第2話 ふたりのアイ
基地から見える裏山に向けて、最後の制圧部隊が出発する。練兵場に整列した一個中隊はずらりと整列し、微動だにせず指揮官の指示を聞いていた。アイはフェンスの向こう側を歩きながら、見るともなしにその光景を見た。これで地域住民が、
駆け足で割り当てられた車両に飛び乗る彼らから視線を外しかけた時、アイの視界の端に反対側から迫ってくる台車が映った。気づいた彼女は振り返りざまに避けながら、抱えていた聖典を胸の前に抱き込んだ。台車が目の前を通り過ぎ、ぽっかりと空いた正面の視界を、今度は走り込んできた一台のトラックが塞ぐ。数十メートル先に停まったトラックのキャビンから機敏な動作で兵士達が駆け下り、どこか緊張した様子で荷台に回り込むと、リヤドアに銃を突きつけた。一人が手早く鍵を外し、もう一人と呼吸を合わせて扉を開ける。銃口を向けたまま、兵士たちは扉の奥をしばらく観察し、やがて二人ずつ荷台に上がっていった。
そのまま歩き去ろうとしたアイだが、ちょうど兵士たちが重そうに荷台から運び下ろしたものを見て、彼女の足は二、三秒ほど勝手に止まった。それは
「……また生存者なしか。これも共食いって言うのかな?」
「並んで大人しく座ってろって言ったのに、新峡人ってのは何で暴れるんだ? 非戦闘員だから、安全な場所に移送するだけだって言ったんだぜ?」
アイは彼らの話を聞き流し、元通りの歩調に戻ってその場を通り過ぎた。いくつものテントが立ち並ぶ基地内は、大規模な作戦をあらかた終えてどこか緊張感を失っていた。同僚と雑談しながら声を上げて笑う若い兵士たちの脇を通り過ぎ、アイは人通りの少ない小道の突き当りに佇む簡素な建物に入った。日当たりの悪さのためか妙に寒気の漂うそこは、新峡人兵士を収容する仮設の捕虜収容所だった。衛兵に要件を告げて扉をくぐると、底冷えのするプレハブの床に、兵士に囲まれた小柄な男が何人か、離れて点々と座っている様が見えた。扉の傍で胡坐をかいていたそのうちの一人が、アイに気づいてやつれ切った顔を彼女に向けた。目の合った衛兵たちと敬礼を交わす合間にそれに気づいたアイは、動物めいた男の視線を横目でちらと見返し、すぐに逸らして通り過ぎた。彼女の標的は、これではなかった。
突き当りの部屋のドアノブを引いた彼女はそれと目が合い、戦慄とも高揚ともつかない感覚が久しぶりに背筋を走るのを感じた。理性と殺意を持った人間の目が一対、まっすぐに彼女を射抜いてくる。アイは正面の机に聖典と数珠を置き、前に垂れてきた帽子のつばと、その上に乗った小型カメラの角度を直しながらスツールに腰を下ろした。正面に座ったそれは、手錠を掛けられたやや小柄な男の姿をしていた。アイは自然な仕草で両の掌を開いて見せ、武器を持っていないことを示した。
「はじめまして。あなたのことは何とお呼びすれば?」
「……」
男はわずかに左の体側を前に出し、いつでも彼女に飛び掛かれる体勢のまま答えない。アイの顔と、彼女の帽子に付いた小型カメラの電源ランプの方に動いた男の目線は、次にアイの両手と腰の辺りを観察した。アイが本当に武装していないか、念入りに確かめている視線だった。疑り深い奴、というのが、彼女の第一印象だった。アイは男の視線にまるで気づいていないふりをして、穏やかに話し続けた。
「私はこの部隊の
「……そのチャプレンとかいう奴の顔を見るのは三人目だ。お前らと話すことはない。失せろ」
敵意に満ちた男の口ぶりを聞いて、彼の背後に立っていた衛兵が不快そうに目を細めるのが分かった。アイは心外だと言いたげな口調を作って、訊ねた。
「何か、お気に障る事がありましたか?」
