第10話 新たなる出会い

 

 師匠に『恋愛薬』を盛ってから一週間が経過した。

 そして、いつもより少しだけ違う朝が訪れる。


 窓の外からピチチッと鳥の声が聞こえて、私は目を覚ます。

 暖かい布団から抜け出して、あくびをしながら、洗面桶に水を張った。

 そして、パシャパシャと顔を洗って、頬を叩いて気合いを入れる。


「……よしっ!」

 

 鏡に映った自分は、明るめの茶髪に緑色の瞳と、相変わらずどこにでもいるモブ顔だ。


「あれ……??」


 気のせい……かな?

 目を擦って、もう一度鏡をしっかり見る。

 

(私の瞳の色って……こんな色だったっけ?)


 もう少し濃い緑色をしていたような気がしたけど……光の加減で違うように見えただけかな。

 首を捻って、角度を変えて、じっと見つめる。

 けれど、いつもより薄くなった緑色の瞳がこちらを見つめ返すだけだった。


「……まぁ、いっか!」


 エプロンをして、袖を捲る。

 頭に三角巾をつけてから、掃除用具の入っている扉を開けた。

 そこの中にあるモノを取り出し、廊下に置く。『ルーバー君』だ。


 師匠に問い詰められて色々とゲロゲロした後、どうやら彼が改良に改良を重ねて、完成版を作ってくれた。

 一台では足りないので、あと数台欲しいとお願いしたら、快く引き受けてくれたので、私の心は浮かれている。

 

「ルーバー君、一階の廊下をよろしくね~♪」


 スイッチを入れるように、人差し指をルーバー君に当て、魔力を流す。

 彼がしっかりと稼働しているのを見て、私は二階へ上がった。



 二階の廊下は自作の『クイッ〇ルなんとか』で拭いていく。

 目の前の仕事に集中しすぎていたようで、背後に人がいたことに気づかなかった。


「おはよう。マナカ。ずいぶんと起きるのが早いんだね」

「ひょあっ!?」


 突然声をかけられて、ビクッと体が跳ねた。

 後ろを振り返るとそこには師匠が立っている。


「お、おはようございます。ずいぶん早いんですね」

「ああ。今日はお前の作った『薬』の報告書を城に持っていくからだね」


 にっこりと微笑まれ、私は赤くなって俯いた。


『恋愛薬』──という名の『媚薬』を私はどうやら生み出してしまったらしい。

 師匠に調合のメモを見られ、もう一度作り、そして更にその効能を試すことになってしまった。


 そう。もう一度『試した』のだ。

 

 この薬は王族に売れると言って師匠は報告書を作成。

 どうやら今日はそれを持って行くらしい。


「そ、そ、そうですか」

「そういう訳で、今日はお前と一緒にいる時間が少なくなるからね。だから、頑張って早起きしたんだよ」


 師匠がぎゅうっと私を抱きしめる。

 私はあの日から変わってしまった彼についていけず、ただアワアワするしかない。


「わ、わたしっ! 朝食用のパンが切れてるから、買ってきます!」


 師匠の拘束をするりと抜けて、バタバタと廊下を走る。

 背後からクスッと笑って「あー、逃げられたか」という声が聞こえた。

 

 **


 屋敷の外へ出て、街外れにある小さなパン屋さんへ向かう。

 週に一回、街中へ出かけたときに寄って行くパン屋も良いが、こちらのパンも素朴な味で美味しくて気に入っている。


 師匠から逃げるようにして外へ出たため、マントを羽織るのを忘れていた。

 けれど、店までそんな遠くないし、朝だし、変な輩に出会うこともないだろうと思った私は、それを取りに帰ることをしなかった。その結果、自分を呪う出来事が起こる。


 (私のバカ! 少しの距離でもやっぱりマントは必要だった! フードをしっかり被っておくべきだった!)


 目の前には朝方まで飲んでいたであろう男性が二人ほど、私の行く手を阻んでいる。

 酒のにおいがこちらまで届く。時折、ヒックとしゃっくりをしていて、完全に酔っ払いですね……はい。


「こんな街外れに、カワイ子ちゃんがいる~」

「おじょーさん、どうしたの~? 迷子ぉ? 俺達が家まで送ってあげようか?」

「いえいえ、大丈夫です。結構です」


 アハハーと笑ってやり過ごそうと思ったけれど、やはりそう簡単にはいかなくて。

 少しずつ後ろに下がっているけれど、向こうもジリジリとこちらに近寄ってくる。


(どうしよう……)


 自分の魔力を使えば、このふたりを吹き飛ばすくらいのことはできる。けど、それをやると師匠に迷惑がかかってしまう。

 私はあのお屋敷と自分のこと以外で力を使ったことはない。

 誰かに向けてその力を放ったり、見せたり、そういったことはしないように気をつけていた。


 ジリッともう一歩後ろに下がる。

 すると、そこには大きめの石があって、私は足を取られた。

 大きく後ろに傾いて、体勢を崩す。



「あっ──」



 ──このままじゃ倒れる! 


 そう覚悟したとき、ガシッと強い力が私の肩を掴んだ。

 肩を掴んだ人物を見上げると、そこには少しクセ毛の黒髪、黒い瞳を持つ、整った顔の持ち主がいた。


「大丈夫か?」


 低くて、でもどこか包み込むような優しさのある声が耳に届く。

 その声に、ドクン──と心臓が胸の内側を叩くのだった。

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