パシッ”と手に持つ帽子を強引に奪い取る。帽子を持っていた少年は”ビクッ”と身体を震わせたが、抵抗はしてこなかった。

 呆然とする少年たちを尻目に、アレクは少女に近寄り「もうダイジョーブだよっ」と声をかけて帽子を手渡した。


 少女を慰めているアレクを見て、ようやく正気に戻った少年たちは大きな声で話しかけてきた。


「なんだぁ、お前? お前ら、コイツのこと知ってる?」


「いんや、見たことないっスねぇ」


「ぼ、僕も知らない……」


「おいお前、女子の前でカッコつけてるつもりかぁ? 今謝れば、この心の広いロドニーさんは許してやらんこともないぜ?」


 自らをロドニーと名乗った、恐らくリーダー格であろう少年はアレクに謝罪を求めてきた。

 一瞬、アレクは言葉の意味が分からなかった。しかし言葉の意味を理解し始めるのと比例して怒りがフツフツと湧き上がってくる。

 その怒りが高まると共に、アレクは言葉を放っていた。


「なんでボクが謝らないといけないんだっ? 謝るのはお前たちの方だろっ!」


「ん……なにぃ、このチビがっ! 調子に乗ってんじゃあねぇぞっ‼」


 「チビ」と言うだけあり、アレクとロドニーの体格差は一目瞭然だった。

 ロドニーはこの場にいる子供たちの中でもひと際大きな身体をしている。対するアレクはロドニーは元より、他の2人どころかクララよりも背が低い。

 恐らく年齢差もあるのだろうが、この場で最も背が低いのはアレクだった。


 それだけ体格差のあるロドニーが、青筋を立ててアレクに詰め寄ってくる。それだけで相当の威圧感だ。

 見上げるように……いや、実際に見上げたロドニーが”ニヤ……”と笑うと同時に、アレクは足に圧迫を感じる。足元に気を取られていると、次の瞬間に”ドンっ”と胸を押され、足を踏まれたアレクはバランスを取れず尻餅をついた。


 先ほどの怒声から一転。余裕を取り戻したのか、ロドニーはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら言い放つ。


「おいチビ。状況を見てモノ言えよ。それとも3対1でやろうってのか?」


 確かにロドニーの言う通り、彼我ひがの戦力差は圧倒的だ。客観的に見れば、例えアレクとロドニーの1対1でも到底勝ち目はないだろう。

 それに加えて、相手には仲間が2人もいる。どう見ても絶体絶命の状況だった。


 ようやく幼いアレクもその事実に気が付くが、今さら話し合いなど出来る雰囲気でもない。

 女の子を連れて逃げようとしても間違いなく追いつかれるし、1人で逃げるなんてもってのほかだ。もちろん謝るつもりはサラサラない。

 もはや玉砕覚悟で特攻するしか、とアレクが考え立ち上がろうとした時だった。


「ちょいと待ちな!」


 1人の少年がアレクとロドニーの間に割り込み、アレクを庇うようにロドニーと対峙する。

 茶髪で目の吊り上がったその少年はロドニーを睨みつけたまま、アレクに手を差し伸べてこう言った。


「大丈夫か? お兄さんが加勢してやっから、踏ん張んな」


 そのあまりにも都合とタイミングの良い登場にアレクは(まるで物語の中の英雄みたいな登場シーンだな……)と、思ったのだった。

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