【改稿版】第1話 「この日、2人の英雄は出会った」(仮題)


 生贄の少女が祭壇へ上る

 背に槍を突き付けられながら、邪竜の血肉となる為に


 周りを囲むのは邪教徒の影

 闇の中を邪悪な讃美歌が響く


 少女の命運は風口かざくち蝋燭ろうそくだった

 だが――


「そこまでだ」


 澄んだ声が讃美歌を掻き消す

 大きく振り下ろした剣が、邪教徒と闇を黄金の光に変えた


「安心しろ。君は、私が守る」


 黄金の剣士は少女を胸に抱き、邪竜に剣を突き付けた――



『英雄王ローランドと7つのリング』

第2章より一部抜粋




△▼△▼△▼△▼△




 聖歴1356年の春。その日、アレクは不機嫌だった。

 朝から機嫌が悪かったわけではない。むしろ上機嫌と言っても差し支えなかった。


 つい先日8歳の誕生日を迎え、来週からは学校に通う事となり、更に今日は初代聖女の誕生を祝う聖誕祭とくれば、幼い子供であれば気分が高まるのも当然の事だろう。

 現に朝食の場には父から誕生祝いに買って貰った本『英雄王ローランドと7つのリング』を持って来て、母の注意も聞かずに鼻歌などを歌っていたのだ。


 だが当然というべきか、やはり食事の場に本などを持ち出すものではない。

 アレクの隣に座る、妹の持つスプーンからソースが跳ねて大事な本が汚れてしまったのだ。


 そこから先の展開は言うまでもない。「だから言ったでしょう」と母が言い、父までもが「年上なんだから我慢しなさい」などと言い出す始末。


 そして家族と喧嘩したアレクは朝食の途中で家を飛び出し、町を彷徨さまよい歩いているというわけだ。


「……ここ、ドコだろ? お腹空いたな」


 しかし、歩き始めて数時間。気が付けば知らない道まで出てきてしまったアレクは完全に迷っていた。

 そんな時、アレクの耳に子供たちの楽しな声が聞こえてくる。


「そぉ~ら、パース!」


「ほら行くぞ! 落っことすなよ!」


 アレクはまるで誘われるように声のする方へと歩みを進めた。

 だが、たどり着いた広場で目にした光景は我が目を疑うものだった。


「ほらほら、頑張らないと取り返せないっスよー」


「のろま! さっさと投げろよっ!」


 3人の男の子が帽子を投げて遊んでいる。それを1人の女の子が嗚咽おえつを漏らしながら追いかけているのだ。

 その光景を見たアレクは一切の逡巡しゅんじゅんなく、駆け出して叫んでいた。


「やめるんだっ!」


 突然の乱入者に戸惑う少年たちの1人に近寄り、手に持つ帽子を強引に奪い取る。少年は驚きに身体を震わせたが、抵抗はしてこなかった。

 呆然とする少年たちを尻目に、アレクは女の子に近寄り「もうダイジョーブだよっ」と声をかけて帽子を手渡す。


 少女を慰めているアレクを見て、ようやく正気に戻った少年たちの1人が大きな声で話しかけてきた。


「なんだぁ、お前? 女子の前でカッコつけてるつもりかぁ? 今謝れば、この心の広いロドニーさんは許してやらんこともないぜ?」


 自らをロドニーと名乗った、恐らくリーダー格であろう少年はアレクに謝罪を求めてきた。

 一瞬、アレクは言葉の意味が分からなかった。しかし言葉の意味を理解し始めるのと比例して、怒りがフツフツと湧き上がってくる。


「なんでボクが謝らないといけないんだっ? 謝るのはお前たちの方だろっ!」


「ん……なにぃ、このチビがっ! 調子に乗ってんじゃあねぇぞっ‼」


 「チビ」と言うだけあり、アレクとロドニーの体格差は一目瞭然だ。それどころかアレクはこの場の誰よりも背が低かった。


 それだけ体格差のあるロドニーが青筋を立ててアレクに詰め寄ってくる。それだけで相当の威圧感だ。

 見上げるように……いや、実際に見上げたロドニーが不意にニヤリと笑い、次の瞬間に胸を押されてアレクはバランスを崩して尻餅をついた。


 先ほどの怒声から一転。余裕を取り戻したのか、ロドニーはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら言い放つ。


「おいチビ。状況を見てモノ言えよ。それとも3対1でやろうってのか?」


 確かにロドニーの言う通り、彼我ひがの戦力差は圧倒的だ。客観的に見れば、例えアレクとロドニーの1対1でも到底勝ち目はないだろう。

 それに加えて相手には仲間が2人もいる。どう見ても絶体絶命の状況だった。


 ようやく幼いアレクもその事実に気が付くが、今さら話し合いなど出来る雰囲気でもない。

 女の子を連れて逃げようとしても間違いなく追いつかれるし、1人で逃げるなんてもってのほかだ。もちろん謝るつもりはサラサラない。

 もはや玉砕覚悟で特攻するしか、とアレクが考え立ち上がろうとした時だった。


「ちょいと待ちな!」


 1人の少年がアレクとロドニーの間に割り込み、アレクを庇うようにロドニーと対峙する。

 茶髪でつり目のその少年はロドニーを睨みつけたまま、アレクに手を差し伸べてこう言った。


「安心しな。俺が守ってやっから」


 そのあまりにもタイミングの良い登場に、アレクは(まるで物語の中の英雄みたいな登場シーンだな……)と、思ったのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ふぁ~っ……あふっ」