「どうせ長々と出来の悪い作り話を聞かせて、最後に悔い改めろとか意味の分からないことを言うだけだ。俺がお前たちに何か無理強いされる筋合いはない」
男の言葉を聞いて、アイは聖典に挟んでいた前任者の報告書を取り出した。この男がここに移送されてきたのは二日前。それから一日に一人ずつ、合計二人のチャプレンが面談を行ったことになっている。一人目は聖典を読み聞かせ、二人目は心理学の手法を織り交ぜて会話を試みたとのことだった。どちらも、開始三分も経たないうちに男が机を蹴り倒し、調査は失敗に終わった。アイは報告書を本に挟み直し、再び男の方を見た。
「では、無理強いしない話をしましょう。どうせこの一週間、他にやることなんてありませんよ。あなたと私の共通の話題について」
「俺がお前たちに聞きたいことがあるとすれば、一つだけだ。俺の兄貴を殺した奴が誰で、どうしたら殺せるのか」
男は手錠をかけられたまま、音を立てて机に肘を乗せ、脅しつけるようにアイに顔を近づけた。男が身動ぎした拍子に肘の位置が少しずれ、薄いスチール製の机の天板に残った凹みがアイの視界に入った。おそらく昨日か一昨日、アイの前任者たちを追い返すために彼が殴った痕だ。衛兵が男の肩を掴んで姿勢を戻そうとしたが、一見小柄な彼の体はびくともしない。ついに衛兵が二人がかりで男を後ろに引っ張り、元通りに座り直させた。その拍子に彼のTシャツの襟元がずれ、首に掛かった古い革紐の一部がのぞいた。アイは男の態度に怯えた様子もなく、顎に手を添えて彼の言葉を真剣に吟味するそぶりを見せた。
「あなたに同僚や友人を殺された人なら、二十人ほど心当たりがありますが。……あなたのお兄様を殺した人、ですか」
「そこの窓から見える山の中腹あたりに居たところを、右隣の峰から撃たれた。最初は右膝、次に喉。『狙撃手は助けに来た奴も撃つから近づくな』と言って、兄貴は一人で死んでいった。俺がここに最後まで留まったのは、仇を取るためだ」
「……ということは、お兄様も狙撃手だったということですか。その時は、前線からどれくらいの距離にいらっしゃいました?」
アイが尋ねると、男の目がゆっくりと右上に動くのが見えた。彼は過去を辿り、何かを思い出したところで一度だけ、痛みを堪えるように目を細めた。
「兄貴は他の奴の倍の距離から撃って、的に当てた。陣取ってたのもそれくらいだと思う」
ということは、せいぜい六百メートル。頭の中ではじき出したアイは失笑しかけた自分に気づき、むしろそのことを可笑しく思った。虚栄心か矜持か、とにかくそういう類のものが、まだ自分の心の底に残っていたようだ。アイの表情の変化に気づかなかった男は、まだ胡散臭そうな目でこちらを見たまま返事を待っていた。彼女は何かを熟考していたかのように腕を組み、ちらと目だけを上げて男の方を見た。
「……なるほど。新峡人狙撃手の排除を任務としていた人には、何人か知人がいます」
「何だと」
男の目の色がわずかに変わった。アイは組んだ腕に頬杖をつき、わざと横柄な口調で言った。
「教えて差し上げても良いですよ? まあ彼らも仕事ですから、あなたのお兄様のことを覚えているかどうかは保証しませんが」
「中尉、それは」
衛兵の一人が抗議するように声を上げかけたのを、アイは小さく指を上げて黙らせた。衛兵たちにはあとで釈明することにしておいて、アイは目の前の男に視線を戻し、その様子を観察した。脅し返されたかたちになった男は、眉間にきつく皺を寄せて、アイの顔をしばらく睨みつけ、やがて唸るように呟いた。
「……教えろ」
「条件しだいです。私だって同僚に恨まれるのは御免ですし、失敗すると分かっている仇討ちに手を貸すのは馬鹿馬鹿しいですから」
彼女はとびきり意地の悪い口調で答えた。激高して殴りかかってくるならば、それまでだ。男はいちど思い切り顔をしかめたが、彼の本心と思しきその表情は、すぐに馬鹿にしたような笑みの下に隠されて見えなくなった。男は話にならないと言いたげに、あからさまな溜息をついて見せた。
「はっ、やっぱりそうか。どうせ本当は何も知らないんだろう。お前みたいな下っ端の、しかも女が、戦場のことなんか分かるわけがない。俺だって女の長話に付き合わされるのはごめんだ」
二人の様子を見守っていた衛兵たちの中には、男の言いぐさに明らかに腹を立てた者もいた。だがその言葉を発した瞬間の彼の顔を見ていたアイは、むしろ好奇心を掻き立てられるのを感じた。男の表情は復讐者にしては冷静で、自分の言葉で目の前の女がどう反応するか、一挙手一投足を確かめている。新峡人といえば無骨な人見知りしか見たことのなかったアイは、彼との会話を楽しみ始めている自分を頭の隅で観察しながら、さらに机に肘を乗せ、行儀悪く頬杖をついた。
「へえ、あなたそういう感じなんですね。別に良いですよ。練習次第で今の倍の距離から標的を撃てると言っても、どうせ女の言うことなんて信じないんでしょう? やっぱり最初の担当の方に、カウンセリング代わってもらおうかな。女の長話より、有難いお説教の方がまだましでしょうから」
「……どういうことだ?」
男の顔から威嚇や挑発の色が消え、一瞬だけ年相応の戸惑いと
「言った通りですよ。あなたの持っていた銃は私達の制式のライフルで、正しい訓練を積めば最低でも七百メートル飛びます。戦場で拾った銃をそのまま使っているようでしたから、ゼロイン調整や弾着の癖の確認は必要ですけど」
「ゼロインって何だ? 弾着の癖? それをやれば、隣の峰に隠れてる敵を撃ち殺せるのか? あの銃は兄貴の形見で、俺たち兄弟の他に村で扱える奴は誰も居なかった」
男は今度こそ威圧的な芝居をかなぐり捨てて、さらに身を乗り出してきた。アイに近づきすぎたと判断した衛兵が再び男の肩を掴もうとしたが、アイはそれを手振りで押しとどめ、男の矢継ぎ早の質問をすべて吐き出させた。しょせん交渉術の未熟な新峡人だと、馬鹿にする気持ちは湧いてこなかった。彼女は見開かれた男の瞳に映っている自分の顔を眺め、何かを誓うように手元の聖典の表紙に右手を乗せた。
「良かったら、お教えしましょうか? 私はチャプレンですから、武器に直接触ることはできませんが、指導だけならお引き受けします。あなたがこの一週間で、七百メートル以上先の的に当てられたら、あなたのお兄様の仇討ちに協力しますよ」
「……本当か?」
急に態度を改めたアイに虚を突かれた男の返事は、どこか幼かった。アイは子供を安心させるように一度頷き、彼の返事を待った。男は目の前の女を信じるべきか、それとも撥ねつけるべきか迷っていたが、そもそも捕虜の身の上に用意された選択肢はそう多くはない。そして彼のような人間は好奇心には勝てないことを、アイはよく知っていた。男は
「分かった。今のところはお前を信じる。ただ、お前が詐欺師だと分かったら殺す」
「交渉成立ですね。では明日、この時間にお迎えに来ますよ。ええと」
「アイ」
いきなり自分の名前を呼ばれて、アイは思わず顔を上げた。どこで名前を見られたかと、彼女はとっさに手元の聖典や机の上の資料に目をやった。だが彼女の名前などどこにも書かれてはいない。戸惑うアイを
「俺のことは、アイと呼べ。……何かおかしいか?」
「……いいえ。偶然ですね、私もアイです。また明日、アイ」
アイは男の方を見て、口元だけで小さく笑った。
◆◆◆