 車輪を軋ませる馬車の荷台に乗ったユーキは、盛大に欠伸あくびをしながら『英雄王ローランドと7つのリング』と表題された本を閉じてかたわらに置いた。

 ユーキの横には『家庭料理 初心者のススメ』や『図解 よくわかる魔法陣の仕組み』、『ラフィネ聖王国 観光ガイド』など、雑多な本が積まれてある。


「なあ、親父……」


「なんだ、トイレか? 怪談本でも読んで近くなったか?」


「ちげーよ。ってか何だよ、このラインナップは? 『間違えない化粧品の選び方』なんて誰が読むんだよ?」


 この場にいるのはユーキと手綱を持つサイラス、あとは馬車を引く馬がいるだけだ。もちろん誰も化粧などしていないし、今後する事も恐らくないだろう。


「オメェだよ、オメェ。オレが本を読んでるトコなんか見たことあっか? 本屋のじーさんに、ジャンルは問わねぇから初心者向けの本を見繕ってくれっつったんだよ。オメェ、じーさんに文句つけようってのか?」


「文句があんのは親父だよっ! なんだよ、その適当さはっ⁉ そんなんで新しい仕事、上手くやれんのかよっ?」


「股に毛も生えてねぇガキが親の仕事の心配なんざぁ5年は早ぇ。だが安心しろ、心配しなくてもそのうち生えてくらぁ」


「だっ、誰も毛の話なんかしてねぇーよ‼」


 軽口の応酬ではユーキはサイラスに敵わない。いや、体を使ったケンカではまだ10歳のユーキにはなおさら勝ち目が無いのだが。

 ユーキのひそかな目標は、この飄々ひょうひょうとした父親をいつかギャフンと言わせる事だった。


 その後、2人を乗せた馬車は目的地であるシュアーブの町に着く。

 2人は2ヵ月以上をかけて住んでいた町から引っ越してきた。理由は父・サイラスの転職だ。


 以前は冒険者業を営んでいたサイラスだったが、妻の死を切っ掛けに兵士になると言い出したのだ。

 シュアーブは平和で、兵士といっても主な仕事は町の治安維持と訓練だ。

 ハッキリと口にはしなかったが、息子であるユーキを想っての決断だろう。この時のユーキには、そこまで思いを巡らす事はできなかったが。


 そして検問を抜け、2人を乗せた馬車は町の中へ入っていった。


「へえぇー、賑やかな町だなぁ」


「ちっ、しまったな。今日は聖誕祭かよ、めんどくせぇ」


 ユーキたちは馬車旅ですっかり忘れていたが祭りのせいか、まだ朝の早い時間にもかかわらず人が多く、並ぶ屋台が道をせばめている。

 事故を起こさないようにスピードを緩めた馬車の中で、ユーキはこれから暮らす町並みを眺めていた。


「よし、到着だ。ユーキ、荷物降ろすの手伝え」


「言われなくてもやるっつーの」


 新居に到着するや、荷降ろし・荷解きの仕事が待っている。

 そして30分ほどで全ての荷物を運び終え、ユーキが一息ついた時だった。


「んじゃ、オレは馬車の返却してくっから荷解きは任せた。飯はそこらの屋台で食っとけ」


 そう言ってコインを投げてくるサイラス。

 そして素早く馬車に飛び乗り、手綱を動かしながら話を続ける。


「新しい職場にも顔を出してくっから晩飯はいらねーっ。んじゃ、ちゃんとやっとけよ!」


「ちょ、オイ! 待てよっ! ……行っちまいやがった。信っじらんねぇーっ! 引っ越し当日にガキ1人に荷解き任せていくかフツー⁉」


 ユーキの叫びは至極正論だが、頷く者は誰もいない。

 もっともサイラスが聞いたとして、まともに耳を貸さないだろうが。


「クソっ。……仕方ねぇ、やるか」


 愚痴をこぼしても仕方がないと、荷解きを始めるユーキ。

 そして作業を始めてしばらくした時だった。


「ほらほら、頑張らないと取り返せないっスよー」


「のろま! さっさと投げろよっ!」


 声にふと顔を向けると、窓から広場が見える。

 広場では自分と同年代くらいの子供たちが帽子を投げて遊んでいた。


 しかしよく見てみれば3人の男の子が帽子を投げて、それを1人の女の子がベソをかきながら追いかけている。


(イジメか……。大方、女の子の気を引こうとしてんだろうが……。くっだらねぇ)


 ユーキは少し不快になりながらも作業に戻る事にした。

 自分には関係ないし、別に大した事じゃない。ただの子供のイタズラだ。


 だが無関心を決め込み、作業に戻ろうとしたユーキの耳にひと際大きな声が響いた。


「やめるんだっ!」


 その声の主は、遠目から見ても3人よりも一回り小さな男の子だった。

 しかしその男の子は物怖じもせず、帽子を持った1人に近寄ってそれを奪い取る。


(オイオイ、小説か何かの主人公かっつーの)


 ユーキは一瞬で男の子に釘付けになった。

 身体は小さく、5歳くらいだろうか。身なりは良く、いいところの坊ちゃんのように見えた。陽の光に照らされた金髪が輝いて見える。

 確かにユーキの思う通り、成長すれば物語の主役に相応しい若者になるに違いない。


 しばらくユーキは男の子から目を離す事ができずに成り行きを見守っていたが、3人組の中で一番大きな少年が前に出て、男の子の身体を突き飛ばす。


(マズイっ!)


 気が付けばユーキの足は広場へ向けて駆け出していた。


 先ほど考えていたように、ただの子供のケンカだ。大した事ではない。

 でも、もうユーキは無関心ではいられなかった。


 大人びていてもユーキも男の子だ。

 物語のワンシーンのような現場を目にして「自分も」と思ってしまったのも無理はない。


「ちょいと待ちな!」


 だからユーキは、男の子と少年の間に立って精一杯の決め台詞を放った。


「安心しな。俺が守ってやっから」


 だが口から出たそのセリフは、どこかで聞いたような気がした言葉だった。

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