その日の夜、アイは通常業務を終えて、参拝所から自分の宿舎に戻った。線香の苦く爽やかな香りが染みついた迷彩服を畳み、シャワーを浴びて、軍人の部屋らしく四角四面に整えられたベッドに腰を下ろす。傍には小さな卓があり、水のペットボトルとドラッグシート、そして、間違えて持ってきてしまった仕事用のタブレットがあった。寝室に仕事を持ち込むなと医者に何度も叱られたことを思い出し、アイはそれを鞄にでも仕舞っておこうとして手に取った。だが彼女の指は持ち主の意向に逆らってタブレットの電源を入れ、日中に行ったカウンセリングの記録を次々と開いていく。軍に所属するカウンセラーは数が少なく、このような田舎の戦線では、隊員の相談に乗るのもチャプレンの仕事のうちだった。今日の相談者は十名以上。階級も兵科も性別もばらばらな人間たちの、どこに訴えようもない哀しみの記録を読み進めながら、アイはドラッグシートの一部を折り取って、中の白い錠剤を二つ掌に落とし、水で飲み下した。半分残った水のボトルを卓に置くと、垂れた結露が卓の樹脂板の上に小さな水溜まりを作る。まるで涙のようなそれをアイはティッシュで拭い、紙を屑籠に投げ込んだ。あの新峡人と別れてから日暮れまで、面談室で泣き出した相談者にしてやったのとの同じように。そして先月、最後の面談でカイにしたのと同じように。
『……隊長は、敵を片付けたんだからそれでいいって言うんだ。でもあれ……子供だった。たぶん、死んだ』
そう言って頭を抱えたカイの肩に手を置いて、彼女は数枚まとめたティッシュを彼の両目の辺りに押し付けた。泣き腫らした目が恥ずかしくて職場に戻れないという彼を医務室に押し込み、熱中症で倒れたことにするからあとはさぼれと言って別れた。それが、生きている彼を見た最後だった。
『最初は右膝、次に喉。狙撃手は助けに来た奴も撃つから近づくな、と言って、兄貴は一人で死んでいった』
昼間に出会った男のぎらついた敵意を思い出して、アイは皮肉げに微笑んだ。タブレットには、自分と同じ名を持つ男の顔が写っている。拡大したその写真を見下ろして、彼女は心の中でつぶやいた。
カイ、ごめん。
◆◆◆
収容所に戻されたアイは、電灯の照り返しがきつい夜の食堂で、独り遅めの夕食を摂っていた。長机が一つきりの小さな食堂はさらに交代制で、捕虜は二、三人ずつ十五分で一食を終えるのがここでのルールだ。アイは長机の反対側に座った捕虜と、彼らを隔てるようにその間に立った衛兵を見た。兵士たちは職務熱心な様子だったが、どこか緊張感を欠いているようにも見えた。新峡人は集団パニックに陥りやすいからと言って隔離しながら、アイたちが捕虜同士で目くばせしようが雑談しようが特に咎めることはない。例えば、今のように。
「あ、アイ。昼間どこに行ってたんだよ。運動場に居なかったよな」
この三日間で顔見知りになった若い男が、自分のトレイを持ってアイの目の前に座った。夕飯の献立は焼き魚と三つ葉のおひたし。昼食はたしか唐揚げだった。毎回異なる食事が提供されることも、必ず肉や魚が出てくることも、彼らにとっては考えられない贅沢だ。だが、どうしてか喉を通らない。アイは箸先を味噌汁につけたまま、溜息交じりに青年の問いに答えた。
「昨日と一緒だ。あの蒸し暑い取調室で、チャプレンとかいう仕事の奴と三十分も話をさせられた。なんで奴らは俺にばっかりしつこく構うんだ」
「そりゃあ、あんたの射撃の腕に驚いてるんだろうさ。六百メートルの距離から十五人も仕留めるなんて、普通の人間にできることじゃない。ここのでかいだけで非力な奴らには、絶対にな」
どこから聞いてきたのか、青年が自慢げに語る言葉を聞いて、アイはわずかに苦笑した。アイよりもさらに若い彼は、それほど戦場を経験しないうちに捕縛されてここへ来たのだろう。六百メートルどころか、隣の峰から山中に隠れた人間を撃ち殺した者が「ここのでかいだけで非力な奴ら」の中に居ることなど、想像したことさえないに違いない。アイは完全に箸を置き、ぬるい麦茶を一口含んだ。
「……どうだかな。奴ら人数だけは多いから、もっととんでもない芸当をやる奴がいるかもしれない」
「いるわけないさ。あいつら俺の祖母ちゃんよりも握力ないんだぜ? なんで俺の村が無くなったのか、今でも不思議でしょうがねえや」
青年はそう言って勢いよく米飯をかきこみ、味噌汁で流し込んだ。つけっぱなしのテレビからは、オウシュ山の新峡人武装グループ掃討作戦が無事終了し、政府が戦闘終結を宣言したというアナウンスが流れていた。画面の向こうに並ぶ数人の男女が、これが最後の戦闘終結宣言となるよう、政府の具体的な対策が求められると話していた。青年の食べっぷりを少しの間眺めていたアイはおもむろに立ち上がり、結局手をつけなかった焼き魚の皿を彼の方に差し出した。青年は驚いて、思わず箸を止めた。
「え、何。食わねえの?」
「やる。たくさん食って大きくなれよ」
アイは軽口を叩いて、ほとんど手つかずの自分のトレイを片付け、目つきの悪い衛兵の前を通り過ぎた。出入口で待っていた衛兵がすかさずアイの後ろに立ち、無言で独房までついてくる。少しでも違う場所へと向かう素振りを見せれば、胸の前で斜めに構えた銃を構え、銃口で肩を小突いてくることを、アイはこの三日間で学んだ。アイは温度のない目で衛兵を睨み、自分の独房へと入った。
暗闇が正面から彼に覆いかぶさると同時に、鍵の閉まる重々しい音が背後の扉越しに聞こえた。蒸し暑い夏の夜気は酸素が少なく、息苦しさにぼうっとする頭を扉に凭せかけてアイは電気も点かない天井を見た。扉の隙間からわずかに忍び込んだ廊下の照明が、無機質な白い部屋に弾かれて室内の輪郭を浮かび上がらせていた。横になるのがやっとの狭い部屋。屋根があるだけ、裏山に潜んでいた頃より多少ましかもしれない。アイは収まらない動悸を鎮めようと、Tシャツの襟から覗いた革紐を引っ張って、服の下に隠していたものを出した。革紐に通されていたのは乳白色の楕円の欠片で、全体に小皿のようなカーブがついていた。ざらついた表面を撫でたアイはそれを両手で握り込み、祈るように額に押し当てた。瞼の裏には、毎晩のように夢に見た兄の最期と、その傷を押さえる手に触れた熱い血の感触が蘇っていた。
『あなたがこの一週間で、七百メートル以上先の的に当てられたら、あなたのお兄様の仇討ちに協力しますよ』
昼間会った女の言葉と不健康そうな青い顔を思い出して、彼は何とか恐怖と焦燥に支配されそうな心を落ち着かせた。俺にはまだやることがある、と、彼は必死に自分に言い聞かせた。あの女はきっと、何か知っている。あの言葉が本当でも嘘でも、彼女から情報を引き出すことができれば同じことだ。必ずカイを殺した奴を見つけ出して、この手で殺す。日ごと敗色の濃くなる戦場を離脱しなかった理由など、それ以外にない。
その後はどうする? と、自分の声が心の奥の空洞に淡々と響いた。前線から離れた物陰で敵を待つ間、何度もよぎった問いだった。守るべき家族も故郷もなく、行く場所もない。「新峡人」などと呼ばれて区別されている自分達が普通の人間を殺した後、どうなるのかも分からない。アイは欠片を握る手にさらに力を込め、祈るような姿勢でその場に座り込んだ。親代わりになって育ててくれた兄の仇討ちの決意よりも、未来の不安に押し潰されそうな自分を、アイは心の中で兄に懺悔した。
カイ、ごめん。
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